「3、2、1……はっぱぁ~!!」
わたしの左隣で、ヒナが左手を振りおろし、間延びした声をあげる。
数秒遅れて……ど――ん。坑道の奥からすさまじい地響きと轟音が。
わたしの右隣で待機していたミキが、さっそくそこへ式神を突入させた。
ミキの右目の色が、黒から赤へ変わった。式神と感覚をリンクさせたのだ。
数秒後、その顔のままでわたしを振り返る。
「あった! ありました! 銀の鉱脈です!! これでウチの財政も潤いますよう!!」
瞬間、その場は沸いた。大人も子供もお年よりも、その場に居合わせた皆が歓喜した。
何人かが叫びながら走り出していく。
すぐに小さな共同体は、盆と正月が一緒にやってきたかのごときお祭り騒ぎに包まれた。
「あるじさま、やりましたねえ!」
その日の夕ごはんは、共同体すべてを挙げての盛大な宴となった。
その席でミキは、わたしを見つけるなり駆け寄ってきた。
「ちょ、やめてよミキ、その“あるじさま”っていうのは」
「そんなあ。あるじさまはウチらの恩人ですっ。内定取り消し食らって以来、ただの霊感ヒキニートだったウチらをお天道様の下にひっぱりだしてくれた、そして生きる場所と術を授けてくれたのはあなたなんですよう、あるじさま!」
「そーだよぉ。あたしの“発火”がちゃんと役に立つようになったのだって、あるじさまがあたしを拾ってくれたからだよ?
だからカナデちゃんはあたしのあるじさまなのっ。ヒナは一生ついていきますぅ~!!」
ミキがわたしの右腕に腕をからめ、同時にヒナがわたしの左腕に抱きついた。
――ここはかつて“ふきだまり”と呼ばれた場所だった。
銀の鉱脈が枯れて以降、他に産業もないここは寂れる一方だった。
残された空き家には、全国から老若男女が集まり、細々と自給自足の生活を送っていた。
そのほとんどは、前の政府の失策無策の被害者たちだった。
具体的には――拝金主義、唯物主義の犠牲者たち。
加速する不景気で職を失ったひと、激務で心身をすり減らし退職したひと、低賃金で食い詰めざるを得なかったひと、職につく機会すら失われたひと。
特殊な能力を持ったがゆえに排斥されてきたひと。生まれ持った能力の使い方を知らず、問題児や化け物として扱われ、引きこもらざるを得なかったひと。
わたしの父は、自分の故郷であったここに、そうした人たちをできる限り集め、小さいながらも平和な互助共同体を作った。
父と同志は全国を旅してまわり、同じような共同体がいくつも作られた。
そして父は、そこに住む者の声と支持とチカラをバックに、日本政府を掌握したのだ。
父のひきいる新政府によって、いくつかの思い切った政策が打ち出された。
経済の立ち直りまでの、一時的な鎖国の実施。
都府県制を廃止し、新たな、より実情に際した行政単位の再構築。
それは廃藩置県をもじってこう呼ばれた――『廃県置藩』。
わたしは父の手によって、ここ“猫溜(ねこだまり)”の藩主に任命された。
以来わたしは皆に“あるじさま”と呼ばれるようになった。
正直わたしはまだそんな器じゃない、と思う。
枯れたはずの銀鉱脈が見つかったのも、地質調査チームの粘りのおかげだし。
既存種の1.5倍の収量と甘みを誇る米の新品種「Love☆KoMe(ラブコメ)」の開発に成功したのも、農業研究プロジェクトチームの努力のたまものだ。
わたしはただ、ここにいるみんなが少しでも働きやすくなるように、調整役の真似事をしているに過ぎない(それも、あくまで父の威光あってのことだ)。
最近はだから、とくに疑問を感じる。
これでいいのかな。わたしが藩主なんかでいいのかな、と……。