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第二話 ゲーム開始

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二.ゲーム開始


 家の中に仕掛けたカメラを確かめる。まずは玄関、一階の廊下に二台。リビングにも一台と、備え付けのキッチンにも一台。そして二階に上がる階段にも一台ある。が、これは決して下から覗くようなアングルではなく、上から見下ろすタイプ。盗撮趣味は無い。二階にある両親の寝室には仕掛けていないが、そのドアノブにピンホールカメラを仕掛け、位置的に二階の様子はおおよそ分かる。我が家には二階にもダイニングキッチンがあり、そこにも無論カメラが二台。あとは荷物置き場と化している空き部屋があり、そこにカメラは仕掛けていないが、盗聴器は仕掛けている。基本的にはカメラのある場所に盗聴器も同じ数設置してあり、家の中でかわされるあらゆる会話は俺の耳に届くようになっている。さらに二階から三階に上がる階段にもカメラがあり、移動も決して見過ごさない。そして三階には、肝心の俺の部屋がある。
 一度罪を犯してしまえば、人間はこうも大胆になれるものなのだろうかと感心した。我が家への侵入に成功した二人は、我先にと階段を駆け上がり、俺の部屋を目指して突き進んだ。といっても、御代はともかく阿竹は俺の部屋がある場所が三階だとは知らないはずなので、スタートが御代よりも遅れ、追いかける形となった。
 阿竹は運動神経抜群で、何の競技をやらせても卒なくこなす。一方で御代の方は、小学校低学年の頃から合気道をやってはいるが、走るのはあまり得意ではない。二階から三階への階段でついに御代は追い抜かれ、阿竹が先頭を取った。
 先に三階の床を踏みしめたのはやはり阿竹。しかしここでおそらく阿竹にとっては予想外の事が起きた。
 我が家の三階には、俺の部屋の他に、妹の部屋がある。そして二つの部屋に名札は下がっていない。つまり、初見の阿竹にはどちらが俺の部屋か分からない。手前にあるドアか、奥にあるドアか。その場で正解を知っているのは、御代だけだった。
 御代が追いつき、そして立ち止まった阿竹を追い越した。抜きつ抜かれつのデッドヒート。相手より先に部屋に入るのが、一体何のステータスになるのだろう。どれほど自分が心配しているかというのを伝える為に、最初に部屋に入る必要があるのか、あるいは本気で俺の事を心配しているのか。俺にはその正確な判断はつかなかったが、二人の表情を見ていると、よほど重要な事らしいというのは確かだった。
 さて、この二択問題の正解を先に言ってしまうと、奥のドアこそが俺の部屋のドアだ。
 だがここで御代は一瞬だけ、手前の妹の部屋を開けようとする素振りを見せた。もちろんフェイントだ。わずかな距離とはいえ、阿竹が相手では奥に向かった瞬間に抜かれるかもしれない。廊下には二人分の隙間が余裕であるし、御代は阿竹の運動神経の良さを知っていた。というか、うちの学校の生徒ならば誰でも知っている。だから御代はほんのわずかな距離とはいえ阿竹に抜かれてしまう可能性を心配したのだろう。このフェイントを入れたのは一見正しい選択のように思えた。
 だがそれが失策だった。あろう事か、阿竹は御代が手前のドアを開ける素振りを見せた瞬間に、奥のドアの方向へと移動したのだ。二人分の隙間があるとはいえ、両手を広げて相手に向かい合い、とおせんぼの形を作ればいくら武術を嗜んでいる御代と言えども、そう易々と抜ける物ではない。
 御代は阿竹の勝ち誇った顔を見て「しまった」というような表情になった。
「……どうして奥の部屋が隆志の部屋だと分かった?」
 阿竹はそれを聞いて、満面の笑顔でこう答えた。
「あら、奥の部屋が一ノ瀬君の部屋なのね」
 俺は深く感心した。つまり最初から阿竹は、御代の行動がフェイントだと分かった上で行動した訳ではなく、「フェイントだった場合を想定して」奥の部屋への通路を塞いだという事だ。もしも手前の部屋が俺の部屋だった場合は、やはり御代が先を制す事になる。それを踏まえた上で、残った可能性に賭けるという選択肢を選ぶ事は、瞬間的に出来る物ではないだろう。
 「相手より先に部屋に入る」ただこれだけの目的の為に、よくもまあここまで頭脳と体力を使える物だという意味で俺は二人に感心した。
 阿竹は振り返り、奥にある俺の部屋のドアノブへと手をかけた。御代はそれに迫ったが、やはり及ばず。先に俺の部屋へと入ったのは、阿竹宮子の方だった。
「一ノ瀬君!」
 俺の部屋には一番多くのカメラが仕掛けられてある。天井に二台、目覚まし時計に仕込んであるのが一台。本棚にも本にカムフラージュした物が一台、机の上にもそれと同じタイプが一台。パソコン本体の中にも一台。とまあ、合計六台のカメラ達に死角は無い。
 部屋に入った阿竹は部屋を見回し、ベッドの上の布団が膨らんでいるのを見つけた。すぐ様近寄り、かけ布団を引っ剥がす。するとそこに、真っ黒いクマのぬいぐるみが置いてあるのを発見した。もちろんこれは、間違いなく俺の仕掛けた物である。
「それは何だ?」
 後から入ってきた御代がそう呟いて、ドアが閉まった。さあ、ここからが本番だ。二人が中に入ったまま、俺の部屋の鍵が自動で閉まる。その音に気がつき、御代はすぐにドアノブを回したが、当然開く訳が無い。俺が事前にそういう仕掛けを施したからだ。
 二人の少女が、俺の部屋に閉じ込められた。
「……鍵が閉まった」
「閉じ込められたって事!?」
「そのようだ」
「ど、どうして?」
「そんな事、私に聞かれても困る」
 混乱の中でも御代は冷静さを失わない。いや、内心で冷静さを欠いていても、表には出ないタイプなのかもしれない。しばらくの沈黙。二人は同時に顔色を伺いあって、お互いがお互いを一方的にはめている訳ではないという事を悟ったようだ。
「そうだ、警察」
 阿竹が携帯電話を取り出した。ここで通報されてると面倒な事になるので、俺はマイクのスイッチをオンにし、二人に向かってこう話しかけた。
「おはよう。阿竹、御代」
 突然クマのぬいぐるみが喋ったとあってか、阿竹は短い悲鳴をあげて手に持った携帯電話とぬいぐるみを投げ出してしまった。携帯電話はベッドの上で跳ね、ぬいぐるみは床に転がった。
「おっと、乱暴しないでくれ。これでも一応精密機械なんだ」
 ぬいぐるみ内部のスピーカーから流れる俺の声に、二人は顔を見合わせて何度も瞬きをした。
「何の事は無い。今日は三人でゲームをしようと思って、君達をお招きしたんだ」
「この声、隆志か?」「一ノ瀬君?」
「その通り。まあ座って聞いてくれよ」
 二人は促されるまま、俺の部屋の床に座った。
「現在、その部屋は中からは開けられないようになっている。外側からは簡単に開くから、誰かに開けてもらうか、その熊のぬいぐるみに開けてもらう以外、外に出る方法は無い」
 二人はまだ状況が飲み込めていない様子で、俺の次の言葉を待っている。俺はたっぷりと間をとってから用意しておいた台詞を続ける。
「この部屋を脱出する方法は二つ。そのぬいぐるみの両耳を引っ張りながら、あらかじめ決められたキーワードを言う事。それともう一つは、同じくぬいぐるみの両耳を引っ張って『ギブアップ』と言う事。分かってもらえたかな?」
「……隆志、これは監禁というれっきとした犯罪行為だぞ」
 御代が戒めるような強い口調でぬいぐるみに向かってそう言った。俺は思わず笑ってしまって、こう返す。
「不法侵入の君に言われるとは思わなかった。それに、これは監禁ではないよ。いつでも『ギブアップ』といえばその扉は開く」
「一ノ瀬君、こんな事をする目的は何?」
 流石は文武両道の委員長さん、良いところに気がつく。
「天井の隅っこを見てくれ。カメラがあるはずだ」
 二人がモニターの向こうからこちらを見てくる。その眼差しは不安げながら、少し怒っているようでもある。
「正直に言おう。君達が俺の家に入る前から、俺はずっと君達を観察していた。今日は君達の事をじっくりと観察しながら、例の答えを出そうと思ってる」
 『例の答え』という言葉に二人はそれぞれ思い当たりがあるはずだった。つい先週、俺は阿竹から告白を受け、その答えを保留にしてある。同じく御代からも告白されたが、こちらは初めてではなく毎週の事だったが、何年も保留してある案件だ。
「……つまり、先にキーワードを言って、脱出した方と付き合う、という事か?」
 御代もなかなか物分りが良い。話が早く進むのは良い事だ。
「その通り。ちなみにそのキーワードというのは、相手の知っている情報を引き出さなければ辿り着ける物ではない。つまり、ヒントはそれぞれが少しづつ持っているという事だ。いかにうまく相手からそれを引き出せるかというゲームな訳だ。簡単だろう?」
 しばしの沈黙の後、阿竹は握りこぶしを震わせて、もう片方の手でカメラを指差して叫んだ。
「一ノ瀬君、女の子を閉じ込めて観察しようなんて最低よ!」
「……いや、阿竹。隆志は元からそういう人間だぞ」
 フォローとも言えない御代の言葉だったが、確かにその通りだった。俺は子供の頃から、「こういう」人間なのだ。
「良い機会だからはっきりと言っておく」俺は真摯に言葉を紡ぐ「俺には、人を好きになるという感情がよく分からない。分からないが、それを知りたいと思っている」
「だから観察したい、と?」
 御代のいつもの冷たい眼差しが、今の俺にはありがたい。
「そうだ。現に俺は、さっき阿竹と御代がどっちが早く部屋に入るか競っているのを見て、何というかその……凄く感心した。つまり興味を持った。以前よりもいくらか、二人の事を知りたいと思った」
 それは俺の正直な気持ちだった。他人から見れば訳の分からない理屈だと思われるかもしれないが、俺は今しているこの方法こそが最も自分に適した恋の仕方なのだと思う。だからそうする。
「もちろん、二人にこのゲームを強制はしない。降りたければ降りてくれ。繰り返しになるが、クマの耳を引っ張って『ギブアップ』それで終わりだ」
「その場合は、残った方と付き合うのか?」
「いや、それはしない。俺はこれから起こる二人のやりとりを見て、見極めたいと思っている」
 俺は今、正直な事を言っている。十数年生きてきて、恋だとか愛だとかいう事柄を取り扱った小説、漫画、ドラマ、映画には沢山めぐりあってきたが、はっきり言ってさっぱり分からないのだ。異性と関係を持つ事を、何が何でも是とするように洗脳されているようにさえ感じる。だから俺は俺のやり方で、好きなようにやらせてもらう事にした。
「そうか……なら、私は乗る」
 御代がしっかりとそう言った。といっても、元から御代ならば理解してくれると思っていた。問題は先程から下唇をぎゅっとかみ締めて、カメラをじっと睨みつけている方だ。
「阿竹はどうする?」
 御代が問う。その言葉の端から、他意は感じられなかった。降りても乗ってもどちらでも良いという感じ。
「……やるわ! やればいいんでしょ?」
 俺はほっと胸をなでおろす。今日は他にこれといった予定がないから、もしも阿竹が降りるといったら、この後俺は暇で暇で死んでいた所だ。それと、用意周到に仕掛けた様々な準備も水の泡になる。
「でも、その前に一つだ弁明させて」良く見れば、阿竹はまだまだ怒っている「さっき一ノ瀬君、先週私が告白してきたって言ったわよね!? 私は告白なんてしてないわよ!」
「そうか?」
「ええ、ただ単に、『あなたの生活態度は問題があり、それを風紀委員としては見逃せない。だから、しばらくの間一緒に暮らしなさい』と言っただけの事よ!」
 確かに事実だ。阿竹の背後で聞いていた御代が突っ込みをいれる。
「……それはただの告白よりも大胆だぞ」
 耳まで赤面させながら、御代とカメラを交互に睨みつける阿竹は、まるでたった今実刑判決を言い渡された火星人のようで、金星人の弁護士もお手上げ状態だった。流石にこのままだと、あまりにも阿竹が恥ずかしい状態なので、俺は柄にもなく助け舟を出した。
「そうだ、ヒントを言い忘れていた。第一のヒント、設定されたキーワードは『きっかけ』に関連する事だ。それと、回答権は交互に与えられる。最初の一回はどちらが答えても良いが、一度お手つきをした者は相手が次に答えてお手つきするまで回答は禁止だ」
「今『第一のヒント』と言ったが、第二のヒントは?」
 流石は御代というべきか、耳ざとい。第二のヒントは気づかなければ言うつもりは無かったのだが。
「第二のヒントは、『その部屋の中にある物』だ。まあ、参考程度に考えてくれ」
 途端に二人は部屋の中を見回し始めた。気づいたとしても、そう簡単に解答に繋がるヒントではないが、無いよりはマシかもしれない。
「既にゲームは始まっている。それじゃ、健闘を祈る」
 そう言って、俺はマイクをオフにした。若干の紆余曲折はあったものの、二人ともゲームに乗ってくれて本当に助かった。
 残された二人、阿竹と御代。その間に流れる沈黙の重さは、モニターを通してでもはっきり分かる。これから一体どのようにゲームは展開し、どちらが勝利を収めるのか。そしてゲームが終わった後、俺は果たして無事でいられるのか。想像する事は楽しい。俺は身を乗り出して、つぶさに二人の様子を観察する。
 先にそれを破ったのは、阿竹の方だった。
「御代さん、一ノ瀬君を好きになったきっかけなんて、話す気ないわよね?」
 阿竹にしては弱気目な攻め方だった。御代は答える。
「という事は、お前も言う気は無いんだな」
「な、何を言ってるのかしら。私は別に一ノ瀬君の事が好きなんじゃなくて、ただあなたに負けるのが嫌だからこのゲームに乗ったのよ。だから好きになったきっかけなんて……無いわ」
「……まあ、お前のそのツンデレキャラに関してはもうどうでもいい」
 これ以上不毛な弁明を続けられてもしょうがない。その点に関して、俺と御代の意見は一致しているだろう。
「第一のヒント、つまりきっかけについては、私も話したくはないと思っていた。だが、二人とも黙ったままでは勝負にもならないだろう。だからまずは第二のヒントについて協力して探しあわないか?」
「第二のヒントって、『部屋の中にある物』?」
「そうだ」
 この提案は無難かつ安全であるように見える。だが、二人はここにたどり着くまで、二度も騙しあいを演じている。最初は家の前での騙まし討ち、次は部屋の前でのフェイント。相手からの提案を、はいそうですかと簡単に受諾する訳が無い。
 阿竹はひとまず部屋を見回した。どうやら、ピンとくるような物は無いようである。
「言っておくが、この取引は私に圧倒的に不利だぞ」
 御代が告げたその言葉を、阿竹が聞き返す。
「どういう事?」
「自慢じゃないが、私は何度も隆志の部屋、つまりこの部屋を訪れている。元々置いてあった物はほとんど暗記していると言っていい」
「……結局自慢じゃないの」
 なぜか誇らしげな御代。俺の方から若干の訂正をすれば、そこまで言う程訪れている訳でも無い。ただ月に一度くらい、ほとんど勝手に御代が忍び込んでくるだけの話だ。
「一方でお前はこの部屋に来るのは初めてだろう。つまり持っている情報量が圧倒的に違うという訳だ。情報量が違う二人で情報交換を続ければ、少ない方が多い方にやがて追いつくはず。つまりこの場合は、お前の方に有利な取引という訳だ」
 これに異論を唱えるのはもちろん阿竹。
「そうかしら。さっきの一ノ瀬君の口ぶりから言っても、どちらか一方に贔屓するという印象は無かったわ。少なくとも一ノ瀬君の性格から言うと、ゲームは公平さを保つべきだと考えるはず。あなた一方に有利なヒントの出し方なんてしないと思うわ」
 これもなるほど、冷静な分析だ。かつ、相手の痛い所をついて、動揺を引き出そうとしている部分もある。
 しかしこれを受けての御代の返しは、意外とあっさりとしていた。
「確かにそれもそうだな。なら、公平な情報交換だと言えるだろう」
 最初から、有利不利云々は阿竹に対する揺さぶりだったのか、それともこのゲーム自体に対し、絶対の自信があるのか。どちらが真意かは分からないが、御代の一言一言は先程から揺らぎが無い。
「……分かったわ。協力、しましょう」
3, 2

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