自宅の裏にある雑木林を季節外れの薄着姿のまま全力で走る少女。
葉の無い木の陰に隠れ、少女は三日月を背負った。
「ハァ、ハァ……」
暗い暗い林の中、切れた息を整えてる。
少女の顔に浮かぶ表情は恐怖以外の何物でもない。
――カサ、カサ。
背後から枯れ葉を踏みしめる音が聴こえ、少女は自らの口を両手で塞いで息を殺した。
『アレ』が来る。追ってくる。
――ガサ、ガサ。
徐々に大きくなる枯れ葉の拉げる(ひしゃげる)音と同じように、心臓の脈打つ音も大きくなる。
少女の隠れる木の根元に伸びてくる薄い影。
「そこに居るのでしょう?」
問いかけに答えれるはずもなく、少女はギュッと目を瞑った。
息が苦しい。苦しくて苦しくて、息をする事を止めてしまいそうだ。
「出てこないのなら――」
地面一杯に広がる枯れ葉を揺らして、一陣の風が少女の横を吹き抜けた。
もう生きた心地はしない。ここが自分の生きてきた世界なのかどうかさえ分からない。
――サー。
先ほどよりも弱々しい風の音で少しずつ瞼が軽くなる。
少女は薄っすらと目を開く。
「――っ!!」
目の前にあった顔を見て少女は声にならない悲鳴を上げた。
力は緩み、腰は砕け、大きく見開いた瞳から大粒の涙を流す。
「ごめんなさぁい、ママ」
泣き崩れた娘を見て、母親は溜息をついた。
「ピーマンが嫌いだからって、こんな所まで逃げるんじゃありません!」
母親に首根っこを掴まれて、少女は家に連れられていく。
少女にとって、何よりも先ほど見た母親の顔が怖かったのだ。
(了)