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第三章 胎動

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「進発する」
 総大将のクライヴが、馬上で声を上げた。
 出陣である。兵力は六千で、軍の編成は騎馬を中心に据えたものになっていた。前軍にシグナスの槍兵隊とクリスの戟兵隊を一千ずつ配して、中軍にシーザーの騎馬隊二千。そして、後軍に総大将のクライブの弓兵隊千三百という陣構えである。俺の騎馬隊七百は遊軍で、戦では本隊から外れて動く予定だった。
 ランスは軍略の類は得手としているわけではないらしく、基本的には戦には出ないらしい。今回も一番の年長者であるクライヴに総大将を任せて、ランスはメッサーナで政治を見る事になっていた。
 俺はそれを悪い事だとは思っていなかった。ランスはあくまでメッサーナの統治者であって、軍人ではないのだ。過去には、統治者でありながら、軍略の才をも持ち合わせた人間、いわゆる傑物と言われる者も居たが、必ずしもこれが成功者になっているのか、と言うと、実際はそうでもない。中には、人を用いる才に長けている者が、その傑物を打ち負かした事例もあるのだ。そしてランスは、人を用いる才に長けている側の人間だった。
 要は、自分をどれだけ知っているか、である。そして、俺は軍人しか出来ない男だった。志や夢を胸に抱きはするが、俺は戦う事しか知らない男だ。しかし、それで良いと俺は思っていた。その先の事は、ランスやヨハンが考えてくれるからだ。
 まずは、この戦に勝つ事だ。そうする事によって、俺も自身の存在価値を確かめる事ができる。
 西の砦には、メッサーナの間者が何人か忍び込んでいた。これは情報を送る事を主にした間者で、工作は得手とはしていない。
 その間者の情報によると、やはり砦の兵力は一万のままで、戦の備えも出来ているという。ただ、指揮官は短絡的な性格をしていて、その割には肝は座っていないらしい。兵も弱兵が大半を占めているという事だった。
 勝てる。俺はそう思った。兵力差は四千だが、官軍を原野に引きずり出す事が出来れば、勝てる。援軍が到着すると、また読みは難しくなるが、速戦を心掛ければその心配もしなくても良いはずだ。
 もっとも、これは机上の空論だった。いくら情報を収集しようとも、本番の戦では何が起こるか分からない。特に兵の実力差などは、直接ぶつかってみないと読み切れない事が多いのだ。
 行軍を開始して、四日目の夜営だった。軍師であるルイスが、幕舎に将軍を集めた。
「ついに明日、西の砦に攻め込む」
 ルイスが言った。
「その前に作戦を説明しておく。クライヴ将軍、よろしいですかな?」
「うむ」
 クライヴは腕を組んだまま、貧乏ゆすりをしていた。これは癖のようで、ルイスはそれが気に食わないのか、わざわざ確認を取ったようだ。クライヴはそれには気付いておらず、貧乏ゆすりは止まっていない。
「まず、西の砦の前面の両脇には林がある。ここは兵を伏せるのに絶好の場所だ。ここに、シグナスとクリスの槍・戟兵隊を伏せる」
「あぁん? だったら、俺の騎馬隊が前軍って事じゃねぇか」
 シーザーが不満そうに言った。前軍になる事が不満なのではなく、ルイスの策が気に入らないのだろう。
「最後まで聞け、鳥頭」
 ルイスがそう言うと、シーザーの表情が激した。それを無視するかのように、ルイスは話を続け始めた。
「これを伏せると同時に、ロアーヌの遊軍はシグナスの背後をすり抜けるようにして、砦の入り口まで駆けてもらう。これで、敵に見える我が軍は僅かに三千三百だ。敵の指揮官はどっかの鳥頭のように馬鹿だから、表面的な数だけを見て、原野に陣を敷いてくる」
「おい、てめぇ」
「質問、良いですか?」
 シーザーの怒号を遮るかのように、クリスが口を挟んだ。この男はまだ十六だが、肝は相当に座っているようだ。眼には静かな落ち着きも見える。
「クリス君、質問は最後だ」
「はい、わかりました」
「そこで、シーザーがまずは攻勢をかける。だが、ぶつかるな。ぶつかれば、敵は怯えて砦の中に逃げ込む。指揮官は馬鹿だが、臆病でもあるからだ。そこで、ぶつかる前に退く。出来れば、官軍の数の多さに恐れおののいた、といった形が良い」
「てめぇ、俺の騎馬隊がそんな情けない事ができると思ってんのか」
「作戦だ、鳥頭」
「あぁん!?」
「やめろ」
 クライヴが低い声で言った。それでシーザーは舌打ちして、顔を横に向けた。クライヴは普段は無言だが、それだけに一つ一つの発言に重みがある。シーザーもそれには逆らう気が無いらしい。
「あとは十分に官軍を引きつけてから、シグナスとクリスが両脇から襲いかかる。それで敵は混乱に陥るはずだ。そこをシーザーが正面から突破。敵は逃げ帰って行く。その退路に、ロアーヌ」
 俺は思わず、なるほど、と思った。
「私の弓兵隊は何もしなくて良いのか?」
 クライヴが言った。まだ、貧乏ゆすりは続いている。
「いえ、ロアーヌの騎馬隊は僅かに七百です。必ず討ち漏らしが出ます。クライヴ将軍には、その敵を確実に仕留めて頂きたい」
「分かった」
「クリス君、質問は?」
「はい。伏兵というか、こちらの作戦が敵に漏れる事は?」
「それはない。間者の話では、斥候(偵察)すら出していないという事だ。こちらの出陣は知れ渡っているはずだが、所詮は地方軍とタカを括っているのだろう。それに後方からの援軍にも期待しているようだ」
「なるほど」
「援軍が無くとも、敵軍は一万だ。兵力差は四千。乱戦に持ちこめても、いずれその力の差は出てくる。ロアーヌの騎馬隊は、そのフォローにも回ってもらう」
 俺は黙って頷いた。無論、そのつもりだった。敵の退路を断つというのは、僅かな時の出来事だろう。大事なのは指揮官を砦の中に逃がさず、討ち果たせるかどうかだ。それで敵の動きは決まる。そのためにも、味方を活かさなければならない。特にシーザーの騎馬隊が攻撃の要になる。騎馬隊を活かすには、歩兵が最重要だ。その歩兵をフォローするのが、俺の役目という事である。
「作戦は以上だ。我々は兵の質では勝ってはいるが、兵数差では負けている。各々、これを肝に銘じる事。特にシグナスとロアーヌ、お前達は初陣だ。馬鹿な真似はするなよ」
「任せろ」
 シグナスが微かに笑みを浮かべて言った。俺は黙って、頷いただけだった。
 戦が始まる。気は、昂っていた。
 俺の槍兵隊の背後を、ロアーヌの騎馬隊が駆けていった。砦の入り口に回り込むためだ。ルイスの作戦では、ロアーヌの騎馬隊は敵の退路を断つ事になっている。
 林の中。俺は、兵達と共に息を潜めていた。
 これが俺にとって、初めての戦である。しかし、不思議と緊張は無かった。子供の頃から、緊張するという事は、あまり無かったような気がする。どこか、開き直っているのかもしれない。だが、それでも、心臓の鼓動はいくらか速くなっていた。
 出陣前に、少しだけロアーヌと会話をした。あいつはいつもの通り、言葉は少なく、ドジは踏むなよ、とだけ言っていた。逆に俺は、多くを喋っていた。何を喋ったのかは、ほとんど覚えていない。今思えば、あの時に俺は緊張していたのかもしれない。
 槍だけには自信があった。槍は俺の全てだと言っていい。この槍で、大志を、夢を貫いてみせる。
 子供の頃の俺は、いわゆる、やんちゃ坊主だった。親の言う事も聞かずに、やりたい放題をやってみせていた。棒を使い始めたのは、その頃からだ。棒はやがて槍へと変わり、いつの間にか、俺は町の不良どもの頂点に立っていた。誰も彼もが、俺の槍を褒め称えた。
 ある日、俺は盗賊を働いた。ロクに仕事にも就いていなかった俺は、盗みをするしか銭を得る方法が無かったのだ。働かなかった理由は、こんな国のために働いてたまるか、という思いがあったからだ。賄賂が横行する軍に、私腹を肥やす役人。働くという事は、こういう奴らのために身を削るという事だ。それが、俺はたまらなく嫌だったのだ。
 俺が襲ったのは、旅人だった。剣を一本だけ佩いている旅人だったが、身なりは立派だった。だから、銭は持っているだろうと思って、俺は襲いかかった。
 その旅人は俺の不意打ちを、剣で防いだ。俺はアッと思ったが、怯まなかった。そして旅人は、賊か、とだけ言った。そこから、斬り合いになり、槍と剣の勝負になった。決着はつかなかった。途中で官軍がやって来たので、俺は急いでその場を去ったのだ。
 これが、俺とロアーヌの出会いだった。この時、俺達は十六歳だった。すでにロアーヌは軍人で、都から俺の町に配属という事になっていたらしい。
 世界は広い。俺はその時、初めてそう思った。今まで、どいつもこいつも槍でぶちのめしてきたのだ。それが、出来なかった。そして同時に、自分の小ささを知った。小さな町の中で、肩で風を切っていた自分を恥じたりもした。そこから、俺は真面目に勉強を始めた。勉強を始めるにはいかにも遅い年齢だったが、二年の歳月を経て、俺は軍に入る事が出来た。そして、ロアーヌと再会し、今では無二の親友となっている。
 そんな俺が、今では将軍だった。二千人の部下を抱え、国をぶち壊そうとしている。
「ガキの頃の子分は不良どもで、今では兵か」
 独り言だった。そして、苦笑する。
「シグナス将軍」
 兵が声を掛けて来た。その顔には、緊張の色が見える。当たり前だった。これから、戦が始まるのだ。それも数分後に始まる。
 俺は、兵の肩に手を置いた。
「大丈夫だ、安心しろ。調練をやったろ? お前の名前は知ってるぜ、確かウィルだ。違うか?」
「はい、ウィルです」
「お前はどこか臆病な所がある。だが、臆病だとは思うな。慎重だと思うんだ。良いな。慎重だというのは、長所だ」
「はい」
「あとは、調練でやった事をやるんだ。大丈夫、出来るぜ。安心しろ」
 言って、俺は二度、ウィルの肩を叩いた。ウィルの顔から緊張が消えていく。
「将軍、私はやります」
「あぁ。俺はしっかりと見てるぜ」
 ウィルが原野の方に眼を向けた。俺も眼を向ける。シーザーの騎馬隊が突っ走っていくのが見えた。馬蹄が遠くなる。そう思ったら、近くなってきた。退いているのだ。俺は槍を握り締めた。そして、ひたすらに鐘を待った。突撃の鐘を、俺は待ち続ける。
 心臓の鼓動が速くなってきた。俺の槍。見せてやる。
 シーザーの騎馬隊が駆け抜ける。その背後。官軍。
 鐘。
「突撃っ」
 叫んでいた。走っていた。槍を低く構える。敵軍のわき腹。
「突き抜けろぉっ」
 敵兵。顔がハッキリと見えた。貫く。血しぶきを頭から被った。吼えた。獣の如く、吼えた。
 恐れおののいている。俺じゃない。敵が、恐れおののいている。手当たり次第、敵兵に向けて槍を突き出す。向こう側からも、喊声が上がっていた。クリスの戟兵隊だ。
「クリス軍に負けるな、俺達の槍を見せてやれぇっ」
 敵の槍。身をよじってかわす。槍を突き出す。敵を貫いた。右から槍。仰け反ってかわす。槍を。そう思ったが、死体に突き刺さったままだった。その死体を、敵にぶつけた。槍を引き抜く。転んだ敵の喉元を、貫く。
 身体が熱い。槍を突き出し続ける。敵を殺し続ける。息が、切れてきた。それでも、手だけは止めなかった。槍だけは突き出し続けた。味方が倒れた。それを視界の端に捉えた。
「俺の兵、俺の部下、俺の子分」
 カッと頭に血が昇るのが分かった。
 敵の群れに飛び込み、槍を振り回した。次々に敵を殺していく。しかし、何人殺しても、敵は減っていなかった。数に任せて、覆いかぶさろうとしてくる。敵の混乱が僅かに収まっているのか。
 その刹那、地響きが聞こえた。違う、馬蹄だ。
「ぶっ殺せっ。誰一人逃がすんじゃねぇぞ、全員殺せぇっ」
 シーザーの怒号。騎馬が、敵陣を縦にカチ割る。原野が血に染まっていく。
「騎馬隊が到着した、小隊を組み直せ。鐘が鳴るまで、敵を殺し続けろっ」
 叫んだ。声が、枯れている。
「鐘が鳴ったら追撃だ、原野を敵兵の死体で埋め尽くせっ」
 叫んで、吼えた。
 敵が逃げ出した。支えきれないと踏んだのか。いや、こんな思案など意味がない。思案は軍師の仕事だ。俺は、将軍だ。
 鐘が鳴った。
「追撃、逃がすなっ」
 シーザーの騎馬隊に負けるな、クリスの戟兵隊に負けるな、言おうと思ったが、声が枯れていた。
 各小隊が、駆けていく。俺も兵をまとめ、逃げる敵の背中を追った。
15, 14

  

 俺は馬上で敵を待っていた。一隊百名、合計七隊を横一列に並べて、原野に眼をこらす。
 砦は静かなものだった。おそらく、敵はほぼ全ての兵を出陣させたのだろう。見張り台の上に僅かに兵が居て、俺の騎馬隊を見止めたようだったが、特に敵の動きは無かった。
 ルイスの策は、見事に嵌まったのだろうか。俺はそう思った。要は伏兵なのだが、相手は一万の兵力だ。対するこちらは、四千である。後軍になるクライヴの弓兵隊は、乱戦では役に立たない。だから、実質的な戦力になるのは、シグナスの槍兵隊とクリスの戟兵隊、そして、シーザーの騎馬隊だった。弓兵隊は、殲滅戦で力を発揮する事になる。そして、その殲滅戦に展開させるのが、俺の騎馬隊の仕事だった。
 一応、砦の後方に向けて斥候を出してみたが、敵の援軍の姿はなかった。間者の話では、この砦の指揮官の性格は、短絡的だが肝は据わっていない、という事だったから、援軍の手配はしているはずだった。しかし、援軍の気配は無い。これは言い換えれば、命令系統か伝令という通信網が乱れ切っている、という事だ。こういう面ひとつを見ても、やはり国は腐っていた。
 兵達は、僅かに緊張をしているようだった。中には、これが初陣だという者も居る。俺の兵は、調練なら苛烈なものをこなしてきた。だから、発揮できる力は精鋭のそれと言っていいだろう。だが、実戦だった。苛烈な調練を潜り抜けたとはいっても、調練と実戦では緊張感がまるで違うのだ。死が、肉薄してくる。それに耐える事ができるかどうかが、大事だった。
 しかし、俺は兵達に声を掛けなかった。これは自分の問題なのだ。俺が声を掛けた所で、真の意味でリラックスなど出来はしないだろう。それに、もう戦は始まっている。個々で、その士気を上げる段階に入っているのだ。
「シグナスなら、声を掛けたかな」
 独り言を呟いていた。 
 シグナスも、この戦が初陣だった。出陣前、あいつは微かに緊張しているようではあったが、心配はしていない。一千の槍兵隊を率いて、すでにぶつかり合っているだろう。
 後は、俺の騎馬隊が敵の退路を塞ぐだけだ。その時、敵はどのように動くのだろうか。完全に混乱して、算を乱すのか。それとも、もう逃げられないと覚悟して、決死に戦おうとしてくるのか。
 前方に、土煙が見えた。逃げてくる敵のものだ。
「全員、武器構え」
 声を上げる。鞘から剣を抜く音が鳴り響いた。
「まずは全隊、敵の退路を塞ぐ。然る後、第六、第七隊は味方歩兵の援護に回れ。俺の隊である第一隊は、敵の本陣を叩く。シーザーの騎馬隊のために、道を作るぞ。残りの隊は、そのまま敵の退路を塞ぎ続けろ」
 逃げる敵と、追撃をかける味方の声が、こちらに届き始めた。敵は必死に逃げているが、まだ陣は保ったままだ。
「駆ける用意」
 剣を天に突き上げる。先頭の敵兵が見えた。
「突撃っ」
 剣を振り下ろす。駆けた。鬨(とき)の声。七隊が、一斉に駆け抜ける。
 敵兵。恐怖の表情を浮かべている。ぶつかる。首を飛ばす。さらに突き進む。血しぶきが、舞っていた。敵が叫び声をあげている。どうして、なんで、そう叫んでいる。混乱している。しかし、この数。七百では、いささか荷が重いか。
「逃がすな、退路を塞げ。抗しきれなくなったら、反転して再度ぶつかれ。調練でやった事を今こそ発揮しろ」
 叫んで、俺も馬首を返した。逃げ惑う敵の首を飛ばし続ける。
 不意に、敵軍の旗が振られた。本陣。あそこか。兵数は二千弱といった所だろう。旗を見て、敵兵が陣を組み始めている。戦うと決めたのか。
「第六、第七隊、歩兵の援護へ。第一隊、集まれ」
 一旦、敵陣から抜け出た。部下が次々と集まってくる。
「本陣を崩すぞ、突撃っ」
 駆けた。味方の歩兵が、囲まれ始めている。だが、第六、第七隊の騎馬隊が敵の脆い所に突っ込んで穴を空け、そこから歩兵を逃がしていた。
 本陣。ぶつかる。堅い。そう思った。腐った官軍とは言え、さすがに本陣に弱兵は置いていない。
「槍を突き出せ、騎馬は槍に弱い、早くしろっ」
 敵の指揮官が喚き散らしている。槍が突き出された。このまま突っ込めば、こちらの犠牲は大きい。
 反転させた。勢いに乗れば、踏み潰せるかもしれない。その瞬間、視界の端に囲まれている槍兵隊が見えた。シグナスの隊だ。
 突撃か、シグナスを救うか。逡巡はしなかった。まずはシグナスを救う。このまま本陣にぶつかっても、押し返される可能性の方が大きい。こちらは僅かに百名弱しか居ないのだ。それに歩兵を活かす方が、勝利は近くなる。そして何より、シグナスは親友だ。
 駆けた。シグナスの隊を囲んでいる敵兵を、背後から突き崩す。味方歩兵の所まで辿り着いた。
「シグナス、早く抜け出ろ」
「すまん、ロアーヌ。だが、他の隊が、まだ囲まれ続けているんだ」
「全てを救い出す事はできん。まずは本陣の首を取る。さぁ、早く行け」
 突き崩した穴から、槍兵隊が抜け出て行く。俺は馬首を巡らせ、敵本陣に向けて駆けた。部下の数は八十名を切ったか。
 七度、敵本陣に突撃をかけた。しかし、崩れない。人数が足りないのだ。敵本陣は二千名弱居るが、こちらは八十名弱しか居ない。一点集中突破ならばやれない事はないと思ったが、そこまで甘くは無かった。砂の山に穴をあけるようなもので、崩すとすぐに敵が覆いかぶさってくる。
 兵力差が大きすぎる。俺の隊だけでは、突き崩せない。しかし、他の騎馬隊を呼び出せば、味方歩兵が囲まれてしまう。歩兵を活かさなければ、勝利はさらに遠くなってしまう。どうするか。
 その時だった。敵本陣が、僅かに揺れた。
「ロアーヌ、突き崩せぇっ」
 シグナスだった。シグナスの率いる小隊が、敵本陣に食い込んで乱戦を展開している。それに呼応するかのように、他の歩兵隊が敵本陣にさらに取り付いていった。
 本陣の揺れが、混乱に変わった。
 勝機。
「突撃態勢」
 陣を組ませた。周囲で、手の余った歩兵が敵を食い止めている。
「突っ込めっ」
 駆けた。あっさりと突き抜けた。敵本陣が、二つに割れる。突き抜けた先に、シーザーが居た。眼が合った。やっとかよ、そう言っているような気がした。
 シーザーが、肉を待ちわびていた獅子の如く、吼えた。
「ぶっ殺せぇっ」
 二千の騎馬隊。怒涛の如く、駆け抜ける。
 シーザーが偃月刀を天に掲げる。その刃の先には、敵の指揮官の首が突き刺さっていた。
「勝ったか」
 息を弾ませながら、俺は額の汗をぬぐった。
 蜘蛛の子を散らすようにして逃げる敵に、クライヴの弓兵隊が追撃をかけていた。
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