「なぁ、お前昨日ウチに来ただろ?」
何も答えない。これはもうスルーという言葉では済まされない、専門用語で言うところのシカトという奴である。。
「ちょっとちょっとさすがにシカトはどうなんですか」
「なに?」
「いや、お前昨日ウチに来ただろ」
「気のせいじゃないの?」
ここで俺はカマをかけてみることにした。
「気のせいってお前……ガリガリくんくれたじゃん」
「あ、そっち?」
「そっちだと?」
引っかかった。頭悪っ。
「あ、しまった。なんでもない」
「おいおいちょっと待て。じゃああれか、そっちじゃない方もあるってのか」
「シラナイ、ワカラナイ」
「おいこらなんで急にカタコトになるんだ、おい」
彼女は俺のことを睨んで、
「世の中にはね、知らなくていいこともあるの」
「そうですか。怖いですね」
ここで萎縮してしまうのが俺の悪いところでもあり悪いところでもある。
でもその言い方はやはり、昨日何かがあったことを肯定しているに違いなくて、さて、どうしよう。
なんてことを考えながらそのまま悪友連中とうだうだ遊んだりして夜、どうしようも何もどうしようもないし、昨日のことは気の迷いか夢か何かと思って忘れようと思った。思いながら部屋に帰ってきた。そしたら部屋にはメイドがいた。えっ、なんで?
「えっ、なんで?」
「私は、あんたの妄想なの」
「そういう設定?」
睨まれた。怖かった。だからそれ以上何も言わなかった。
彼女は黙って俺の漫画を読んでいる。幼馴染のメイドさんが漫画を読んでいる。なんだかよくわかんないけどそういうことになってる。
ところで幼馴染のメイドさんというと、俺としては幼少の頃は友達のように仲良く遊んだ、どころかむしろ彼女の方が優勢でお姉さんでこっちは頼りっぱなしで「しょうがないやつだなーもー」なんて言われながらガキ大将から守られたりしてたんだけど成長してやがて身分の違いが明らかになり、突然彼女も「お呼びでしょうか、ご主人様」なんてそっけない態度で、俺は「前と同じでいいよ」って言うんだけど「いいえ、そういうわけにはいきません」ってさらりと言って、俺は寂しい気持ちになるんだけど、実は彼女も同じように寂しく思っていたことをある時ふとしたきっかけで知ったりしたい。
なんて気持ちで彼女のことを見つめていたら、彼女はこちらをきっと睨んで、
「何?」
「メイドさんがご主人にタメ口ですか」
「うっさいなぁ……」
「これはひどい」
すぐ睨むしほんとこわい。
昔はこんなんじゃなかったのになぁ、なんて思いつつ。
俺がオタの片鱗を見せ始めていた頃はまだ仲良しこよしで、一緒にアニメを見たりしたものだった。
大団円で終わるラブコメの最終回を涙ながらに見たりして、
「わたし、将来ケンジのお嫁さんになるー」
なんて、言ってたんだよ。ほんとだよ。
ねぇ、ところで今あなたが読んでいるその漫画は。
俺達がかつて一緒に見たあのラブコメアニメの原作じゃありませんか?
「面白い?」
「まぁまぁ」
「それのアニメが昔やってたよね」
「そうなの?」
本当に覚えていないのか、しらばっくれているだけなのか、それともこのメイドさんとリョーコが本当に別人なのか。一緒に見たのもあの最終回の一度だけだから、本当に覚えていなくても仕方ないけど。
それでも俺は、しらばっくれているだけでいてほしかった。
俺の視線が気になるのか、居心地悪そうに彼女は漫画を棚に戻した。それからこっちを振り向いて、
「寝ないの?」
「えっ」
まだ日課のネットサーフィンもしてないしなんとかちゃんねるで情報弱者をいじめて遊ぶのもしてない。
「まだ早……」
「寝ろ」
怖かった。
「寝るよ。寝ます」
「おやすみ」
電気を消した。部屋が暗くなる。でも、メイドさんはじっと暗闇に立っている。
「帰らないの?」
「あんたが寝たらあんたの頭の中に帰るわよ」
「徹底してるね」
「当たり前でしょ」
俺は目を閉じた。彼女の気配はまだそこに。
もちろんすぐに寝付けたりするわけなんかない。俺はこの前ネットで読んだ妄想のメイドが登場する小説のことを思い出していた。それでふと思いついて、口を開いた。
「ところで妄想のメイドさんはいつか消えるんだろうね?」
「消える?」
「こういう妄想の女の子がやってきて系の物語は最後は妄想が消えてエンドがお約束だろ」
「そうなの?」
彼女はどこか悲しげに問い返した。ような気がした。少しだけ目を開けてみた。窓からの月光にかすかに照らされた彼女はどこか悲しげな顔をしているようにも見えた。でもそれは、月の幻の錯覚のような気もした。