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ep6.心不可視

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 何も見えない真っ暗闇に、穏やかな寝息の音が残響する。ユキは、その傍らで眠る少女を、悩ましげに見つめていた。

 漆黒の艶を持つ髪に、そっとユキは手を這わせた。撫でると、さらりと手から彼女――ジュンの髪が流れ落ちた。人形のように端正な顔が露わになる。ユキにはその少女がどこか浮き世場離れした美しさがあるように思えた。

「浮き世離れ、ね……。洒落になってないか……」

 思わず、口から言葉が漏れた。そのことに少し後悔する。口に出したら、その認識がより鮮明になった気がしたから。

 ジュンは、なんというか『危うげ』だ。ユキはそこに惹かれた。この世にあることを自ら許さないような、その妖しさに。死を覚悟した、一度はこの世を去ろうとした、そんな彼女の魅力に絡め取られた。今はそれだけに魅了されているわけではないにせよ、ユキの中での彼女の姿は、いつも死と隣り合うような儚さにまみれている。

 彼女は喩えるなら一本の絹糸に吊された、氷の刀だ。艶冶(えんや)なその出で立ちに惹かれて手に取ろうとすれば、たちまちに地に落ちて砕けてしまう。

「それでもあなたがここに居るのは、私の手も届いていないから……?」

 それは否定も出来ない、烙印のように心を焦がす事実のようだった。

 ユキは注意深くジュンの行動を観察していた。仕事もきちんとしているし、学校にもちゃんと来ている。人付き合いだってそつなくこなしている。まるで模範生のように、日々を過ごしている。それでもまだ、彼女の存在感は安定しない。ふっと消失してしまう予感が、頭の片隅から離れない。

 そんな焦燥感に突き動かされるまま、つい先ほどユキは彼女を抱いた。できるだけ自分の思うまま。そうしたら、本来の、ちゃんとこの世界に執着のある彼女が戻ってくるかもしれないと、望みを託して。有りもしない希望を幻視するような愚かさを、ユキは自覚していたが、他にその焦燥を沈める術を知らなかった。

 結果は――ユキには良く分からなかった。実際に抱かれていたときのジュンの様子は、随分と俗世間の人間臭さを感じた。しかし、就寝際の彼女の様子は、出会ったときと同じように、死に臨んでいるように思えた。そして多分、その感覚は間違いではないことを、ユキは直感していた。

 死に際の人間を無理矢理世に留めた。思いつくままに彼女を挑発し、従属させ、犯した。そのいずれも彼女を手許に留めるための、苦肉の策だ。どうしたらいいかを闇雲に模索し、残った今あるこの関係はなんだろう。ただの友人でも、ましてや恋人でもない。だというのに、幾度も唇を重ねた。そうしたら、少しはジュンという人間が分かるかもしれないという妄想に甘えて。わかるどころか、それは二人の関係を歪(いびつ)にしただけだ。最早、好きだから彼女といたいという言葉など、陳腐で意味を為さないものになってしまうほど。

「本当は、もっと単純な好意だったはずなのにね……」

 囁いて、枕に顔を埋めた。目を閉じて、規則的な彼女の寝息に耳を澄ませると、その存在を確かめられるような気がした。そのまま、不安を押さえ込むように、眠気に身を任せた。
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