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彼が望むP/あの日、託されたもの ①

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 照井が物置に監禁されてから三日経った。
 食糧は与えられず、ほんの僅かな水だけで照井は三日間耐えしのいだ。
 本来、日岡は照井に何も与えないつもりだったのだが、敵集団の中の一人が情けをかけてくれたのか水だけを少し分け与えてくれたのだ。日岡よりも一回り年上――三十代半ばほど――で前髪の生え際が後退している少しくたびれた感じの男だった。
 流石の照井も餓えには勝てない。ありがたくその男の情けを受け、三日間をしのいだ。
 街はどうなっているのだろうか。彼らが暴れていたりしないだろうか。そんなことを考える。
 突然、大きな物音が聞こえた。まるで機材が何個も床に落ちたような音だ。そしてそれに続いて若い女性の叫び声が聞こえた。
 どこか聞き覚えのある声だ……。照井は耳を澄ませて叫び声を聞く。それは紛れもない、亜樹子の叫び声だった。


「ここね……竜君が捕まっている場所は」
 物陰に隠れながら亜樹子はつぶやく。目の前には大きな廃工場。今言った通り、照井がつかまっている場所。敵がアジトにしている場所だ。
「ここだと分かるまで三日もかかっちゃったけど、竜君はまだ無事だよね」
 この三日間、亜樹子は情報屋や一般人へ聞き込みをして照井やドーパントの目撃情報を探し、なんとかこの場所を突き止めていた。
「今のところ見張りはいないわね」
 忍び足でゆっくりと入り口に進んでいく。そしてバッグからカタツムリ型のメモリガジェット、デンデンセンサーを取り出した。メモリが挿入されていないゴーグル形態のそれを装着し、見張りなどがいないか確認する。
「よし、行ける!」
 亜樹子は忍び足を維持したままゆっくりと中へ進んでいく。しばらくしてセンサーが反応。すぐそばにある大きな作業場に人間とドーパントの反応を感知する。
 一度ゴーグルを外して中をのぞく。そこにいるドーパントは翔太郎を消失させたドーパントだった。そしてもう一人の人間はあのドーパントが現れた時、事務所に助けを求めにきた男だった。
「あの男……グルだったのね」
 怒りがわいてきて思わずスリッパを取り出してしまうが、ここで中に突入して男を叩いても何の意味もないので冷静になる。
「何か話をしてるわね。そうだ、いいこと考えちゃった」
 亜樹子はバッグからカエル型のメモリガジェット、フロッグポッドを取り出した。
『フロッグ!』
 ギジメモリを挿入。音声が鳴り、気づかれてしまったのではないかと焦るが、幸い敵は話に夢中なのか気付かなかった。
「気付かれないようにあいつらの話を盗聴してきなさい」
 亜樹子はフロッグポッドをそっと作業場に侵入させた。これはカエルのように動くだけでなく、サウンドレコーダーとしての機能も備えているのだ。
 機械の陰に隠れながら敵に近づくことに成功したのを確認し、亜樹子は別の道から探索を続ける。
 再びセンサーが反応する。前方にある小部屋の中に人間の反応があったのだ。それだけではない、見覚えのある形状のベルトとメモリが、小部屋の卓上に置いてあったのだ。
「あれは竜君の……」
 照井の変身ツールであるアクセルドライバーと別フォームへの変身用のトライアルメモリだった。
「じゃああの中の人間は竜君……?」
 亜樹子はゆっくりと部屋に近づく。センサーの反応が強くなり、それが照井ではなく別の人間であることが判明する。
 どうするべきか。亜樹子は悩む。思考しながらゴーグル越しに部屋の中をのぞき続ける。部屋の中の人間は椅子に座ったままずっと動かない。
 もしかして……。亜樹子は意を決して扉の前に。そして耳を当てた。僅かにだが中からはいびきが聞こえる。
 中の人間は椅子に座りながら寝ているようだった。これはチャンスだ。亜樹子は考える。今ならベルトとメモリを奪えると。
 決心した亜樹子はそっと扉を開けた。中で座って寝ているのは長髪の男だった。幸い扉に背を向けて寝ている。
 亜樹子は慎重に進むと、男の前にある机に近づく。そして手を伸ばす。ベルトとメモリを掴む。そしてゆっくりと手を引き戻す。男は目を覚まさない。
 よっしゃ! 心の中でガッツポーズをしながら亜樹子は部屋を後にする。だが――
「ひゃあっ」
 突如目の前に飛び出してきた緑色の物体に驚き声を上げてしまう。それは盗聴から戻ってきたフロッグポッドだった。
「なんだ……びっくりさせないでよお」
 ほっと胸をなでおろす。だが、事態はすでによくない方向へと転がっていた。
「誰だ!?」
 部屋の中から男の声が上がる。亜樹子の声で目が覚めたのだ。
「しまったあ!」
 亜樹子は慌ててその場から走り去る。
「なんだお前は!」
 部屋から出てきた長髪の男が走り去る亜樹子の背を見ながら問う。亜樹子は答えないが、その手に握られたベルトを見て男は照井の仲間だと気づいた。
「逃げられると思うなよ」
 男はガイアメモリを取り出す。『リストレイン!』そして自身に挿入。リストレインドーパントへと変身した。
 身体からロープ状の物を飛ばし、叫びながら逃げる亜樹子を捕まえようとする。だが何度も物に躓くなど、運よく不規則な動きをする亜樹子をうまく捕えられない。
 とうとう亜樹子は廊下の行き止まりに追い詰められてしまった。
「所長! 所長なのか!?」
 追い詰められた亜樹子の横の部屋から照井の声が。偶然にも亜樹子は照井が捕らえられた物置のある場所に逃げこんだのだ。
「竜君! 無事だったんだね!」
「所長、外はどうなってるんだ?」
「あ! 私ドーパントに追われてるんだった!」
 亜樹子は再び前を見る。リストレインのロープがこちらに迫ってくる。
 捕まる……! 諦めて亜樹子は目をつむる。だがロープはいつまでたっても亜樹子を縛り付けない。
 亜樹子は恐る恐る目蓋を開く。するとそこにはロープに噛みついている白い恐竜型のガイアメモリ――ファングメモリがいた。
「ど、どうしてファングメモリが!? 私聞いてない! ……助かったけど」
 ファングは噛みついたロープをそのまま引きちぎる。ロープに神経が通っているのかリストレインは苦痛の声をあげた。
「今のうちよ。この扉壊しちゃって!」
 言われた通りファングは扉に向かって何度も突進をする。そして小さな穴を空けることに成功した。さらにファングは照井を縛っていたロープを噛みちぎり、彼を自由にする。
 亜樹子は穴にアクセルメモリとトライアルメモリ、そしてアクセルドライバーをねじ込み、照井に渡す。
「助かった。後は俺に任せてくれ」
『アクセル!』
「やってくれたな……」
 痛みが治まったのか、リストレインが怒りに震えながら十数本のロープを身体から顕現させる。
「それはこちらのセリフだ!」
 照井が叫ぶ。
「所長。扉から離れていろ」
「うん!」
 亜樹子は物置の扉から距離をとる。
「変……身ッ!」
『アクセル!』
 照井の掛け声と変身音。その数秒後に扉が蹴破られた。
 物置の中から加速の記憶を包容する真紅の戦士が姿を現した。
「三日間、よくも閉じ込めてくれたな」
 リストレインに向き直り、睨みつける。マスクのシールドの奥にある青い複眼が猛るように輝いた。
「さあ……振り切るぜ!」
10

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