窓から差し込む日光で亜樹子は目を覚ました。
昨晩、ショックを受けて机の上にうなだれたまま寝てしまっていたのだ。上体を起こすと伸びをする。
事務所を見回す。亜樹子以外は誰もいない。奥の椅子に翔太郎は座っていないし、カーテンで隠されたベッドにもフィリップはいない。
「どうしてこうなっちゃったんだろう……」
昨晩と同じ言葉をつぶやく。過去を振り返り、その光景を今の事務所の状況と重ねる。探偵小説を読みふける翔太郎、興味を持ったことを無心で調べ続けるフィリップ、コーヒーメイカーで熱いコーヒーを入れる照井。
最初に“フィリップがいなくなり”事務所の雰囲気が少し変わった。そして三日前に“翔太郎がいなくなってから”目に見えておかしくなっていった。
「た、助けてください」
その日、一人の男が事務所の扉を叩いた。三十代半ばでスーツを纏っている。年齢のわりに前髪の生え際がかなり後退し少しくたびれた顔をした、仕事疲れしたサラリーマンといった感じの男だった。
「どうしたんですか?」
亜樹子がすぐさま対応する。
「怪物が……怪物が外で暴れてるんです」
「ドーパントか?」
奥で座っていた翔太郎が立ち上がる。
「助けてください。探偵さん、仮面ライダーなんでしょう?」
男は必至に助けをこう。その様子から外はひどいことになっているのではないかと翔太郎は推測する。
「フィリップ、ドーパントだ!」
地下室に向けて声をかける。「っと、いけね」直後に相棒がもういないことを思い出す。急いで帽子をかぶると男の元に寄った。
「場所を案内してくれ」
「は、はい。分かりました」
男は事務所を出て走り出す。翔太郎もその後に続く。
ドーパントは事務所から走って五分程度の場所で暴れていた。片っ端から周りにあるものを蹴り飛ばし、破壊している。
ドーパントは全身が紫色で、銅に銀色の半球が埋め込まれていた。
「おい、そこまでだ」
翔太郎はドーパントの前に立ちふさがると、ロストドライバー――メモリ挿入部分が一つしかないWドライバーと同系統のベルト――を装着した。
続けてジョーカーメモリを取り出す。
『ジョーカー!』
「来たな、仮面ライダー」
ドーパントは嬉しそうに言う。
「変身!」
翔太郎はメモリをベルトに挿入。そして横に倒す。
『ジョーカー!』
身体が変質。切り札の記憶を包容した漆黒の戦士、仮面ライダージョーカーに。
「まるで俺が来るのを待っていたような言い草じゃねえか」
「その通りだよ仮面ライダー。俺はお前を待っていた」
「理由は知らねえがメモリブレイクさせてもらうぜ」
ジョーカーは紫色のドーパントに向かって疾駆、そして肉薄。容赦のない打撃を繰り出す。ドーパントは防ぎきれずに地面に転がる。
「大したことねえな。こいつで決めるぜ」
ジョーカーメモリをベルトから引き抜き、右腰のマキシマムスロットへ。
『ジョーカー! マキシマムドライブ!』
「ふん、させるものか!」
ドーパントは起き上がると両手をジョーカーに向けて伸ばす。すると地面から銀色をした粘膜のような物が発生し、ジョーカーの足元に広がる。
「こ、これは!」
テラードーパントやオールドドーパントのような精神干渉攻撃だった。ジョーカーはすぐにその場から逃げだそうとするが、粘膜状のそれは両足に絡みついて動きを封じていた。
「なあ、寂しくないか?」
ドーパントはジョーカーに問いかける。
「相棒がいなくなって、一人で仕事をしているんだろう。寂しくないのか?」
「なんでそのことを……」
ジョーカーは気づく。相手は自分のことを調べつくしていると。
「また相棒に会いたくないか?」
「うるせえ!」
ジョーカーは叫ぶ。足が少し沈む。
「また相棒と一緒に探偵の仕事をしたいんだろう?」
「黙りやがれ!」
さらに足が沈む。
「思い出してみるんだ。相棒がいた頃の日々を」
「このやろう……!」
口では反抗しているが、翔太郎は言われた通りに過去を思い出してしまう。フィリップがいた頃の過去を。
身体が沈む。腋から下が粘膜に沈んでしまった。
「翔太郎君!」
後ろから声がかかる。亜樹子だった。心配になって様子を見に来たのだろう。
「亜樹子! お前は事務所に戻ってろ!」
ジョーカーは亜樹子を巻き込むまいと声を荒げる。だが亜樹子はその場から動こうとしない。
「あの女と相棒とお前。三人で過ごした日々はさぞ楽しかっただろう。お前は相棒がかけていると何もできないんだ。相棒が必要なんだよ」
「くそ……くそぉ!」
ジョーカーは叫ぶ。身体が沈んでいく。やがて粘膜の中に埋もれてジョーカーの姿は見えなくなった。
ドーパントは粘膜を消す。発生させていた場所は元に戻った。ジョーカーの姿を消して。
「翔太郎君!」
亜樹子が叫ぶ。
「残念だが彼はもういない」
ドーパントは勝ち誇ったように笑う。
亜樹子は携帯電話を取り出すと電話をかけ始めた。
「竜君助けて! 翔太郎君が……翔太郎君が消されちゃったよ……」
パニックになりながら必死にさきほど起こった出来事を照井に伝える。
『今すぐそっちに向かう』
照井はそう言って電話を切った。
「おっと、他の仮面ライダーを呼ぶつもりか。なら俺はここで去るとしよう」
「まちなさいよ!」
亜樹子はスリッパを取り出すとドーパントに近づいた。
「翔太郎君はどこなの!?」
「お前じゃ絶対に行けないところだよ」
そう言ってドーパントは亜樹子を軽くはたく。軽くとはいえドーパントの力は人間異常だ。亜樹子は勢いよく地面を転がった。
なんとか起き上がるが、ドーパントの姿は見えなくなっていた。
翔太郎と照井。この街を守る二人の仮面ライダーが姿を消してしまった。だが、ドーパントはまだ存在している。もしドーパントが暴れ出したらそれを止める存在がいないのだ。
亜樹子はこの最悪の事態に、どうすればいいのかと頭を抱えていた。この状況で二人を助けられる人間なんていないのではないか。
警察はどうだろう。亜樹子は考え始めるが刃野と真倉の顔がすぐに浮かび、無理ではないかと思ってしまう。
改めて、自分は翔太郎やフィリップ、照井に頼ってきたのだなと亜樹子は思う。自分は今まで何かできたのだろうか。
突如、机が震えた。照井のビートルフォンに着信がきたのだ。見てみると刃野からだった。きっとまだ戻ってこない照井を心配して電話をかけたのだろう。だが本人は別に携帯電話は亜樹子の元にあるのだ。
亜樹子はビートルフォンを静かに見つめる。中には照井のアクセルメモリが挿入されている。
照井はどんなことを思って、アクセルメモリをここに飛ばしたのか。
「竜君は現状で私が一番頼れると思ったからこのメモリを飛ばした……?」
亜樹子はそういう考えに至る。自分は照井にアクセルメモリを託されたのだと。
「そうよ……今この街を守れるのは私しかいないのよ」
亜樹子は立ち上がる。
「翔太郎君と竜君は、私が助けなきゃ」