「今日を無事終えれば左は戻ってこられない。それはどういう意味だ」
照井はパラレルドーパントを睨みつけながら言う。
「敵にベラベラと自分の能力を話す馬鹿がいると思うか?」
パラレルは高らかに笑う。
「でも、お前も今や戦える状態じゃない。話してやってもいいがな」
「勿体ぶるな。早く話せ!」
「話してください、だろ?」
「貴様……ッ」
「まあ、怒るな。冗談だよ」
照井はパラレルの人をなめきった態度に激しい苛立ちを覚える。だが、なんとしてもパラレルの能力を聞きだしたいため、必死にそれを抑え込む。
「簡単に言えば俺の能力は並行世界を作り出すことだよ。精神干渉した相手が望む世界を体内で生成し、攻撃対象をその世界に引きずりこむ」
「じゃあ翔太郎君はあんたが作った並行世界にいるってことなのね」
「そういうことだ。あいつを引きずりこむのは簡単だった。一緒に仕事をしていた相棒がいなくなって、奴の精神は隙だらけだった。奴の身辺調査の方が大変だったくらいだ。
やつは相棒が戻ってくることを望んでいた。だから俺は相棒が生きている場合の並行世界を作り出して、奴を引きずりこんだ。だがそれだけでは完璧じゃない」
「どういうことだ」
「俺が作り出した並行世界が完成するまでに七日間かかる。その間俺は常にドーパントのままでいなければならない。その七日間の間は世界が不安定だ。奴がこっちに戻ってくることもありえる。そして――今日がその七日目だ」
「そういうことか……」
「だから、奴を取り戻したいのなら、今日が最後のチャンスだということだ」
「なら、ここで貴様のメモリをブレイクすればいいわけだな」
照井はふらふらと立ち上がると、アクセルメモリを取り出す。『アクセル!』
「駄目だよ竜君!」
亜樹子は慌てて照井に駆け寄ると、変身を阻止しようとする。
「この状態で戦ったら、竜君が死んじゃうよ」
「止めるな所長。ここで俺が戦わなかったら、左は……」
無理やり亜樹子を振りほどく。「変……身ッ!」メモリをドライバーに挿入。ハンドルを回す。
『アクセル!』
変身――仮面ライダーアクセルに。エンジンブレードを片手にパラレルに向かって疾駆する。
「斎藤、仕事だ」
パラレルがそう言うと同時に『アサシン!』とガイアウィスパーが鳴った。そして後ろから黒い何かが高速で走りぬける。そしてアクセルに一撃を加えた。
「悪いが、俺は戦闘向きのドーパントじゃないんでね。代わりに身を守ってくれる護衛がいるんだ」
アクセルに攻撃したのは漆黒のドーパントだった。顔らしさを感じないのっぺりとしたマスクに二本のダガー。ドーパントにしては細身だがその分圧倒的な機動力を誇る、暗殺者の記憶を包容した怪人。アサシンドーパント。
「斎藤――アサシンドーパントは圧倒的な近接戦闘能力を誇る。そんな状態のお前では勝てないよ。やれ、斎藤」
アサシンの高速攻撃。アクセルがまったく反応できない速度で着実にダメージを蓄積させていく。いくら反撃しようとその速さを生かしたヒットアンドアウェイの戦法でアサシンは無傷のままアクセルをなぶる。
「もうやめてよ。竜君が死んじゃう」
亜樹子はスリッパ片手にパレラルに駆け寄る。
「死ねばいいじゃないか。そもそも我々は仮面ライダーが邪魔だから消そうとしているんじゃないか」
「あんたたち、何が目的なのよ」
「目的? 風都をめちゃくちゃにしたい。それだけだよ。だがそうすると仮面ライダーが邪魔だろう? だから一人ずつ消していくことにしたのさ。あの赤いライダーは俺の精神干渉が効かないから手間がかかったがね。直に死ぬだろう」
「意味が分からない……。めちゃくちゃにしてあんたたちに何の得があるのよ」
「俺に風が吹かないこの街は邪魔なんだよ。大嫌いだ。だからめちゃくちゃにする。それだけだよ」
「何よそれ。めちゃくちゃなのはあんたたちの頭じゃない」
「何とでも言え。そもそもこの街で生きてきた人生そのものがめちゃくちゃなんだよ。今更何を言われても引きさがるものか」
パラレルはそう言って亜樹子に手を伸ばす。
「俺は戦闘向きではないがただの人間程度なら造作もなく殺せるよ」
片手で首を掴むと、亜樹子を持ち上げる。
「んーっ! んーっ!」
亜樹子は苦しそうに足をバタバタさせてもがく。
「あそこのライダーはアサシンが、お前は俺がついでに殺せば後は並行世界が完成するのを待つだけだ」
パラレルは首を掴む手の力を強める。亜樹子はさらに激しく足をばたつかせた。すると右足がパラレルの銅にある銀色の半球に直撃する。するとパラレルは思わず亜樹子を離して半球を両手で押さえた。
「きゃっ」
亜樹子は着地に失敗して尻もちをつく。
「え? 何々? 私の必殺キックが効いちゃったの?」
「じたばたとするんじゃない!」
半球に危害を加えられたくなかったのだろう。先ほどまで余裕な態度を見せていたパラレルの言葉に怒気が含まれていた。大事そうに胴体の半球をさすっている。
亜樹子はその様子を見て、あの半球がパラレルの弱点なのではないかと考える。
「糞が……。今度こそ殺してやる」
パラレルが亜樹子に近づく。
「こ、これ以上近づいたらその胴体の玉を思い切りひっぱたくわよ」
亜樹子はスリッパを構えながら後ずさる。
「そんなことしてみろ。拷問のように嬲り殺してやるぞ」
パラレルが再び手を伸ばす。だがその時――
『ジェット!』
エンジンブレードから射出されたエネルギー弾がパラレルの胴体の半球に直撃した。
半球に大きな罅が入り、パラレルはその場にうずくまる。そして攻撃が飛んできた方向を見た。
そこにはうつ伏せで倒れながらもエンジンブレードをパラレルに向けるアクセルがいた。アサシンの攻撃を受け続けてなお、パラレルへ攻撃するチャンスをうかがっていたのだ。
「斎藤! やつを殺せぇ!」
アサシンは満身創痍のアクセルを見て少し戸惑う。だが再びパラレルの怒声が飛び、彼は再びアクセルに攻撃を加えた。
「畜生! 壊れなかっただけましか……」
パラレルは罅の入った半球を見る。露出している部分の半分近くに罅が広がっていた。
「とっととお前らを殺してやるよ」
パラレルは亜樹子に向かって拳を振りかざす。
「左ぃ! お前はこの街を守るんじゃないのか!」
アクセルは――照井はボロボロの身体から精いっぱいの声を振り絞り、並行世界にいる翔太郎に向かって叫ぶ。
「翔太郎君……早く戻ってきて!」
亜樹子も叫ぶ。パラレルの拳が振り下ろされる。
その時、パラレルの胴体の半球が激しく光った。思わずパラレルは拳を止める。光と共に罅がどんどん広がっていく。
「な、何が……!」
罅は半球全体に広がり――粉々に砕け散った。そしてその中から何かが飛び出し、地面を転がって亜樹子とぶつかった。
「な、何!? 私聞いてない!」
亜樹子はバタバタともがきながら、自分にぶつかった何かを見る。
「おっと、わりいな」
見慣れた服、聞きなれた声。
亜樹子にぶつかったそれは立ち上がると亜樹子と照井を見た。
「随分遅かったじゃないか……!」
照井は苦痛に耐えながらも嬉しそうに行った。
「本当にすまねえ。待たせたな」
帽子を手に取り、中にふぅっと息を吹きかけて被りなおす。
「どうして……どうして戻ってきた……」
「どうして? 俺は私立探偵の左翔太郎。そして――」
翔太郎はロストドライバーを腰にセット。ジョーカーメモリを取り出した。
『ジョーカー!』
ドライバーにメモリを挿入。横に倒す。
『ジョーカー!』
漆黒のスーツが身体を覆っていく。切り札の記憶を、その身に纏う。
「この街を守る仮面ライダーだからさ」