民衆党の党首選挙はなんやかんやのゴタゴタの末、争っていた候補の二人とは別の、いやそもそも民衆党とは何ら関わりのない一人の美少女が当選した。
「皆さんこんにゃんにゃー」
「こんにゃんにゃー!」
新首相の所信表明演説を傾聴する国会議員たちがにゃんにゃにゃんにゃと唱和する。十歳くらいの少女に見える首相は、風もないのにヒラヒラのスカートをはためかせて、見えるたびに色と形が変化するパンツを見せつけ愛想を振りまいている。ツインテールの先は常にパリパリと帯電している。
「このたび日本の総理大臣になっちゃいました、魔法少女ベギラ二千八百歳です。
ちょっともうね、日本の政治をね、見てらんなくなっちゃってね、それならもういっそのこと私がトップに君臨して、好き放題やっちゃおうかなって。
それでね、国が本格的に潰れちゃったとしてもね、可愛いから許してもらえるかなって。
はっきりいってこの国を立ち直らせるのはもう無理なの。借金に高齢化問題に働かない若者たち、小学生にすら蔓延する性病、将来に何の希望も持てずに死んでいく年間十万人の自殺者、低下していく国際的地位。
近いうちにいきなり国がなくなる、なんてことにはならなくても、ゆるやかにこの国は死んでいきます。今も死につつあります。政権交代しようがどんな政策打ち出そうがね、もう無駄なの。既に終わったものは新たに始まらないの。永遠に第二部が開始されない第一部完なの。
だからね、この国を私のおもちゃにします。
民衆党代表選を戦っていた二人、ヒキガエルみたいな面のおじさんはそのまんまヒキガエルにしてみました。彼はこれから日本のマスコットキャラクターとして生きていきます。国旗は日の丸の中心にヒキガエルをあしらったものに変更します。もう一人の額にホクロがある方は、ホクロを巨大バルーンにして空に浮かばせています。彼はこれからホクロバルーンおじさんとして空中を漂い続けます。
太平洋の藻屑とならなければいいですね!
では仕事始めとして、まず国民全体に魔法をかけます」
ベギラのツインテールが逆立ち、練り合わされ、一本のステッキ状となり、巨大な閃光がその先から放たれた。光は国会議事堂の天井を突き抜け、日本全国に降り注いだ。テレビの映像はぐらりと揺れながらも、カメラは国会議員たちの変化を映し出した。それまでベギラの魔法によってか、恥ずかしげもなく「にゃんにゃんにゃー」などと言っていた連中は、その言葉を発してもおかしくない風体になっていた。
つまりは美少女に。
黄色い歓声が議事堂にこだまする。彼ら、いや彼女らは自分の体の変化に驚きつつ、ぶかぶかの背広が邪魔なので脱ぎ捨ててうっかり全裸になってしまったり、本当に全身美少女になっているのか確かめるために隣の美少女の下半身を確認したりしている。魔法のせいなのか、国営放送だというのにそれらの痴態はそのまま全国に流されてしまった。それを見て喜ぶロリコンどももまた、美少女になってしまっていた。
しかし、その中には場違いな雰囲気をまとった、美少女化しない初老の男性ガードマンと妙齢の女性議員もいた。
家族と食卓を囲みながら「なんだこれは」と思いつつテレビを見ていた十七歳の少年、吉野修平もその一人だった。目の前で両親が美少女になり、元々美少女だった妹がさらに美少女になったのを目の当たりにしながら、彼自身は何の変化もなく、平凡な少年の姿のままだった。
テレビの中ではベギラが演説を続けている。
いや、その声はテレビからというより、直接修平の頭の中に響いて来るようにも聞こえていた。
「やっぱり魔法のかからない議員さんいたねー。
あのね、近くにいる集団を催眠状態にかけたり、電波を通して全国の視聴者の頭に直接語りかけたりっていうのは、私くらいの魔女になるとわけないの。
でも今回みたいな、人の形を変えてしまう魔法を国民全部にかけるとなると、私一人の魔力ではとても無理で、それぞれの人間に内在している魔力を増幅させ、さらにその人に関連する人たちとの魔力とを共鳴させ……まあ、詳しい説明してもわからないか。正直私も全部魔法のことわかってるわけじゃないよ。そんなに簡単じゃないからね。魔法も人生も。
簡単にいうと、美少女になれなかったのは、友達のいない人です。孤独で寂しい人生を送っている人です。
誰かと触れ合い、会話を交わし、関係を作ることで、人と人とは繋がります。友情を深めたり、恋人になったりします。
私は魔法で対象の同意を得ずに無理やり干渉し、強引に関係し、効果を与えました。その人がなりたがっていた何かを『美少女』に書き換え、その人の持つ実現力を促進させ、姿を美少女に変えました。その際のエネルギーに用いたのが、各人が持つ、人と触れ合った記憶やら何やら。
大切な思い出の一つや二つ失っちゃってるかもしれないけれど、美少女になれるならその程度の代償、安いもんだよね?
だけど悲しいことに、心を閉ざしている人にこの魔法は効きません。彼らにだって多少なりとも思い出はあるものの、彼らにとってその価値が非常に低いので、魔法エネルギーにするには足りません。その人の友人との心の交流を利用して共鳴させるやり方も、友人がいないので出来ません。
忘れてた、まだ物心のつかない子供には無条件で魔法が効きます。だから世のお母さん方、言葉が通じないからとか遠慮してないで、精一杯愛のある言葉を子供さんにかけておいて下さいね。言葉というのは微力でありながらも魔力を秘めていますから。記憶には残らなくても、魂に愛情は刻まれますから。ってまあお母さんも赤ん坊も今はみんな美少女になっちゃってるけど。
さて、国民のほとんどが美少女になっちゃいました。
皆さん仕事は続けられるのか?
日本経済はどうなっちゃうのか?
美少女同士じゃ子孫は残せないじゃないの!
でも高齢化問題は一挙解決?
どうなるこの国、どうなる次回?」
修平の両親はお互いの顔を見つめながら、「母さん、可愛いのう」「お父さんだって」などと言い合っている。
「しかし体が変わってしまったということは、性感帯の方も……」と言いながら美少女(父)は美少女(母)の背中をツイっと指でなぞる。身もだえる美少女(母)を見て父は喜んでいる。妹はさらに美しくなった自分の顔の映った鏡を見つめている。
妹はともかく、両親の行動を修平は醜いと感じた。
「父さんと母さんは、これまでの自分の姿をいきなり変えられて、憤りを感じないのか? 髪が薄くなろうがぶくぶくと太ろうが、それは紛れもなく自分の姿だったろう? 可愛いからって、愛らしいからって、美少女の自分をそんなに簡単に受け容れるなよ! おかしいよ、ベギラに操られてるよ! アイデンテディ、アイゼン、アイデンデ、あ、あ、アーイーデーンーテーデー、アイデッテ」
アイデンティティーとうまく言えない修平は一口お茶を飲んだ。
「自分自身ってものがないのかよ! 情けないよ俺は!」
しかし誰も修平の言葉をまともに聞きはしない。美少女になれていない彼は、友人がいないことを証明されてしまっている。あるいは、人を人とも思わない奴だという烙印を押されてしまっている。そんな奴の言うことに誰が耳を傾けようか。
では最後に、とベギラは演説を締めくくる。
「私のやり方が気に入らないという人は、私を倒しに来てみなさい。私の魔力は膨大ですが、無限ではありません。特に美少女になれなかった全国各地の寂しい人達、徒党を組めるものなら組んでみなさい。私は逃げも隠れもしません。
もちろんパンツも隠しません!」
最後はシンプルに純白となったパンツを大写しにして、所信表明演説の中継は終わった。
このままでは間違いなく明日のバイトの面接落ちてしまう、と修平は絶望した。「フレンドリーな職場」とそのファーストフード店のアルバイト募集広告にあった。愛想笑いと適当な相槌でやっていけると思っていたが、少年のままの自分の姿が、彼をフレンドリーな人間ではないと証明してしまっていた。
倒す、ベギラ倒す、とぶつぶつ呟きながら自室へと帰る修平を、両親は最早見ていなかった。美少女二人は寝室へと消え、妹はいつまでも鏡に見とれていた。
一方その頃ホクロバルーンおじさんは、突然自分が美少女に変わってしまったことに驚きながら東京湾上空を横断中だった。