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2.魔法少女のせいでバイトの面接に落とされる


 魔法少女ベギラが総理大臣に就任したことに対する各国首脳の反応。

「我が国は彼女を歓迎する。他の二人よりはマシだからだ」(アメリカ合衆国大統領)
「問題ない。魔女なら二十人ほど素手で屠ったことがある」(ロシア連邦首相)
「我が国は日本に子種として若い男を送る用意がある」(韓国大統領)
「美少女一億人など取るに足らない。我が国に美少女は二億五千万人いる」(中国国家主席)
「首相は専用機をチャーターして既に日本に向かいました」(イタリア外務報道官)
「魔女ではなく魔法少女だと? 何か違うのか? まあいい、魔法少女も五人屠った覚えはある」(再びロシア連邦首相)

 九月が始まってもまだまだ猛暑日が続く長い夏だったが、日本国民美少女化は暑さが作り出した幻覚などではなかった。
 吉野修平のアルバイト面接は土曜日の午後三時、最寄り駅近くにあるマクドナルド店内にて行われた。修平は面接前日に「面接に受かる秘訣」や「第一印象で好かれるコツ」などをネットで検索して実践しようと考えていたのだが、魔法少女ベギラの総理大臣就任騒ぎでそんなことはすっかり忘れてしまっていた。
 ネット上の反応は「ベギラ様萌え」「日本始まった」「やべえ俺の体やべえ俺のおっぱいやべえ俺の何もかもやべえ」などのベギラ肯定派も多かったが、「魔法少女などという非科学的なものの存在自体を認めない。今自分の体が美少女に見えるのも集団催眠に過ぎない」といった否定派も当然いた。しかしいくらベギラを否定しても自らの体の変化は事実であることが彼らの弱みでもあった。「美少女になれなかった孤独なおっさん乙」といったレスに対して、日付と書き込みIDを書いた紙を手に持った美少女画像をアップし、野次馬を喜ばせるだけの者もいた。
 不安を煽る者も少なくはなかったが、狂騒はどこか祝祭の雰囲気を帯び始めていた。何しろこれまでのどんな祭りより本格的であり、なおかつ自分達も間違いなくその中にいる当事者なのだ。美少女の体の中には輝き弾けるエネルギーが溢れており、どの言葉もどの声も若々しかった。無邪気に響いた。
 美少女になれなかった者たちを置き去りにして。

「君を雇うと思うかい?」
 人事を担当する畑山という男は開口一番、修平に向けて言い放った。畑山もまた、眼鏡をかけて三つ編みにした委員長タイプの美少女になってはいたが、律儀にぶかぶかの背広を折りに折って無理して着込んでいた。
 店内は昼のピーク時を過ぎていたとはいえ、昨日までとは勝手が違いすぎて店員も客もいささか混乱していた。喫煙席では美少女の姿で煙草を吸って咳き込む者がおり、いつもの癖でビッグマックを頼んだ美少女は食べきれずに吐きそうになっていた。スタッフルームに入る前に修平が覗き見た厨房では、美少女店員たちが、身の丈に合わない機械に苦労しながらもハンバーガーを作っていた。
「僕はこれまで千人を軽く越す人達の面接をしてきたよ。この店舗に来る前も人事を担当していた。こうも長く面接に来る人を見ているとね、その人が使い物になるのかならないのか、長く続くのか続かないのか、ほとんど一目で分かるようになって来るんだ。これはきっと意識していないままに習得している魔法のようなものかもしれないね。
 ピアスだらけで刺青をしている、明らかに言語不明瞭で挙動不審、履歴書に書かれているより遙かに高齢、あるいはよく見ると中学生、そんな分かりやすい人ばかりじゃないよ。一見何でもない人に凶暴性が秘められていたり、商品やレジの金を持ち帰るのが当然だと思っている輩がいたり、一筋縄ではいかないんだよ。
 人格に多少問題があっても仕事が出来ればいい、というわけでもない。彼の仕事量が安定して100だとしても、彼が居ることによって他の人の仕事量が90から80へと落ち込んだり、精神的ストレスを抱えたりするようでは迷惑になる。仕事始めは機嫌よくやっていても、疲れてくると周りに当たり散らすような人も駄目だね。『昨日寝てない』『二日酔いで』そんなものを仕事に持ち込まないでほしい。
 眼鏡違いで問題のある人を雇っても、はっきりした理由なくすぐにクビに出来ないのが辛いところでもあるよ。
 後はね、愛想もよくて仕事もそこそこちゃんとやれるけれど、人とは本当に関わろうとしないという人がいる。仕事が終わればさっさと帰り、休憩時間に他の店員とコミュニケーションも取らない。何ヶ月経ってもその人が見えてこない。それの何が悪いの? 誰にも迷惑かけてないじゃん? と君は思うかもしれないけどね、その姿勢こそが迷惑なんだよ。君の仕事を認めても、君と仲良くなろうと話しかけても、君を好きになっても、君は一切応えようとはしない。むしろ近付いて来る者からは逃げていこうとする。そんな君を見ているのは辛いし、せっかく勇気を出してコンタクトを取ろうとしても無視されてこちらも辛い、ということになるんだ。
 別に恋人になってくれなくても構わない。一緒にキャンプファイヤーや海外旅行に行こうだなんて誘わない。だけど、ほんの少し君の中に、僕の居場所を作ってはくれないか? なんてことを思うようになってしまうんだよ。仮の話だがね。
 実は君に似た人がうちにも居たんだ。
 長年ここで働いていてね、今年で三十歳だったかな。長時間入ってくれて、仕事も全般そつなくこなし、スタッフの信頼も厚い人だ。でも、誰も彼の友達ではなかった。いくら話しかけても、用事と当たり障りのない世間話しかしない。彼に片想いした女の人も何人か居た。中には女子高生だって。
 でも、彼の友達や恋人にはなれなかった。
 彼は一人の世界を作っていて、その世界に私達は入れてもらえなかった。
 今日もいつものように出勤してきたよ。ベテランのパートのおばちゃんが美少女になっていることにも眉一つ動かさず、淡々と仕事を始めた。
 他のスタッフはみんな美少女になっていたから、当然彼に注目が集まるよね。あの人はやっぱり昨日ベギラが言ってたような人間だったんだ、と皆が思い始めた」
 あの、と修平は畑山の話に口を挟んだ。
「どうせ落ちるのなら、もう帰ってもいいですか」
「君は落とす。だけどもう少し話を聞け。
 今日の午前中、皆は彼に頼り切りだった。人間性がどうであろうと、調理機器をこれまでと同じように扱えるのは彼だけだったからね。他の人は背丈が足りなかったり、力が足りなかったり、昨日までの体と同じようにすると火傷をしてしまったりと、いろいろ大変だったんだ。彼に後ろから抱えてもらったり、前から支えてもらったりした。
 異変に気付いたのは元ベテランパートのおばちゃん美少女さ。
『あの人、勃起してはるわ!』
 他の人も薄々感付いてはいたけどね。声に出せるおばちゃん精神は偉大だね。彼は――石倉というんだが、そう指摘されると、もう隠すことをやめたんだ、股間も、人間性もね。
『誠に申し訳ありません。私はロリコンです』と石倉は切り出した。
『これまでもたびたび性欲が暴発して犯罪を起こしそうなことはありました。しかし世の中がこうなってしまった以上、耐えることは無理でしょう。ほとんどの方が私のストライクゾーンになってしまったのですから。
 私の欲望は相手を愛でるだけでは収まらず、対象を切り刻み、殺し、時には食べたいとすら思っています。その衝動を抑えるため、自分を押し殺して生きてきました。このような欲望を持っている人間が他人と関わってはいけないと、友人も作って来ませんでした。
 ですがこのままではきっと、あなたたちに危害を加えてしまうでしょう。友情を感じていないとはいえ、長年のよしみはあります。私は今日を限りにここを辞めさせてもらいます。もし今後どこかで私を見かけたら全力で逃げてください。もう私は自分を止める自信がありません』
 そう言って彼は裏口から出て行った。理路整然と自分の異常性を告白してね。
 だから君もきっとそんな人間なのだろう、とまでは言わないよ。まだ若いし。若さゆえの人生観に対する錯誤ということもある。ここで僕が『人は一人では生きていけないよ』なんてことを言っても聞く耳は持たないだろう。
 単純にね、怖いんだよ。
 自分達と違う体、思想の持ち主がね。
 ここで君が激昂して殴りかかってきても、僕は撃退する術を持たない。大体皆十歳から十二歳程度の美少女となっている。僕は実は柔道二段なんだが、体格の差と腕力の差はどうにもならないよ。
 だから僕は君にここから出て行ってもらうよう全力を尽くす。
 君にこれからの道を示す。
 君には、いや、君ら美少女になれなかった孤立主義者達には、ベギラを倒してもらいたい。
 こんな馬鹿騒ぎがいつまでも続くわけがないんだ。はっきりいって気が狂いそうだ。いや、もうとっくに狂ってしまっている連中もいるだろう。自分のことに精一杯で、何かあるごとに『大人でなくなってしまった自分』の無力さを教えられて絶望している。それでいて、打倒ベギラという気持ちは湧かないんだ。僕らはベギラによって美少女として生まれ変わらせられた。彼女を母親のように思っているところがあるかもしれない。あるいはそんな風に思ってしまうこと自体、彼女の魔法の支配下にあるということかも。
 異端だと指差し、白い目で見ながらも、僕らは君達に頼らざるを得ない。みんながみんな石倉のような奴ではないだろう。君は美少女を切り刻みたいと思うかい?」
「いいえ」と修平は答えた。「今はまだ」とは付け加えなかった。
「孤立主義者の君にこんなことをいうのはおかしいかもしれないが、仲間を探せ。ともにベギラを倒せる仲間を。これまでの自分は捨てて、信頼しあえる仲間を。そうして君達が無事ベギラを亡き者にして、彼女の魔法支配下から僕らを解放してくれた時、また面接に来るといい。
 その時は今日のように最初から落とすことを前提とせず、君という人間を一から見定めるから」
 そうして修平は面接に落ちて店を出た。
 どこか遠くから美少女の悲鳴が聞こえたが、パトカーのサイレンは鳴り響いてはいない。そもそも道路を走る車の数が少なすぎる。
 修平は歩き出した。
 どこへ? と自問自答しながら。

 次回からこの物語の主人公が変わる。
 それはヒキガエルではない、ロシアの首相でもない。本来美少女と呼ばれてもおかしくないのに、その他大勢に美少女の呼び名を奪われた、一人の少女に。修平でも石倉でもない、魔法のかからなかった孤立主義者に。
 おちゃらけ魔法少女ファンタジーは第一話で終了している。

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