3.少女ロング
身の上話ってどこから始めればいい?
とりあえずおじいちゃんとおばあちゃんの馴れ初めから、って知らないし。お父さんとお母さんは同級生だったって。その後いろいろあって、私が生まれました。
いろいろやって、私が生まれました。
下品でした、ごめんなさい。
少女ロングの声にならない自分語りは現在に追いつくまで時間がかかりすぎるので一人称は略奪される。彼女自身に任せていたらいつまでも描写されそうにない少女ロングの外観は、身長百八十センチ痩身でショートヘア、今やそこら中に溢れかえっている美少女達より少し年上の十四歳で中学二年生、胸をカップ数で表わせばAA。つまりは少女というよりも、大柄な少年の態を成している。
私は孤立なんてしていない、と彼女が割り込む。
勝手に私の周りから人がいなくなっていっただけだ、と主張する。
少女ロングの本名は長井亜紀。ニックネームである「ロング」の由来はその長身と苗字から。彼女はその名前を気に入らず、抵抗するように常に髪を短くしてきたが、身長の方は彼女の気持ちなど顧みず順調に伸びた。もしかしたらまだまだこれからも、二メートルにも三メートルにも。
中学に上がった彼女に「部活の義務」が押しつけられる。帰宅部は許されず、どこかに入れと。健全に育てと学校側は生徒に強制する。文科系部活に彼女は興味を持たなかった。高身長が有利とされる部活から彼女は熱心に誘われまくった。
「バレーは手が痛いから」
そうして彼女はバスケ部に入った。同級生十四人とともに。
それが一人減り、二人減り、四人減り、六人減り、同学年に彼女一人残された。
どうして? と彼女は疑問に思う。練習は厳しいし先生は怒鳴るし先輩は鬱陶しいけど、別にやめるほどのことじゃないんじゃない?
この程度のことで音を上げてたら社会に出たらやっていけないよ? とは中学一年の彼女はまだ思わない。
仲良しグループが多かった。彼女らは和気藹々と楽しくバスケをやれたらそれで良かった。事実、彼女達は部活をやめた後も、昼休みや放課後、バスケをプレイしていた。裏バスケ、モンキーバスケット、バスケポルノなどに関わるものまで現れたがそれは別の話。押しつけられない練習、顧問教師のいないところでなら彼女らは輝けた。部活をやめる理由があった。
特にやめる理由がなく、厳しさを苦痛と受け止められない、強く、鈍感なロングが一人残された。バスケへの情熱など最初から持っていない。だから幻滅することもなかった。一学年の部員をゼロにはしたくない顧問は彼女に優しく接し、先輩達も彼女をいびることをしなくなった。
だけど部の中で彼女はどうしても異端者で。優しさも甘やかしもつまりは距離を置くことでしかなくて。
そんな関係が辛いと、寂しいと思えたらロングは孤立主義者にはならなかったかもしれない。マクドナルドで面接官を担当した畑山が口にした「孤立主義者」という言葉は、いつの間にか美少女になれなかった者達を指す言葉として定着しているが、それは書き手側からの問題であり、作中人物に自覚はない。
ロングはその高身長から必然的にポジションはセンターを与えられた。ゴール付近にいて相手チームのディフェンスと押し合いへし合い、味方からのパスを待ち、ボールが来れば振り返ってゴールへとシュートする。もしくは他にパスを回す。華麗なドリブルを駆使してコートを縦横無尽に走り回ったり、トリッキーなパス回しで相手を翻弄したり、滞空時間の長い、シュートそのものが一つの芸術作品のようなスリーポイントシュートを打ったりはしないポジション。中学の部活レベルでは背の高さくらいしか要求されない場所。
ロングは部内一の高身長ゆえパスは受け取りやすかった。しかしそれとジャンプ力やシュートの正確性は全然別の問題だ。並のジャンプ力と平均を遙かに下回るゴール率は先輩に毎日のように溜め息をつかせた。
一人になっても季節は巡る。二年生に進級したロングには後輩が出来た。一人しかいない二年生に不穏な空気を感じて新入生が入部してこない、といった事態には幸いならなかった。
しかし相変らず二年生には彼女一人で。
一年間かけて先輩と友情を築けなかった彼女に、新入生と絆が出来るはずもなく。それでも上級生としての責任は与えられてしまい、同じポジションの後輩を指導することになる。「あ、やめるタイミング逃しちゃってる?」と彼女は気付く。「このままずるずると、先輩がいなくなって私一人が最上級生になって、情熱も技術もない自分がキャプテンなんてことになって、ますます後輩とは距離を置かれて」まあいっか、と彼女は思う。思ってしまう。寂しいとかみんな戻ってきて、といった想いはとっくに忘れてしまっていた。
ロングのバスケ部関連についてやけに具体的に書くのは、大体が作者の実体験に基づいているせいだ。
ベギラの魔法によりほとんどの者が美少女と化した翌日、部活は朝からだった。秋大会での引退を控えた三年生も、ようやくバスケをスポーツとしてプレイ出来るようになってきた一年生も、皆当然のごとく美少女になっていた。そしてロング一人美少女となれないことも、彼らにはまた当然のことと受け止められた。
突然小さくなった体をうまく扱い切れない他の部員と違い、彼女一人がボールを上手く扱えた。他の誰よりも高く飛べた。相変らずシュート成功率は低かったけれど、コートは彼女一人の物であるかのように振る舞えた。
ロングにはそれが何一つ面白くなくて。
はしゃいだ振りしてスリーポイントシュートを放つと、とうとう彼女にだけは優しいはずの顧問の美少女から怒鳴られてしまって。
「ロングって大会出られんの? 反則扱いされんじゃね?」
「この体だとボールが重すぎるし大きすぎるしゴールが高すぎるから、ルール自体変わるんじゃないかな」
「それより大会そのものが開催されんのか?」
「ちょっとロング先輩邪魔っす」
というわけで連携プレーに邪魔なロングは全体練習から排除され、体育館の片隅で黙々と筋トレに明け暮れた。
そうしてやさぐれた彼女は部活終了後も真っ直ぐ家には帰らず、自分と同じように美少女化していない人を探して、街をうろつくことにした。中学ジャージの上下という出で立ちのままで。見つけてどうしようかとかはまだ考えていなかった。ただ、今になって彼女には、ゴール下でボールを待つあの退屈なバスケが無性に懐かしく思えた。
やけに犬の吠える日だった。
車はあまり走ってはいなかった。
泣き喚きながら走る裸の美少女やら、ボロボロの服を着てよだれを垂らして徘徊する美少女やらを彼女は見た。それらは赤ん坊や痴呆老人であるかもしれなかった。
結局一人も同士は見つけられなかった。昼飯を抜いていたので腹が減った彼女は、近場のマクドナルドに入ろうかと思ったところ、店内から一人の少年が出てくるのに出くわした。それがアルバイトの面接に落ちたばかりの吉野修平だとロングは知らない。思わず電柱の陰に身を隠し、修平を見つめる彼女の目にはもちろん恋の始まりの光など宿ってはいない。
だが尾行はしてみる。
少しして修平が聞く美少女の悲鳴を当然ロングも耳にする。
次回は惨劇が展開される。犯人は元マクドナルド店員の石倉だ。あと、犬が出てくる。前回「主人公が変わる」と書いたが、あれは変更する。この小説は群像劇だ。