――時は2110年。
今よりちょっとだけ技術が進歩して、今より少し、すみやすくなったそんな世界。
ただでさえ低くなった太陽を、これ以上通すものかと言わんばかりに鬱蒼と並ぶ家々。
「冬だなぁ」
そんな小道を一人歩いていたのは、何の変哲も無い少女。
「うぅ……」
悪戯のように生じた一風で、少女は自らの肌と同じように透き通った白のマフラーに顔をうずめ、紺色の地味なセーラー服に包まれた華奢な体を振るわせた。
「どうにかなんないもんなのかしらね」
小さく悪態をくつも、その言葉は冬の空に白い息となって消える。
何度か吹く風にぶつぶつと呟きならがら、少女足取りは言葉とは裏腹に軽かった。
その証拠に、時折手に持っていた、桜井 龍姫(さくらい たつき)。そう書かれたかばんが大きく行ったり来たりしている。
振り回される大きなかえるのアップリケのついた紺のかばん。色のあせ方や傷つき方などからはその苦労が忍ばれる。もちろん、かばんのだ。
「うわっ」
龍姫の小さな悲鳴と共に、バラバラとプロペラの回る音が響く。
その音は、一筋の風となり龍姫の短くまとめられた金に近いブロンドの髪を持ち上げる。同時に、細工をしているのか、学校の規定違反である膝上まであげられていたスカートも僅かになびく。すらりと伸びた雪のように白い脚が少し顔を見せた。神様に感謝。
龍姫は片手でスカートを抑えながら、なびく髪を押さえることを忘れて轟音の響く真っ青な空を見上げた。
視線の先、空では一機のドでかい広告板をぶら下げた飛行船が低空飛行のまま真っ白な雲を切り裂き、ゆっくりと小さくなっていく。
「石突重工……か……」
風が収まると、龍姫は乱れた髪を適当に手櫛で整え、足音荒く歩みを再開する。
小さくなっていく飛行船を尻目にスカートのポケットに手を入れると、中身を引っ張り出す。
引っ張り出されたのはカバンのアップリケと同じく大きなカエルで、持ち主のセンスを疑いたくなる。
「もうそろそろ届いてる頃かな」
取り出したるそれをきつく握り締めると、ゲコっという苦しそうな音と共にカエルが白目を向き、だらしなく飛び出した舌に時間が浮かぶ。どうやら携帯電話みたいなものらしく、龍姫は軽くカエルの腹をいじり、メールやら着信履歴を確認する。
「あー、もうこんな時間だ。お仕事お仕事っと……」
一通り確認し少して憂鬱そうにそう言うと、もう一度気味の悪いかえるを握り締め、断末魔をポケットにねじ込みながら歩を早めた。