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第一話 夏の似合う男

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 兄弟になったと思えばいい、とカツミは言う。
 だから、おれは絶対に、そんな風に馴れ合ったりはしない。
 そんなのは、インチキだと思うし、
 暑苦しいのは、この夏だけで充分だ。






 くしゃくしゃになったメモのしわを伸ばすと、丸っこい文字が必要物資をつらつらと書き連ねている。『買い物リスト』がマーカーでネオンサインみたいにデコレートされている。女子のこういうエントロピーの無駄使いがおれには理解できない。必要物資一覧に目を走らせているうちにおれは納得いかないことにぶち当たった。
 生活用品の棚の裏にいる聡志に向かっておれは吼えた。
「な――――んで『爪きり』がこんなにいるンだよ! ああ!? 一個でいいだろうが一個でよォ! 無駄使いするなって言ってたのはどこのだれだ? 気に入らんよ駆郎お兄さんは気にいらんよ」
「うるッさいなァ。誰もいないからって、僕までいないわけじゃないよ?」
 爪先立ちになって顔半分だけ棚から覗かせた聡志が眉を寄せていた。
「女子にはいろいろあるんだよ、察してあげなよ」
「ふん」
 おれは掴んだ爪きり六個のパックを買い物カゴにぶちこんで、
「ばっかじゃねーの」
「クロは自由人すぎるよ」
「こんな状況でくだらね――こと考えてる余裕なんかねえってんだよ」
 聡志は呆れた顔で「僕には君がすごくニュートラルに見えるよ」と言い、無人のレジにごっそり中身の詰まった買い物カゴをドンと置いた。
「おまえもよくやるね。また律儀に清算かよ」
「だって、見つかったらやばいし、それに落ち着かないじゃないか、ちゃんとしてないと」
 どうかしている。おれはバカと不毛な会話をするのをやめて、パラパラと雑誌を一通りめくっては棚に差しなおすお仕事に就いた。
 棚には隣町のコンビニと同じ雑誌しかなかった。もう最新号のジャンプもサンデーもマガジンも読み終わってしまったが、一向に新しいのが入荷する気配はない。おそらく一ヶ月前に立ち寄った町のコンビニにも、ここにあるのとまったく同じ品揃えが、おれたちが触った分だけ乱れていまでも配置されたままだろう。
 おれは、マナが要望したニコラがやはり以前見かけたものと同じものしかなかったので、べつのものを爪きりと下着とシャンプーときのこの山と一緒にレジ袋(マナ用)にまとめた。リストにはたけのこの里が書いてあったが、あんなビッチはきのこでよろしい。
 レジでは聡志が律儀にレジを打って代金を計算している。バイトも店長も呼んだって出てきやしないのに、いくら言っても聞きはしないのだ。あまりにもこっちの意見を却下ばかりされるので、おれは最近、ほかの連中と喋るのが億劫になってきた。
 聡志は「一万とんで九十八円、確かに借用いたしました。壁叉聡志」の上にハンコをぎゅうっと押した。三文判と朱印を常に持ち歩いてるのは感心するが、それだって盗品だ。偉いんだか卑しいんだかわからない。
 両手いっぱいにレジ袋を提げて、おれたちが自動ドアをくぐると、強烈な夏の日差しが目をくらませた。その熱波には殺意さえ感じる。この黄色がかった光は、うっかり適温にしておいたら発生してしまったわけのわからん生き物を慌ててぶち殺してなにもかもなかったことにしたい太陽の陰謀だ。おれが自分の妄想に酔ってへらへらすると、聡志が気味悪そうに笑った。
「ねえクロ、壊れたなら僕の迷惑にならないように壊れてね。おとなしくしててくれれば面倒見てあげるから」
「人をボケ老人みたいに言うな。それより、オラ」
 おれが放ったアイスキャンディーを買い物袋を提げた両腕で辛うじて掴むと、聡志は不機嫌そうになった。
「クロ、おまえ」
「よくわからんのだが、いつの間にか手にあった。神様の差し入れかなァ」
「おい! ルールは守れよ! きみはどうしていつも――」
「いらなきゃ喰うなよ」
 おれは歯で袋を噛み千切って、なかのソーダバーをぺろぺろなめながら、帰るまでずうっと聡志の不満げな視線を背中に浴び続けた。夏にアイスもらって機嫌が悪くなるとか女よりもタチが悪いと思う。
 こいつは被害者なき犯罪だぜ? それどころか、ここに法律なんてものが果たして残ってるのかどうか?
 くだらねェ。
 こんな糞ムカツクほどいい天気で、なにも考えずにアイスひとつ喰えないとはご大層な人格者サマだぜ。
 アタリつきのアイス、喰ったことねえのかな?
 アタったんだって、思えばいいだけなのによ。

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