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第二十三話 真実装填

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 重苦しい雰囲気が立ち込めている。天気も悪い。曇天だ。
 おれは噴水に腰かけて、俯いている四人に笑いかけた。
「――というわけよ。びっくりするほど最低の事態だろ? 悪かったな、黙ってて」
 どうせカツミが口火を切るだろうという予測は当たった。
「なぜ黙っていたんだ。こんな大事なことを」
「ははは、てめえらじゃ役に立たないだろうと思ってね」
「おまえ……!」
 カツミは腰かけていたクーラーボックスから弾けるように立ち上がった。やつが熱くなれば、自然とおれは冷めていく。
「じゃあどうしたらいいのか、どうかおれに教えてくれよカツミセンセー。正直、名案があるんだったら二万までは出すよ」
 カツミは黙った。下ろした拳を握り締めて、おれを悪者みたいな目で睨みつけてくる。そんなことして何になるというのか。こいつの言動はポーズばかりでなんら実用性のないものばかりだ。
 そんなやつは放っておくことにして、おれは他の三人をぐるりと見渡した。
「とりあえず、いまは風止に事情は明かしていない。どうせ蒼葉にも言わなきゃいけないだろうしな。手間は一度でいい」
 そう。
 六分の五の死体はもはや風止だけじゃない。蒼葉も、おれの世界にしかもう存在していないのだから。
 死んでから日にちが浅いから、まだ状況を把握していないとは思うが、絶望するのはそう遠い日のことじゃあるまい。
「どうしたらいいと思う? おれは残念なことに頭が固くてね、てんで名案が思いつかない。でも今度ばかりは見てみぬフリをする気もない」
 おれはだんだん、四人に話しているのか、みんみんうるさいセミに演説しているのかわからなくなってきた。
「意見がないってことはおれの好きにしていいってことだな?」
 やっとマナがごにょごにょ言ってきたが、聞き取れなかったので無視する。
 おれは、その場の空気をさらに壊滅的に沈み込ませる一言を放った。
「おれは、リミット一杯の『六時間』をこれからあの二人をなんとかするまで使わせてもらいたい」
「そんなこと――!」
 まどろっこしい態度をかなぐり捨てて、目を見開いてマナが食ってかかってきた。
「できるわけないでしょ! これは、あんただけの人生じゃないのよ!」
「べつに全部って言ってるわけじゃねえ。ホントは全部欲しいけどな、向こうに六時間以上いると頭痛と鼻血が止まらなくなるのは避けられないしよ」
 以前、エンと聡志が実験して判明したリミットだが、いま思えばこの制約のおかげであまり争わなくて済んできたとも言える。
 どうせいくら粘ったところで六時間しかいられないのだ。争って監禁されるくらいなら大人しく秩序に浸っていた方がいい。
「一日は二十四時間。朝六時から十二時まで、十八時から二十四時まで。その時間はおれがもらう。いいな」
「いいな、じゃないわよ……」
 わなわなと震えながら、マナは聡志の手を掴んでぶんぶん振った。聡志は無表情のまま、視線を誰とも合わせようとしない。
「ちょっと聡志! あんたからもなんとか言ってよ!」
 なんとかってなんだよ。おれは思わず苦笑して聡志に同情した。
「いいじゃねえか、おまえら。べつにずっとってわけじゃねえよ。せめて手がかりが見つかるまで――」
「手がかりってなによ!」
 マナがぽろぽろ泣き始めた。汚ぇ涙だ。
「だから、あの二人をなんとかする手がかりだよ」
「そんなのあるわけないでしょ? うちら、どうしてこんなことになったのか、それもわからないのに!」
 それは、と言いかけたおれのセリフを吹き飛ばすような怒声をマナがぶつけてくる。
「なに? まさか死んだ五人かける二パターン計十個の蘇生薬でも見つけてくるってわけ? ドラゴンボールだったら七十個? あんたの考えあててあげるよ、クロ」
 おれは少し感心した。この女、こんな据わった目ができたのか。
 マナのことは嫌いだったし、これからも嫌いだろうが、その往生際の悪さと自分本位な生き方まで嫌いだったわけじゃない。
「どうせあんたは、都合よく、あたしたちがそうだったように、あの拳銃がまたどっかに落ちてるんじゃないかって思ってるんでしょ? 元から理解不能だったものだもんね、見つけさえすれば、バカなうちらにはわからない原理で、状況がどうにか変わっていく。少なくともいまのままよりはマシ。それぐらいの気持ちなのよ。そして拳銃があるなら、つまりあんたが求めてる『異常』や『奇跡』が形を取ったものがあるなら、それはあの二人が生きてるあんたの世界にしかないと踏んだ。でしょ?」
 おれは答えなかった。にやにや笑うおれをマナがどう思ったか。
 一字一句違わず、図星だった。
「そんなもののために、あたしは、自分の人生を棒に振りたくない」
「ふん、そんなもの、ね……他の連中も同意見か? 聡志、おまえからも直接聞いてみたいね。あんなやつら、自分には関係ないからどうでもいいって」
「そんなことは……」
「いいよ、気にするなよ。それが普通だ。これ以上、他人のことなんて背負いたくねえって気持ちは当たり前だぜ。それでいい」
 おれは危うく続きかけたセリフを大慌てで飲み込んだ。
 元からおまえらのことなんてアテにしちゃいない、とは、さすがに言いづらい。
「ま、おれはこれから自分の三時間でぼちぼち攻めてみるつもりだ。おまえらもなんかいい案があったら教えてくれ」
 おれは噴水の水をぴちゃぴちゃ弄んだ。こっちにはないが、向こうでいまリカの腰に挿してあるだろう拳銃をこの水たまりに投げ込んだら、人を生き返らせたり時間を戻せる拳銃を持った美少女が現れたりしないだろうか。まァあまりわがままは言わない。美少女じゃなくて美少年でも許そう。不細工は溝口だけで十分だ。
 そんな楽しい空想にふけるおれに、冷や水を浴びせるような一言を言ったやつが誰だか、おそらく想像に難くあるまい。
「クロ」
 おれは背を向けていたので、カツミがどんな表情をしていたのかはわからなかった。ただ、その声音は冗談にしては低かった。
「おまえなら、あるべき形に戻そうとすると思ってたよ」
「それはおれが、蒼葉と風止を殺して元通りにするって意味か?」
 カツミは沈黙した。もはや言葉はいらなかった。
 おれは、なにも言い返さず、ただ手の平を光の貯められた泉にひたしていた。




 <隣町>にいるとき、どこかから銃声が聞こえた気がすると、たいてい変転が始まって、おれは現実世界におっぽり出される。なんだかどこかの偉いやつに首根っこを掴まれて移動させられた気分。粗相をして飼い主に捕まった猫かUFOキャッチャーの景品と、おれの垣根はあまりない。
 ぱちぱちと瞬きして辺りを窺う。おれは夜の路地にぼうっと立っていた。目の前に自販機が三台並んでいる。人気はない。なにかを握った手の平を開いてみると、五百円玉が一枚。なかなか気が利く。硬貨を入れ、おれはちょっと迷ってから、いちごみるく缶のボタンを押した。そしてそんなもんを飲んでる場合じゃないことを思い出した。
 風止はまだ、おれが昨日最後にいた場所、つまり保健室にいるはずだ。またタイムリープ(時をかけるのはいいが進んでて戻れないなんてただ損してるだけだ)してテンパられてゲロられるのは勘弁願いたい。とっとといって回収しよう。おれがいれば、まァ、そんなに取り乱すこともないようだから。
 走り出しかけて、やっぱりもったいないので、いちごみるく缶を引っ張り出した。バトンのように冷たい缶を握り締め、おれはたらたら走っていく。
 学校の門を乗り越えて、保健室の窓へ張り付く。カーテンが閉まっているので中の様子はわからないが、ここの鍵はいつでも開いている。おれはガラッと窓を開けてするりと中に飛び込んだ。途端、ぎゃあっ、とこっちが驚くような叫びが鼓膜を打った。
「わ、あ、な、なんだクロくん……か……」
「おう。ほい、おみやげ」
 ぽいっと放り投げられたいちごみるく缶を風止はパシッとキャッチすることができずに額にもろに受けた。スコォ――ンといい音がして、風止は丸椅子の上で本性を表した吸血鬼のようにのけぞったまま停止している。おれは壁に跳ね返ってころころとおれの足元に戻ってきたいちごみるく缶を拾うと、天井を仰いだままの風止の額に乗せた。うっ、と風止が苦しげに動くが、これでもう身動きが取れないわけなのだった。キャプチャー成功。
「いまがいつだかわかるか風止?」
 風止はバランスを取りながら頭の上に手を伸ばそうとするが、こめかみのラインより上に指が侵入するとなぜか缶がゆらゆら揺れるので、なかなか手が出せずにいる。
「と、とって」
「さっきおまえがゲロってから丸一日経った夜中だ」
「へ?」
 風止が顔をまっすぐに戻した。いちごみるく缶はぽとりと風止の膝の上に落ち着いた。
「どうして、クロくんにそんなことがわかるの?」
「うん、おれ成績いいから」
「そっかぁ……」
「ちょっと待ってろ。詳しいことはあとで話すから。予言してやるけど、あと三時間は意識飛ばないから安心しろ」
 風止はまだきょとんとしている。うっかりやつがすべての事情を知っているつもりで喋ってしまったが、まァ、直にすぐそうなるから構うまい。
 おれは、保健室を出たが、なにかに引っ張られてつま先をしたたかにストーブに打ちつけた。
「あだっ、なにしやが」
 る、と振り返ると、風止が潤んだ瞳でおれを見上げている。このおれ相手にそんなものが通じると思っているあたりこいつもまだまだ甘い。
 おれは特になにも言わずに、風止がついてくるままにした。
 駐輪場に出て、その中で、卒業した先輩がそのまま乗り捨てていったオンボロにまたがって背筋を伸ばした。風止がおずおずと荷台に乗ってくる。
 生憎と道案内はいないが、そんなものなくても、蒼葉がいる場所くらいには心当たりがある。




 寂れたショッピングモールの天蓋から、月明かりがパラパラと零れているのはなかなか見ものだった。漂う埃が空気の流れを目に教えてくれる。
 廃園した動物園のなかで、シャッターに背を預けて、蒼葉がぼんやり煙草を吸っていた。紫煙が蒼葉から逃げたがっているように揺らめいている。チャリンコを止めて、スタンドを立てるときにチラッと風止の顔が見えたが、じっと蒼葉のことを見やっていた。震え上がるんじゃないかと思ったが、死んでだいぶ肝が据わったらしい。怒っているようには見えないが、少なくともいつもみたいな軽さはない。
 蒼葉はおれたちに気づかない。ただぼうっとしている。パッと見た感じでは意識の途絶に気づいているかどうかわからない。自然と夜が来たと思っている可能性もある。
 まだだいぶ吸える煙草をおれは蒼葉の口からもぎとって、自分の口に挿した。蒼葉が嫌そうな顔で見上げてくるが、お構いなく心ゆくまで吸う。
 盛大にむせた。
「うげほぇぼぐあげふう」
「ひゃあ! く、クロくん吐いて! 吐き出して!」
 このセリフが蒼葉から出てきたら、おれのへそで放課後ティータイムのライブが始まったっておかしくないのだが、現実は常に最適解に流れ込む。風止はおれの口から煙草を奪って地面に捨てた。革靴の底で何度も何度も踏みつけて火を消す。いくぶん過剰な消し方だったことはいなめない。
「駆郎」
 まるで風止がいないかのように蒼葉は装っていた。かつての友人のことがいまもって相当嫌いらしい。
「あたしと遊び足りないの? なら、もっと楽しいところに連れてってあげようか。二人きりで」
 おれが答えるより先に勇敢にも風止が口を開いた。
「あ、遊びにきたわけじゃないの……桃ちゃん」
「おまえに話してない。ね、駆郎?」
「うるせえ喧嘩すんなてめえら。おい、キャットファイトが始まる前に本題に入るぞ。蒼葉、今日何日だかわかるか?」
「は?」
 蒼葉はちょっと考えてから「七月四日」と答えた。少し考えていたのは、あまりにも簡単な問いだったので引っかけかどうか思案していたためらしい。
 ここで素直に九日と答えていてくれたら話は一人分で済んだのに。おれは額を抱えて深々とため息をついた。日付を答えたら失望された蒼葉は無論不機嫌そうに唇を凶悪にゆがめた。
「だから、なに? いい加減にしないと殺すよ」
「おまえも死ぬけどな」
「今日はやる気なわけ、駆郎?」
「ちょちょちょちょ、違う違う違う! 言葉のあやめちゃんだっつの。いいか、ちょっと自分の携帯見てみろ」
 蒼葉は言われたとおりに開いた。
「日付のところ」
 それでわかったらしい、怪訝そうな顔をして、画面とおれを交互に見やっている。おそらくどうやっておれがこの巧妙な悪戯を仕組んだか考えているのだろうが、残念ながらタネも仕掛けも今回ばかりはありえないのだ。
「今日は七月九日だ」
「七夕が終わっちゃってる」
「うんそうだね、ってそんなことはどうでもいいんだよ! いいか、おい、風止もよく聞け」
 おれは、二人から等間隔の距離を置いて、息を整えた。言ってしまえば後戻りはできない。ごまかしも聞かない。もし、なにもできなかったときは、なにも変えられなければ、おれはただこの二人を悪戯に傷つけただけになる。しない方がマシだった結果になるかもしれない。
 それでも、言った。
「おまえらは、もう死んでるんだ」




「信じる」



 さらっと言ったのは風止だ。気負った様子もなく、当たり前のように、頷いたので、おれは心底驚いた。今日の風止はおれの予想をガンガン超えていく。
「クロくんが言うなら、信じるよ」
「――――おまえは?」
 蒼葉は、なにも言わなかった。が、おれにはなんとなく蒼葉の答えもわかる気がした。
 意地っぱりで負けず嫌いな蒼葉は、信じたくなくても、信じると言うしかないだろう。
 こっくりと蒼葉が頷いたのは、新しい煙草が半分ほどになった頃だった。

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