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序章 神社

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序章 神社


人生は各個人に与えられたたった一つの貴重な「商品」なんだと最近思う。
商品の価値を高めるには毎日磨かなければならないし、売り出すためにはそれなりの計画や戦略を立て、
成功させるために努力をしなければいけない。
たまに他人の商品を壊そうとする輩がいる。非常に危険な存在だ。傷つけられ欠陥商品になってしまえば、
下手をすると修復不可能と見なされリサイクルに出されてしまう。リサイクルされた商品は以前までの商品とは
まったく別形態のそれになっているはずだ。

俺という商品はここ数年ほこりや蜘蛛の巣がはったままである。今更掃除をするのも億劫だというか、
一度ほったらかしにしてしまうとなかなか手がつけられなくなるんだこれが・・・。

そんな惰性の生活をしている俺だが、ほんの最近までは他人からするとそれなりに輝いて見えた商品だったのかもしれない。
とくに苦労することもなく適当に勉強し、適当に進学し、そのまま一流大学に進んだ。
がり勉だったわけでもなく、適度に遊ぶ時間もあった。10代はそれなりに謳歌できたんじゃなかろうかとも思う。
ただ、大学に進学してからというもの俺は自分がいったい何をしたくてここに存在し、何をするために生きていくのか
ふとわからなくなってしまった・・・。こういう経験を持つ人は意外と多いのではなかろうか。
簡単に言ってしまえば「無気力人間」ってとこなのだろうか・・・。
そんな俺だが、一応田舎から出てきて自分の生活もあるため週4でアルバイトをしている。あくまで生活のため、だ。
深夜のコンビニ店員というのが意外と割が良く気に入っているのだが、完全に夜型生活にシフトしてしまっているのが
世間的に見れば問題かもしれない。もう俺的にはどうでもいい感じなんだが・・・。
大学には「単位」と呼ばれるものがあってそいつを規定以上修めなければ卒業することは叶わない。
俺の大学では合計120単位という数を修める必要があるのだが、ようやく20単位修めたところからもう2年経つ。
親に迷惑をかけるわけにもいかないので、学費は4年分しか払わなくていいと一応少しは遠慮している。
というより普通にやっていれば4年分しか必要ないのだが・・・。
俺の場合は4年分を使い果たしたところでいまだ20単位しかないわけで、しかもうちの大学の場合合計で8年間しか
大学生をやっていられないので、あと4年以内に卒業できなければめでたく自宅警備員に昇格である。
上記をふまえると俺の年齢が推測可能なわけだが、彼女いない歴=年齢ではない。高校のときはつきあっている彼女もいた。
その彼女は地方の大学に進学してしまったため、やむを得ず別れることとなったわけだ。
ただし、プラトニックな恋愛をしていた俺はいまだにちぇりーくんという称号を抱えたままだったりする。
不思議だね、オブラートに包むだけでこれほどまでにかわいらしい称号になるんだから。

このように特徴があるようでないような俺なんだがまあ一応日々日課としていることがある。
それも惰性で続けているようなものなのだが、筋トレとランニングだ。
誰に見せるでもなく、どこに使うでもない筋トレと体力作りは習慣になってしまった。
屈強な外人には当たり負けするかもしれないが、そこらの日本人ならタックルされても跳ね飛ばすくらいのフィジカルは持っている。

ランニングはいつも夕方飯時に行うので、もうすぐ日が暮れるだろう現在の時刻は午後5時半。夏が過ぎて秋に変わっていく途中の
季節だから、太陽のペースが早くなりつつある分俺も始める時刻を変えない限りはペースを上げなければ日没までに日課を達成できなくなる。
田舎から越してきたとはいえ、実際大学があるところも決して都会ではないので、比較的周りが静かな地域で暮らしている。
このように夕方ランニングしているとよく鉢合わせる顔ぶれというのもできるもので、犬の散歩をしている人数人とは
顔見知り状態になってしまっている。
お互いに目が合わされば自然とあいさつは交わす程度だ。
別に元来暗い性格はないし自分でも比較的愛想は良いと思っている。高校の時もそれなりにモテたから顔面偏差値とやらも50以上はあるはずだ。
っと信じている・・・。

・・・っと、そんなことをしているともうすぐ日が沈んでしまうな・・・。ペースを上げなければ!
そう思っていつものジョギングコースをダッシュしようとしたその時、いつも感じない違和感を感じたふと足を止めた。
閑静な住宅街を走っているのはいつものことだ。右手には小さな神社があり、いつもここの前を通って外周道路を一周し再びここを通って家の前の通りに出るしくみだ。
違和感を感じたのはその神社のほうからだった。
明日も晴れ渡るであろう空が次回予告がわりに神社の石段を赤々と染めている。すっかり古ぼけてしまった鳥居も普段よりも色彩を取戻し、
神々しさが備わっているように見える。
いやしかしそんなところに違和感を感じたのではない。違和感の正体は賽銭箱の前に佇んでいる老人だ。
この神社はこぢんまりしているため、入り口から石段を登って賽銭箱まで数秒とかからない。だから入り口の前を通過するだけでも視界に十分入る位置なのだ。
普段この時間に参る人なんてめったにいないから気になってしまったのかもしれない。このときはその程度に考えていたように思う。

白髪も生えるポジションを限定されてしまい、荒野がずいぶんと広がってしまった感のある逃避を夕日は赤々と染めている。
別にハゲがどうとかそんな幼稚なことを考えているわけでは決してない。が、まあまず後ろ姿が目に入ってきたときに気づかされるのはその程度だろう。
次に感じたのは小柄だということ。おそらく小学生高学年くらいの身長しかない。にもかかわらず老人だと断定できたのは、例の後頭部と、
何よりもその恰好からだ。
夕日に染められ正確な色はわからないが赤茶色系統だろうか、ちゃんちゃんこを羽織っている。いまどきちゃんちゃんこを羽織る現代人は貴重だ。
来ているとしたらまず老人くらいのものだろう。

最初に足を止めてからここまでの思考に至るまで数秒かからずと、決して長い時間を与えたわけではなかったのだが、後頭部をこちらにむけていた老人は、
急にこちらを振り返りいきなりこんなことを発したから驚きだ。
「俺の後頭部をこれ以上荒らそうとたくらむんじゃねえよこの若造が!」
「えーーーーーーー!」
いや、誰もそこまでは考えてなかったよ・・・。確かにキューティクルはもはや絶滅の危機にあってなおかつ進行形で引っこ抜かれていくピ○ミンのような
ちっぽけな存在感しかないとは思っていたけれども、これ以上荒らそうなどと鬼畜なことは頭に浮かばなかったよ。
俺が驚きに絶句していると、老人は続けた。
「お次に考えるのは公共の場でブルーシートを敷いた老人には関わらないようにしようってとこかい?あん?」
いやいやいや気づかなかったよ!あ、ほんとだご丁寧に賽銭箱の前にブルーシートを敷いてその上にはだしであがっているのか。
まあ確かに公共の場でブルーシートやら新聞紙やら段ボールやらを敷いてどっしりと構えている老人にはなるべく関わりたくないもんだが、
俺の思考を誘導するようなセリフはいったいなんなんだ!おまけに喧嘩口調ときている・・・。俺はあんたに恨まれるようなことはしたことはないし
今までどこかで会ったということもないはずなんだが・・・。
「ふん、俺に気づいて足を止めたということはおまえ「錆びついた刀」だろ?そんな若いくせしてもう錆びついちまったのか情けない・・・。」
正直俺には老人が何を言っているのかわからなかったし、それよりも老人の顔が本当にしわだらけで、目がぎょろっとしているところから、
ス○ーウォーズに出てくるヨー○みたいだなあと、俺の脳内は老人の後頭部の次の評価に移行していた。
「ふーん・・・。」
老人は首を左右交互に寝かしてぽきぽき言わせた後こちらを見て何か考えている。
俺はというとこっちはこっちでどうしていいかわからずたたらをふんでいた。
少しの間があって老人が先に動き出した。
ブルーシートをがしゃがしゃ言わせその領域外に備えていた下駄を履きこちらにかこんかこんと近づいてくる。
まるで妖怪が近づいてくるかのような印象を受けた。
老人が石段を下りて俺の手の届くような位置にまで近寄ってきてから初めておれは後ろに後ずさった。
「なんだい!何びびってんだい!」
「え、いやあの・・・」
びびるっていうか人間には間合いってもんがあってだな・・・どこの馬の骨とも知らない輩にその間合いを割られると身構えるものなんだよ!
「とりあえずお前の錆びついた部分は磨きなおしてやるから先に前払いをよこせや!」
は?何を言い出すんだこの老人は!これは新しい恐喝方法である。意味のわからないことにかこつけこちらを混乱に招き入れる作戦か!?
上等だ!俺は抵抗してやる!
「ん?なんだ?」
「いやいや、何を言っているのかさっぱりわからないのですが。錆びついているとか何のことかわからないしなぜ前払いを強制されるんですか?」
やや怒り口調だったように思う。
「おまえさぁ・・・頭も錆びついてんじゃね?」
おいおいどういう状況だよ・・・。なんで棺桶に半分足を突っ込んでいるようなじじい(初対面)にこんな言いたい放題言われなければいけないんだ?
流石に俺もいらっときたぞ・・・。
「すんません。俺、もういくんで!」
ここは早く退散してしまおう!そう考え反転したところですぐにそでを取られた。く、秋も近づき上下長袖ジャージだったのが失敗だったか!?
「な、なにすんですか!警察呼びますよ!」
後ろも振り向かず即答した。
「すぐ警察を呼ぶ奴は総じてへたれだ。」
うるさいですよじじい!ぐいぐいと向こうのペースに引き込まれていくような感じだ。これはまずい。近くにだれか通らないだろうか・・・。
そう考えていたところで前方から顔見知りの犬の散歩人Aさんが歩いてくるではないか!チャンスだ!悪いが利用させてもらおう!そしてさっさとじじいを・・・。
「あれ?」
袖をつかむ力がないことに気づいた俺は後ろを振り向いた。だが、そこにはさっきいたはずの老人がいない・・・。
「な、どこに消えたんだ?こんな短い間に!」
老人が自分の視界から消えていた時間は時間にして2秒にも満たなかったはずだが。ひょっとしてリアルにヨー○なのか?それとも珍獣か?
不可解ではあったがこのときの俺にとっては一刻も早くこの場から離れられることのほうが嬉しかった。
前方から近づいてきたAさんにあいさつを交わし全速力で俺は自宅に戻ったのだった。
この不思議な体験が再び間をおかずやってくるとはこのとき考えていなかったのだが・・・。
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