――つまり、投げる……と?
いえ、違うんです。違うんですよ。……違わないんですけど、けれど違うんです。これはそういった表面的な問題ではなく、むしろもっと奥深い、そして単純な問題なのです。
……死んでしまったのです!
ぼくのなかで、たとえば僕が。たとえば旅人が。たとえばなこが。完全に息絶えてしまったのですよ。動かないのです。もう立つことも、考えることも出来ないのです。救急車は呼びました。しかし、医者は「手遅れですな」の一点張りで。もはやどうしようもないのですよ!
旅人の幽霊「つまり、投げるのですよね」
ああ、きみ。きみか。久しいね。
旅人の幽霊「ええ、本当におひさしぶりです。そして死んでください。あなたこそ死んでください。なんですか。わたし出番一話だけじゃないですか。覚えてますか? あなた。「真昼の星」っての。あれ、わたしのアイディアですよね。わたしが持ってきたんですよ。わざわざ砂漠まで行って! なんですか。アイディア出したら用済みですか。そうなんですか」
す、すいません。それは本当に申し訳ないです。いえ、あなたが「真昼の星」なるものを持ってきていただいたのは非常にありがたいことでした。僕はあなたに恩義を感じています。しかし……、しかしですね。あのアイテムが問題をさらに複雑にしたのもまた確かでして……。
旅人の幽霊「ああ!? なんて言った? 殺すぞ?」
ひ、ひいい。そのナイフしまって! しまってください!
旅人の幽霊「……ち! そもそもよお。第二話で、あの、なんつったっけ? なこ? あのクソ狐野郎をだしたのが悪いんじゃねえのかよ」
いや、彼女は女性ですので野郎ではないのです。……狐ではありますけど。
なこの幽霊「狐だからどうだっていうんだ?」
ああ、これはこれはなこさん。この旅人さんをなんとかしてやってください。あなた九尾の狐ですし、かの「明けの明星」の実の姉じゃないですか!
妹の幽霊「……「明けの明星」? だれです? それ」
ほら、あの、旅人さんの友達で、あなたの出番を華麗に奪い去っていった湯気のなかの幻覚さん。
妹の幽霊「ああ、例の森の中の声のあいつですね。へえ。そんな名前があったんだ」
なこの幽霊「どうでもいいけどさ、きみさ。ここでずっと溜めてた伏線解放しようとしてる? もしかして?」
だ、だってもったいないじゃないですか! せっかくいろいろ考えたんですよ!
なこの幽霊「もったいない、か。だったら投げるなよなー」
し、しかしもはやどうしようもないのですよ。僕も投げたくはない! けれどもう限界なんだ! そもそも慣れもしない連作短編であんな伏線はっちまったのが間違いなんだ。物語が動いてくれない。がんじがらめなんだよ! あとはみじめなばっかりだ。そんな! この物語ははじめからずっとみじめなのに。ここで終わってしまわなければずっとみじめなまんまじゃないか。それじゃああまりに可愛そうだ!
旅人の幽霊「……もういい。こいつ、殺しましょう」
なこの幽霊「どうどう。落ち着きなさい。武士の情けだ。せめて伏線ぜんぶ吐き出すまで待ってやろう」
……は、吐きだしきったら?
なこの幽霊「殺す(にっこり」
ひ、ひいいいい! 吐くもんか! 絶対に吐くもんか! たとえば主人公が実は女で妹で兄とできててそのせいで本家から祖母の元に追いやられていることとか! 兄は妹なんてただの便器としかみてなくて追いやられたことで今は妹まるっきり嫌ってることとか! 友達に妹犯させたら妹切れて友達殺して兄も殺してついでにお婆ちゃんも殺しちゃってもうわやなこととか! それで妹の自我が崩壊して今は自分が兄になりきっているってこととか! ベッドの上の妹はほんとうは兄の死体で妹との会話は全部妄想だったってこととか! そういうのすべてすべて絶対に吐くもんか!
僕の幽霊「え……。そんなわけないじゃないか。僕は僕だよ」
信じられない気持ちもわかります。では、これを見てください。
僕の幽霊「あ、なにをするんですか。……きゃ! や、やめて! そこはだめええええええええ!」
一同「おおおおおー!」
――チーン。
僕の幽霊「僕は……、本当は僕じゃなかったのか!!」
妹の幽霊「そして私は本当は私じゃなかったのね……」
僕の幽霊「けれど、ぼくはきみだ!」
妹の幽霊「けれど、きみはぼくだ!」
ふたり「「そうか。そういうことだったんだね!!」」
――ぱちぱちぱちぱち。霧が晴れ、あたりは一面の青空です。その抜けるような群青色の底で、旅人が、なこが、祖母が、明けの明星が、ぱちぱちぱち、と拍手をおくります。
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「「ありがとう!」」
――父にごめんなさい。
母にごめんなさい。
そして、世界中の読者達に、ありがとう。
旅人の幽霊「さ、一段落ついたところで、こいつ殺しましょう」
明けの明星「あはははは。死ね。哀れに死ね。いっさいの苦しみを呑んで死んでゆけ。それがきみにはふさわしいよ! さあ、死ね!」
や、やめて。ナイフしまって! ほら、しまって! ちょ、寄るな。寄るなって。ぎゃ、ぎゃああああああああ!!
○
この作品は、思えば迷走の連続でした。あっちに走り、こっちに走り、軌道修正を図ってはまた失敗し、気付けば迷宮を後ろ向きに逆走し続けにっちもさっちもいかない状況でした。このままぐだぐだ続けてもどうしても面白くなる気がしないのです。ごめんなさい。コメントをしていただいた方、>>694さん、そして読んでいただいたすべてのかたにいま精一杯の感謝と謝罪の意を示したいと思います。
次は、次こそは完結させる決意です。懲りずに読んでいただけたら、僕はそれだけで幸福の極みです。
○
以下の文章はたんなる自己満足です。このまま終わるには登場人物たちがあまりに可愛そうなので、一応の完結を迎えたいと思います。
いまは、これが限界です。
○
「うわあああああ」
僕は転がるようにして王宮から飛び出した。
なにか悪い夢をみた気がする。それがどういったものなのか、もはや思い出せないけれど……。
「きみ、ちゃんとついてこなけりゃ駄目じゃないか」
「……なこ」
見あげればなこがいた。黄昏のような瞳。何時間見ても飽きることはないだろう。
「心配したんだからな」
「ごめん」
謝ると、それきり、あたりは沈黙に染まった。
無言。
無言。
無言。
そして、ふいに、なこが僕の胸にとびこんできた。体温――ひどく脆いようで、絶対に壊れはしない力強さを併せ持っていた。
「きみはあいつにはめられたんだ」
「あいつ?」
なこが東の空を指さす。そこには金星が光り輝き……。
「金星!? なんで? 今はまだ昼じゃないか!」
「あれこそが明けの明星さ。忘れられた塔の内部で、きみはあいつを解放してしまった。もう全部ご破算なんだよ。二時間後に世界は終わる。きみの妄想と一緒にね。すべては圧倒的な光となり、そして、ぼくもきみも、消えて無くなる」
「……そんな」
愕然とした。息ができない。世界が消える? 僕のせいで? いつもなら笑ったはずだ。笑い飛ばしたはずだ。けれど、彼女の目。あれを見つめていると……。
「罪悪感にひたるのは後だよ。いまはぼくらができることをしよう」
「できること? たとえば?」
そう言って、はっとした。僕の声には怒気がこもっていた。やつあたりだった。最低だった。力がぬけ、ぐったりとうなだれた。
「……ごめん」
なこはその言葉を完全に無視して、言った。
「好きだ」
「……え?」
「好きだと言ったんだ。そう、たとえば好意を伝えることくらいは、できる。短い時間でもね。ぼくはきみのことがずっと好きだったんだ」
「でも、僕たち、この間知り合ったばかりじゃ……」
「狐」
きつね。彼女はたしかにそう言った。
「助けたことあるよね、昔」
むかし。たしかに助けたことがあるような気がする。あのころ、たしか私は……。私?
「いいんだ。とにかく大事なことは、ぼくはきみのことが好きで、きみがぼくのことを好きなのかどうか尋ねているとていう、その一点のみだ」
彼女は僕の目をじいっと見つめている。すこしだけ涙ぐんで、夕焼けがじわりとにじむ。一滴だけこぼれた涙は、黄昏を閉じ込めた宝石だった。
僕は無言で彼女の額にキスをした。
たったそれだけでなこは嬉しげに笑った。
「うん。別にそれでいいよ。俺も好きだ、なんて嘘吐かれるよりよっぽど真摯だ」
「別に好きじゃないとは……」
「気ぃつかわないでいいよ。さ、お茶会にしよう。もうテーブルを井戸にまで運ぶ時間はないから、森の中でいいよね。大丈夫。そこもうんと素敵なところだから」
そう言って、彼女は僕の手をつかみ、駆けだしていく。
お茶会の内容は、すでに記した通りだ。
○
「そうだった。そうだったな」
すべて思い出して、そうして、うんうん、と頷いていると、
「そろそろ時間だよ」
なこが言う。
「このまろやかなマズみを抱えて死ななくちゃいけないのか」
「文句あるのかい。ぼくのキスの味だよ」
「いやなキスをするんだな」
「あははははは」
なこはもう一度笑った。
空は真っ青に燃えさかっている。それは宇宙の淡い熱だった。だんだんと降りてきて、なにもかもを永遠の光にしようとしている。
「ああ、もうだめだね」
「だめか」
「ぜんぜんだめ。だめのだめだめ」
「だめだめか」
「うん。……ね、きみ」
「なに?」
なぜか彼女が後ろにまわったので、ふりかえると、キスをされた。瞬間、柔らかさだけがすべてだった。しばらくそうしてくっついて、やがてそっと離れて、
「好きだよ」
ああ、空が近い……。あれが夕焼けだったらなら、こんなにも悲しいことはなかったろうに。
「えへへ」
なこが笑って、
僕が笑おうとして……。
……。