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Crisis

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 大量の敵がお出迎えしてくれた。

 管制室に向かう通路には、敵の戦闘員が壁のように並んでいた。幸い障害物となるものがあり、そこで銃弾を凌ぐことは出来たが、とにかく敵の多さは半端ではなかった。
「何て数だ……!! とてもテロ組織には思えない!」
「計画も大詰めですからね。ここまで来たら、引き下がる訳にもいかないんでしょうね」
 俺達、たったの3人だけでは、やられるのも時間の問題かもしれない。だが、とてもやられるような感じには思えなかった。相川は、迫り来る敵をプラズマショットガンで吹き飛ばし、日向は巧みな銃裁きで敵を確実に仕留めていく。あるものは痺れて失禁し、またあるものは朦朧とした意識の中、眠りにつく。その中を、2人は鬼のように突き進んでいた。
 そんな中、ふと、俺は伊吹の事が気になった。
 ――大丈夫だといいな。
 俺は頭の中で、その考えを振り払った。『信じて』と言われているのに――厳密には言われたと言うよりは感じたと言うのが正しいのかもしれないけれど――それを信じなくてどうする。伊吹なら、何とかしてくれる……
 だけど、頭の中で彼女の影が何度も消えそうになり、俺は不安になった。
 やがて、目の前が開け、一気に通路の見通しが良くなった。どうやら、敵を全滅させたようだ。その通路の先の突き当たりを右に曲れば、管制室があると言う。
 その通り、右に曲がって20メートル位先には、黒い扉が見えた。
「あれか」
 日向がそれに歩み寄る。相川も俺も、それに続いて歩いていく。一歩踏み締める度に、空気が少しずつ冷たくなっていくのを感じた。これは緊張なのか、それとも……

 扉を開けようと伸びた日向の手が、ピタリと止まった。
「どうしました?」
 相川が聞いても、日向は黙ったまま、その手を睨んでいた。少しのタイムラグがあって、日向は相川の問いに答えた。
「……電流が流れている」
「え?」
「この扉には、かなりの高圧電流が流れているんだ」
 日向は驚いたような顔をしていた。
「どう言うこと?」
 俺がそう聞くと、分かんねぇのか、とでも言いたそうな日向の顔があった。日向が俺に近付いてきた。
「フツーはこんな電流、流れねぇ。よほどヤバイ状況じゃないと、こんな風に扉に電流流したりはしない」
 日向は、もう解っただろう、と俺の顔を見た。俺がその状況を理解するのに、そんなに時間も掛からなかった。
「……その『ヤバイ状況』が……この中で……」
 そこまで言った時、雷鳴が鳴り渡り、相川のショットガンが扉をぶち抜いていた。冷気が一気に流れ出て俺の体を撫でた。この冷たさは、まるで冷凍庫だ。
 息が白くなるをのが分かったが、それ以上に扉の向こう側の状況に、俺達は息を呑んでいた。
「……ウヌ……!?」
 ウヌの体が白い。倒れたまま、凍っている様に動かない。俺達は慌ててウヌの近くに駆け寄った。管制実に充満している、更に冷えた空気が、俺の肺を蝕んだ。
「……まだ生きてる! 早く運び出そう……」
「そんなことより!」
 いつもはクールな相川が声を張り上げた。そこには、タイマーの様な物が『1分40秒』を示していた。どんどん数字は小さくなっていく。
「ロケットの……!?」
 俺は声が裏返った。
「停止を試みます!!」
 相川がキーボードに向かった。しかし、液体がかかっている冷えきったキーは固くなっていて、力一杯にキーを押し付けるが、画面は暗いままだった。
「駄目……!!」
「……ククク……」
 誰かの声がした。振り返ると、そこには八つ裂きになった赤いフード付きコートを着ている青年がいた。多分、監視カメラに映っていた人物と一緒だろう。彼は、出ない声を振り絞った。
「残念無念って奴さ……もう、どうしようが遅い」
「ダメだ! まだ、諦めるわけには……!!」
「無駄無駄。もう、お前らは河原崎との戦いには負けてんだよ」
「!」
「その証拠に、ロケットはもうじき……発射される」
「…………」
 俺は何も言えなかった。
「俺達の……勝ちって訳だ」
 仰向けになっている青年は手を頭上に持ち上げ、ピースサインを作った。それを満足そうに眺めた彼は、力無く俺達を見た。
「……まだだ!!」
 日向は叫んだ。
「まだ……自衛隊の艦隊が大阪湾に来ている。来るように言った!! そいつらがロケットを撃ち落と……」
「無理だ」
 日向の言葉を、彼は弱々しく、だがキッパリと払い除けた。
「あのロケットには電磁波兵器が搭載されている。ロケット目掛けて飛んでくるミサイルや砲弾は軌道を逸らされるんだよ。状況は変わらねぇ……何一つな」
「……無理、ですか」
 相川の声に、青年はようやく分かったか、と小さく呟き、思い出したように続けて言った。
「そんなことより、お前ら、ここを早く出た方が良い。この基地は、もうじき崩壊する」
「!?」
 その言葉に、俺達は目を丸くした。
「緊急時にロケットを強制発射した場合……発射から20分後に時限爆弾が爆発するようになってる」
 その時、タイマーがけたたましく鳴いた。地面が震える。ロケットが吠えているのだ。爆音が遠ざかるにつれて、絶望が近付いてくるのが分かった。
「……もう1つ、教えてやるよ。今発射された大量破壊兵器『アクターX』はこのまま行けば約8時間後にニューヨークとワシントンを一度に消し去れるポイントに到達する」
 掠れ声でヘヘッっと笑う彼の顔には、もう生気の欠片も見出だせない。
「さあて……言いたい事は全部言った。だからよ、精々戦えよ」
「お前は、戦わないのか」
 日向が問うと、青年はまた笑った。
「……俺は、コイツとの戦いで十分だ」
 青年はウヌに首を向けた。何か思いを巡らしているような顔になり、暫く沈黙が訪れる。
「何か……今さら吹っ切れちまったよ。何なんだよ……今更、友達で良かったって思えるとかさ……」
 ウヌは答えなかった。再び、管制室は静かになった。
 そこに、日向の持っている携帯が鳴った。こんな所に電波が届くのか、と思ったが、それはどうやら無線機の様なもので、近くに誰か味方がいるのだろう。無線機の向こうにいる声は、落胆しきっている様だった。
『こちら桂。目標を逃した。すまない』
「いや、良い」
『それより、もうすぐここは大爆発を起こす。今すぐ逃げろ』
「オーケー。手負いの奴がいるから少し時間が掛かる。手伝ってくれ」
『了解。すぐに自衛隊を派遣する……オーバー』
 そう言って電話を切った日向は、青年に向き直った。
「……バカか、お前?」
 青年は察していた。それにも構わず、日向は青年を肩で担いだ。骨折に響いたのか、日向は痛みに顔を歪めている。
「ああ、大バカだね。だが、お前もバカだ。こんな所に私情持ち込んで決闘するなんざ、バカじゃねーと出来ねーよ」
 日向は、ふっ、とニヒルに笑った。
「お前とは、友達になれそうな気がする」
「えっ」
 青年は困惑していた。そりゃそうだ。こんな死に際の、それも敵方の人間を助けようとして、しかも友達になれそうな気がすると言われれば、普通は耳を疑う。
「相川、お前はウヌを頼む。……それと、佐藤」
 俺は、名前を呼ばれて顔を上げた。日向が静かにこちらを見据えていた。
「お前にはお前の、友達がいるんだろ。助けてやれ」
 少しの間その言葉を噛み砕く必要があったが、すぐに鈴木が、真新しい記憶の、戦闘服に身を包んだ姿で俺の頭に蘇った。
 俺は黙ったまま頷いた。で、目一杯走った。
 道中、フラフラと逃げ惑う敵の戦闘員が道を塞いでいた。武器も持たずにとにかく逃げる戦闘員の波に逆らって進む俺は、人の流れに引き戻されつつもどうにか倉庫に戻って来た。
 倉庫には当然人影は無く、逆さになっている鈴木が寂しそうにぶら下がっていた。
「……約束通りだな」
 心の底から待ちわびた様な、そんな声で彼は言った。
「そろそろ下ろしてくれよ……頭に血が……死にそう……」
 俺はナイフを使って鈴木の手を縛っていた縄を切り、そしてそれを鈴木に手渡すと、鈴木はそれで足を縛っている縄を切断した。鈴木の体は重力に逆らわずにドサリと落ちた。「うげっ」という短い悲鳴の後、すぐに鈴木は起き上がった。すぐ傍にあるパソコンを拾い上げ、画面に映る状況をみて溜め息を吐いた。
「……任務失敗って訳か。ざまあ見ろってね。僕なら、コンピュータで基地のサーバーをハックしてロケットの発射を遅らせられたのに」
「ゴメン」
 ぶつくさと文句を小声で言われ、どんより沈んだ気分になった。その空気が気に入らないのか、鈴木はすぐに、そういう事じゃなくってさ、と言った。
「そんな事はどうでも良いんだ。問題はその後だよ。ロケットは打ち上げられた……どうするんだよ」
 俺は黙り込んだ。どうするんだ、と言われても、何かをする当てがない。打ち上げられてしまった兵器(確か、アクターって名前だったと思う)を止めようとしても、中枢がどこにあるのか……。
「情報統制機関はないよ。発射されたから言うけどさ、アクターはAI兵器なんだよ。分かる? AI兵器が、どんなものかって」
 SF映画で見たことがある。人工知能(AI)が付いていて、自分で考えるロボットの様なものだったはずだ。
「状況を判断して、どれが最高な手立てか、自分で考える兵器だよ。学習する能力もあって、一度覚えた事は忘れない」
 そこは人間を超越した能力、と言った感じか。正確な判断と動きが、AI兵器の売りと言うわけだ。
「アクターには、それより遥かに高い性能のAIを備えた兵器だ。他人の心を読み、視覚的、聴覚的に見えないものをも見つけ出せる……地味だけど、それは物凄く厄介なんだぜ。そして、無駄のない完全な兵士として君臨する。それがアクターだよ」
 鈴木は尚も言った。
「司令官一人いれば、チェスとか将棋みたいに兵士の全状況を把握して管理できる。機械だから無用な血は流れない。アクターはそもそも、次世代戦争の兵器としてある国で製作されていたんだ」
 ほんの僅かな時間の事だが、何時間も長々と話された様な気がした。頭の中で情報を処理していると、更に鈴木は喋りだした。
「その兵器の設計図を僕達が盗んで、今の計画に使っているのが、さっき打ち上げたアクターだ。自動で目標を探知して、そこに向けて超高出力荷電粒子砲を打ち出すんだよ。その時の爆風で、辺り一帯は……」
 言ってることがよく解らなくなってきた。耳の穴からブスブスと煙が出てきそうだ。
「更に、この作戦に投入されたアクターは三種類あって……」
「まっ……待てよ」
 俺は思わず聞いた。と言うか、聞かないと確実にオーバーヒートを起こしていただろう。
「何でそんなに詳しいんだ?」
「…………」
 鈴木は、何言ってるんだ? という顔になった。そして、直ぐ様こう言った。
「コイツさ」
 目の前のノートパソコンを指差した。視線が画面の中に移った。画面には、文字が打ち出され続けている。
「コイツで、色々ハッキングしてるんだ。組織の中からはサーバーは無防備だからね」
「…………」
「さて……時間がないから、お喋りはもうおしまい。あとは、この後どうするか、だろ?」
 いきなり核心部分を話し出した彼に、頭の中がぶんぶん振り回されている様な気持ちになった。
「ま、まあな」
「アクターはAI兵器だ。AIをぶち壊すって言うのは、つまりはアクターと直接戦わなきゃいけない。それしかない……はずなんだけどね」
 鈴木は先が言いたくてウズウズしていたが、自己満足の為なのか間を空けた。
「全部のアクターを一度に停止する事が出来る方法があるんだ」
「え?」
 寝耳に水のその言葉は、疲れた耳にもハッキリと聞こえた。
「それは本当か?」
「ああ。でも、これは賭けだ。上手く行く保証はないよ」
 それでも、可能性があるのだから、それに賭けるのは至極当然の事のように思えた。俺はその話に飛び付いた。
「そんなの、当然だろ? 上手く行く保証がついてるものなんてあるか?」
「……まぁ、そうだな。じゃ、お前は話に乗るんだな」
「もちろん」
 俺はハッキリと頷いた。
「それが聞けて嬉しいよ。じゃあ、早速だけど……ワガママ聞いてくれる?」
「え」
 俺は背後に気配を感じ、振り返る間もなく首筋に何か鋭いものが突き刺さった。がっしりとした腕に身動きを封じられている。俺は必死にもがいたが、後ろから伸びている金属質な腕はピクリとも動かなかった。その俺に突き立てられた鋭い感触から自分の体に何かが注ぎ込まれた。
「おい、鈴木……何を……?」
「手荒な事でゴメン。だけど、ちょっと眠っててもらうよ」
 鈴木がパソコンに手を掛け、エンターキーを押すのが見えた。すると、意識が、まるで遠くに投げ飛ばされるように、一瞬で遠退いていった。

 ――俺は眠りの穴へと滑り落ちていた。
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