その言葉を唱えた瞬間、キョウコが顔を赤らめるよりもはやく、白い光が全身を包んだ。
どこかほんのり温かいその白い光はキョウコの身体にぴったりとくっつき、いつのまにやらその凹凸のない身体のラインをはっきりとさせた。
(服が、消えた!)
信じられない出来事だったが、それは記憶の片隅にある現象だった。
幼い頃に観て、憧れた、魔法少女。まさしくあの変身シーンのようじゃないか。
白い光が形を整え、変化していく。
――リボンのついた可愛らしく、動きやすい靴がパッと現れ、
――紅い麻紐がキョウコのセミロングの髪をふたつに結い、
――なんと、平だったあの胸が膨らみはじめた。
「嘘ッ!?」
この上ない歓喜の叫びがキョウコの脳内で響いた。
やっと、やっと私の胸にも山ができたよぉおおおおおおおおおお!!!! 下をみてもおヘソがみえないよおおおおおおおおおおおおお!!!!! 肩が重いよおおおおおおおおお!!!!!!!!!!! うわあああああああああnN!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
それはまさしくキョウコが口にした「Hカップ」はあるだろう胸にまで膨らんだ。
そして、変身シーンの仕上げだ。
――ひとつづきの長い白い布が何枚かキョウコの周りに現れ、裸だった身を包んだ。
異常な現象が一段落し、キョウコはさっき受け取ったネックレスを首にぶら下げる。なんだか一仕事終えたような気分だ。
「って、変身終わり?」
「よかったじゃないか、夢のHカップだぞ」
「いやぁ~、あはは、巨乳は肩が凝ってたいへんですね」
一度言ってみたかったこのセリフ! あぁ、なんて心地良い言葉なのだろうか。
しかし、そんな風に浮かれてばかりにもいかなかった。たしかに変身のようなことはしたものの明らかに足りないものがあるのだ。
「なんで服はないんですか?」
「布があるじゃないか」
「この布だけって……」
「まぁ変身する際に衣装をイメージをすれば具現化できたかもしれないが」
「それを先に言いなさいよ!」
今度する時は絶対可愛い衣装になってやろう。今度があるかは知らないが。
キョウコを包むのはたしかに白い布だけだったが、露出度がひどく高いものの不思議と寒くはなかった。それに長い白い布の端はふわふわとやわらかく宙に浮いている。これもなにか特別なチカラが働いているのだろうか。
「まぁこまけぇことはいいんだよ。大事なところは隠れてるだろ」
「ほんとに大事なところしか隠れてないわよ」
多少恥ずかしさがあるものの、やはり喜びの気持ちがキョウコの中に溢れていた。憧れの巨乳、それに今の変身まるで――。
「魔法少女……」
女の子なら誰もが憧れてたことがあるであろうそれに、私はなっているのだ。
「うーん、いちおう魔法少女と呼べるものだが、他と比べて魔力が少ないから私はおっぱい少女と呼んでいる」
他って、魔法少女なんて存在が何人もこの世界にいるというのだろうか。
キョウコはそれ以外にも訊ねたいことが、いまの胸の山のようにたくさんあったが、それをチチボンが制した。
「質問はあとでいくらでも聞こう。いま、先決するべきはあれだろ」
チチボンの目線の先には暴れる化物のような“なにか”。
さきほどまでは砂煙と遠くてよく見えなかったが、なぜかいまは遠くのものまではっきり見ることができた。
車を片手で持ち上げ、銃も効かず、警官を倒した化物。その正体は……。
「人間!? いや……」
ただの人の容姿ではない。その頭部からは動物のような逞しい太い角が一本生えていた。
「鬼?」
「いや、人型のサイとかじゃないか」
そんな二人の疑問を解消するかのように、化物が叫んだ。
ユニコォオオオオオオオオオオン!!!!
耳に響く雄叫び。ご丁寧な自己紹介。なんと化物の正体は伝説の生き物、ユニコーンだったのだ。
「いやユニコーンはないわ」
「身体が人だしねぇ」
そんな文句を言ってるのが聞こえたのが、自称・ユニコーンがこちらを一度睨み、そのまま角をこちらに向けて突進してくるではないか。
「え、ちょっと!? 変身したものはいいものも、どうすればいいの!?」
「かんたんな武器をイメージしろ、それを具現化して使って戦うんだ」
「他に魔法とかはないの?」
「特には」
うぅ、やっぱり魔法少女ではないのだろうか。
しかし、いたずらにおっぱいがでかくなっただけでもないようだ。キョウコはいわれた通り簡単な武器を思い浮かべる。少し似合わないかもしれないが、咄嗟に日本刀のような長剣を浮かべた。
「出てこい!」
すると変身した時と同じような白い光が現れ始め、だんだんと形をつくっていく。
――鋭利な刃先、日本人の手に収まる柄。
――まさしくイメージした通りの刀剣が、鞘に収まってない状態で現れた。
「出てきたはいいものも、なんで胸の間にはさまってるわけ?」
「そこは四次元ポケットみたいなところだから」
取り出しにくいじゃないと文句を言いながらも、自分を斬らないように慎重に刀剣を取り出す。同時に鞘でもイメージしとけばよかった。
こいつであいつを倒してやる。
そう思い、キョウコが前方を確認したときだった。
ユニコォオオオオオオオオオオン!!!!
すでに自称・ユニコーン男との距離は目と鼻の先であった。しかも信じられないようなスピードで突っ込んでくる。
「うそ……」
キョウコは刀剣を両手に握ったものの、突進を抑えられることも、避けることも出来ず、数十メートル先の壁へと吹っ飛ばされてしまった。
その2 おっぱい少女、戦う
おい……だい……ぶか…………っ!?
近くで声がした。
全身に多少の痛みを感じ、その聴覚と感覚がまだ生きていることを教えてくれた。
「おい、大丈夫か!!」
「うっ……」
キョウコが目を見開いた先にいたのはチチボンの姿だった。どうやら場所もまだ住宅街らしい。
不思議なことにキョウコは生きていた。あの距離を吹っ飛んでだ。しかも身体には大した傷がみえない。あの尖った角を向けられていたというのに。
「どうして……?」
素直な疑問を、キョウコが口にした。
「仮にも変身中だ。あの程度の攻撃ならマナとその布が防いでくれる」
キョウコは改めて自分の衣装をみる。薄っぺらい簡単なものだが、耐久性は抜群らしい。
「ただし、何度も喰らえば変身が解けるぞ」
「うん、わかってる。今度はこっちが攻撃してやる」
そう強気な言葉を口にして、さきほど取り出した日本刀を両手に強く握ったが、キョウコはユニコーン男の姿を再度確認して、少し躊躇する。
たとえ暴れていようと相手はどうみたって人間なのだ。
キョウコは自分に人を殺せるような覚悟がなかった。
「大丈夫だ、倒す方法は何も殺すだけじゃない」
そんなキョウコを見かねて、チチボンは紳士らしい優しい言葉をかける。
「そうなの?」
「あぁ、君にはそのチカラがある」
「どうすればいいの?」
「君の大魔法を使うんだが……そのためにはまず隙を作らないといけない」
「要は戦えってことね」
ユニコーン男は再び突進を仕掛ける体勢にはいった。チチボンが足早に場を離れる。どうやら彼自身には身を守る術がないようだった。
キョウコは二度も同じ攻撃は喰らうまいと日本刀を構える。
いつか読んだマンガでみた構え。かなり独特だが一般の構えを知らないキョウコには印象に残っていた。
“牙突”
某漫画であの新選組の斎藤一が使っていた技だ。
突進に突進。多少無理があるようには思えたが、キョウコは足に力を溜め、ユニコーン男が動き出すとともに跳躍した。
――ドーンッ!!
直後衝撃音がした。キョウコではない。ユニコーン男が住宅街の壁に打ちつけられたのだ。
キョウコの牙突はスピードでも力でも決して負けなかった。縮地の如く空中を平行移動し、刃先と角がぶつかるとともに相手を吹き飛ばしたのだ。
「よっしゃあああああああああああ!!」
キョウコは女の子らしからぬ雄叫びをあげる。
「いまがチャンスだ。止めをさせっ!」
「大魔法ってどうやるの!?」
「イメージすれば言葉が浮かぶ!」
チチボンの遠くからのアドバイス。キョウコは“言葉が浮かぶ”と聞いて、変身したときを思い出し、恥ずかしさを思い出した。
また恥ずかしい言葉を言うのかもしれない。それでもチャンスは今しかない。
キョウコは日本刀を地面に差し、自分の内に眠る大魔法をイメージし、言葉を探した。
目を閉じて、自分の中を流れる力に意識をする。
青白い粉雪のような光が周りに集まりはじめ、キョウコは呪文を口にした。
「巨乳の洗礼-ミルク・チャージ-」
やはり恥ずかしい言葉だ。しかも今度は中ニっぽい。
そんなことに文句を言いたかったが、たしかにこれは“魔法”らしく、足元には魔方陣のようなものが描き出され、青白い光が形をつくっていく。
キョウコの目の前にバリアのような双丘が形成されていく。まるでおっぱいのように、いやこれはおっぱいだ。
「ダメだ、マナが足りない!」
遠くからチチボンのそんな声が聞こえたが、キョウコにはよくわからなかった。
しかし、次の瞬間、形成されていた青白い光が突如として消えた。魔方陣も段々と小さくなっていき、キョウコの足に隠れる。
「えっ……なんで? 途中まで上手くいったのに」
「マナが足りないんだ!」
「マナって!?」
「魔力のことだ。大魔法にはたくさん魔力が必要なんだ」
「魔力って……」
キョウコはさきほどチチボンが言っていた言葉を思い出した。
“いちおう魔法少女と呼べるものだが、他と比べて魔力が少ないから私はおっぱい少女と呼んでいる”
それじゃ、私にこの魔法は使えないんじゃ?
「おっぱい少女のマナの最大量は胸の大きさに比例する。もっと胸をでかくするんだ!」
「でかくって……」
そんなに簡単におっぱいがでかくなったら、この世のすべての女性は苦労しないだろう。しかし、キョウコにはできるのだ。できるだけの巨乳をイメージし、キョウコは口にする。
「Zカップッ!」
そんなおっぱいがこの世にあるかは知らないが、その言葉とともにキョウコのおっぱいは一気に膨らむ。
まさしくこれが“おっぱいぼーん!”。
「動きにく!」
予想は出来ていたが、おっぱいが肉として重く、キョウコは足を踏ん張ってその場に立つ。
そのあいだにもユニコーン男は回復したのか、立ち上がり、再び突進を仕掛けてきた。
「もう一回、眠りなさいっ!」
キョウコは地面に差していた日本刀を咄嗟に抜き、おっぱいがでかいので横を向いて迎え撃つ。
そして迫ってきたユニコーン男の顎に刃先をかけ、そのままドラゴンスープレックスよろしく後ろの地面へ叩きつけた。
「ぐはっ!」
さすがのユニコーン男も動きが止まる。すごい衝撃の筈だが相手も頑丈になっているのか、死んではいないようだった。
「じゃあ、もう一度!」
キョウコは重い体ごと跳躍し、再び距離を取ると大魔法「巨乳の洗礼-ミルク・チャージ-」を唱えた。
魔方陣が広がり、青白い光が双丘を成す。力が溜まるまでに時間がかかったが、そのあいだもユニコーン男が動き出す気配はない。
「これが私の“チカラ”だっーーーーーーーーー!!」
双丘が一筋の光線となり、ユニコーン男に向かっていく。
そして、ユニコーン男を光が包むとともに、激しく閃光した。
「うっ、眩し」
キョウコは思わず目を瞑り、再び目を開けてみれば……。
ユニコーン男の姿はなく、そこにいたのはただの営業姿の男性であった。無事に暴走を止めれたようだった。
「終わった……」
キョウコが力の抜けたようにその場に座り込むと、同時に変身が解ける。
元着ていた制服が身を包み、そして、あんなにあった胸も元に戻っていた。
「あーぁ」
少し残念な気もしたが、安心した気もした。貧乳はやはり肩が軽い。
「初陣おつかれさま」
遠くで見ていたチチボンが側に来て、言葉をかける。
「チチボンさんは戦えないんですか」
「僕はメッセンジャーみたいなもんだからね。ほらよく魔法少女もんであるじゃん、マスコットみたいなの」
「はぁ……」
「僕と契約して魔法少女になってよ!、みたいな」
「イヤです……って言いたいところだけど、もうなってるのよねぇ」
キョウコは自分の首にぶら下がっている紅玉のネックレスをみる。あまりに突拍子な出来事だったけど、夢のようには思えなかった。
「魔法少女――おっぱい少女は、イヤかい?」
「絶対にイヤとはいいませんけど、一時的とは言え胸も大きくなれたし。でも、実感が湧きません」
「そっかぁ、そりゃそうだわな」
チチボンは懐から昔の王様が使っていそうな銀の杯を取り出し、天高く持ち上げた。するとさっきまでユニコーン男だった営業マンの身体から、光の玉のようなものが出てきて、その杯の中に吸い込まれていった。
「それは?」
「ん? これは邪悪化したマナを貯めるためのものだよ。言うなれば“乙の杯”かな」
「ちゃんと作者に許可取ったんでしょうね……」
すんません、取ってません。ごめんなさい、SOM先生。
「それにしても随分と派手に暴れてしまったねぇ」
チチボンが嘆くようにそう呟く。
たしかに周りを見渡してみれば、住宅街はボロボロだ。壁は崩れ、車は横たわり、電柱は倒れている。
「まぁ、今回回収したマナじゃ足りないから貯蔵してる分を使うけど、スマートな戦いを身につけないとね」
そう言うとチチボンは杯を傾け、雫を二滴ほど地面に落とした。その瞬間、水面のように光が周りに広がり、荒れ果てていた街並みを一瞬にして元に戻した。
「えっ、すごい!」
本当にとんでもない出来事ばかりが起こるな、とキョウコは半ば放心状態になる。精神的には疲れたけど、一日ですごい経験をしてしまった気がする。
「悪いけど、僕もストックがあまりないから人の記憶の消去までは今回できないよ」
「記憶も消されるんだ」
どうりで魔法少女の存在が表沙汰にならないわけである。それなら今回の件は大丈夫なんだろうか。
「まぁ、うまく誤魔化してよ」
そう簡単そうにチチボンは言って、笑った。キョウコも釣られて笑う。これが勝利の美酒というやつだろうか。
「これからも、戦ってくれるかい?」
チチボンのその問いに、キョウコは一瞬戸惑ったが、首を横に振る気にはなれなかった。
「私にしかできないなら、私がやります」
「ありがとう、きっと君には運命の力があるよ」
「運命って、こんな貧乳が“おっぱい少女”なんて、皮肉ね」
「いや、だからこそ君が選ばれたのかもしれない。先代のおっぱい少女に……」
「先代?」
おっぱい少女にも先代があったのかなんて思って聞いてみたが、次の瞬間キョウコは怒りに囚われた。
「会わなかったかい? こう髪が長くて、胸がでかくて、大人っぽい女の人」
「あ・の・占い師ッ!!」
いくら衝撃的なことがあったとは言え、あの占い師のことだけは忘れていなかった。
怒りに駆られたキョウコは再び変身、その脚で風の如く商店街へ向かった。
「あぁ、君……」
チチボンが声をあげるが、すでにキョウコの姿はない。
「まだ名前聞いてないのに」
兎にも角にも、こうしてキョウコのおっぱい少女としての日々は始まったのでした。
◇
――その頃、建設中のビルの上。
「ふっ、あれが新しい“おっぱい少女”か……」
高見から彼女の初陣の一部始終を眺めていた人影があった。
「頼りないな……あの程度ではこの街は守りきれない…………」
何にも遮られることのない風が、その黒いマントを揺らす。
「この街のテリトリーは、これからも私のものだ」
キョウコはまだ知らないのであった。おっぱい少女になったという、現実を。
――To Be Continued!
近くで声がした。
全身に多少の痛みを感じ、その聴覚と感覚がまだ生きていることを教えてくれた。
「おい、大丈夫か!!」
「うっ……」
キョウコが目を見開いた先にいたのはチチボンの姿だった。どうやら場所もまだ住宅街らしい。
不思議なことにキョウコは生きていた。あの距離を吹っ飛んでだ。しかも身体には大した傷がみえない。あの尖った角を向けられていたというのに。
「どうして……?」
素直な疑問を、キョウコが口にした。
「仮にも変身中だ。あの程度の攻撃ならマナとその布が防いでくれる」
キョウコは改めて自分の衣装をみる。薄っぺらい簡単なものだが、耐久性は抜群らしい。
「ただし、何度も喰らえば変身が解けるぞ」
「うん、わかってる。今度はこっちが攻撃してやる」
そう強気な言葉を口にして、さきほど取り出した日本刀を両手に強く握ったが、キョウコはユニコーン男の姿を再度確認して、少し躊躇する。
たとえ暴れていようと相手はどうみたって人間なのだ。
キョウコは自分に人を殺せるような覚悟がなかった。
「大丈夫だ、倒す方法は何も殺すだけじゃない」
そんなキョウコを見かねて、チチボンは紳士らしい優しい言葉をかける。
「そうなの?」
「あぁ、君にはそのチカラがある」
「どうすればいいの?」
「君の大魔法を使うんだが……そのためにはまず隙を作らないといけない」
「要は戦えってことね」
ユニコーン男は再び突進を仕掛ける体勢にはいった。チチボンが足早に場を離れる。どうやら彼自身には身を守る術がないようだった。
キョウコは二度も同じ攻撃は喰らうまいと日本刀を構える。
いつか読んだマンガでみた構え。かなり独特だが一般の構えを知らないキョウコには印象に残っていた。
“牙突”
某漫画であの新選組の斎藤一が使っていた技だ。
突進に突進。多少無理があるようには思えたが、キョウコは足に力を溜め、ユニコーン男が動き出すとともに跳躍した。
――ドーンッ!!
直後衝撃音がした。キョウコではない。ユニコーン男が住宅街の壁に打ちつけられたのだ。
キョウコの牙突はスピードでも力でも決して負けなかった。縮地の如く空中を平行移動し、刃先と角がぶつかるとともに相手を吹き飛ばしたのだ。
「よっしゃあああああああああああ!!」
キョウコは女の子らしからぬ雄叫びをあげる。
「いまがチャンスだ。止めをさせっ!」
「大魔法ってどうやるの!?」
「イメージすれば言葉が浮かぶ!」
チチボンの遠くからのアドバイス。キョウコは“言葉が浮かぶ”と聞いて、変身したときを思い出し、恥ずかしさを思い出した。
また恥ずかしい言葉を言うのかもしれない。それでもチャンスは今しかない。
キョウコは日本刀を地面に差し、自分の内に眠る大魔法をイメージし、言葉を探した。
目を閉じて、自分の中を流れる力に意識をする。
青白い粉雪のような光が周りに集まりはじめ、キョウコは呪文を口にした。
「巨乳の洗礼-ミルク・チャージ-」
やはり恥ずかしい言葉だ。しかも今度は中ニっぽい。
そんなことに文句を言いたかったが、たしかにこれは“魔法”らしく、足元には魔方陣のようなものが描き出され、青白い光が形をつくっていく。
キョウコの目の前にバリアのような双丘が形成されていく。まるでおっぱいのように、いやこれはおっぱいだ。
「ダメだ、マナが足りない!」
遠くからチチボンのそんな声が聞こえたが、キョウコにはよくわからなかった。
しかし、次の瞬間、形成されていた青白い光が突如として消えた。魔方陣も段々と小さくなっていき、キョウコの足に隠れる。
「えっ……なんで? 途中まで上手くいったのに」
「マナが足りないんだ!」
「マナって!?」
「魔力のことだ。大魔法にはたくさん魔力が必要なんだ」
「魔力って……」
キョウコはさきほどチチボンが言っていた言葉を思い出した。
“いちおう魔法少女と呼べるものだが、他と比べて魔力が少ないから私はおっぱい少女と呼んでいる”
それじゃ、私にこの魔法は使えないんじゃ?
「おっぱい少女のマナの最大量は胸の大きさに比例する。もっと胸をでかくするんだ!」
「でかくって……」
そんなに簡単におっぱいがでかくなったら、この世のすべての女性は苦労しないだろう。しかし、キョウコにはできるのだ。できるだけの巨乳をイメージし、キョウコは口にする。
「Zカップッ!」
そんなおっぱいがこの世にあるかは知らないが、その言葉とともにキョウコのおっぱいは一気に膨らむ。
まさしくこれが“おっぱいぼーん!”。
「動きにく!」
予想は出来ていたが、おっぱいが肉として重く、キョウコは足を踏ん張ってその場に立つ。
そのあいだにもユニコーン男は回復したのか、立ち上がり、再び突進を仕掛けてきた。
「もう一回、眠りなさいっ!」
キョウコは地面に差していた日本刀を咄嗟に抜き、おっぱいがでかいので横を向いて迎え撃つ。
そして迫ってきたユニコーン男の顎に刃先をかけ、そのままドラゴンスープレックスよろしく後ろの地面へ叩きつけた。
「ぐはっ!」
さすがのユニコーン男も動きが止まる。すごい衝撃の筈だが相手も頑丈になっているのか、死んではいないようだった。
「じゃあ、もう一度!」
キョウコは重い体ごと跳躍し、再び距離を取ると大魔法「巨乳の洗礼-ミルク・チャージ-」を唱えた。
魔方陣が広がり、青白い光が双丘を成す。力が溜まるまでに時間がかかったが、そのあいだもユニコーン男が動き出す気配はない。
「これが私の“チカラ”だっーーーーーーーーー!!」
双丘が一筋の光線となり、ユニコーン男に向かっていく。
そして、ユニコーン男を光が包むとともに、激しく閃光した。
「うっ、眩し」
キョウコは思わず目を瞑り、再び目を開けてみれば……。
ユニコーン男の姿はなく、そこにいたのはただの営業姿の男性であった。無事に暴走を止めれたようだった。
「終わった……」
キョウコが力の抜けたようにその場に座り込むと、同時に変身が解ける。
元着ていた制服が身を包み、そして、あんなにあった胸も元に戻っていた。
「あーぁ」
少し残念な気もしたが、安心した気もした。貧乳はやはり肩が軽い。
「初陣おつかれさま」
遠くで見ていたチチボンが側に来て、言葉をかける。
「チチボンさんは戦えないんですか」
「僕はメッセンジャーみたいなもんだからね。ほらよく魔法少女もんであるじゃん、マスコットみたいなの」
「はぁ……」
「僕と契約して魔法少女になってよ!、みたいな」
「イヤです……って言いたいところだけど、もうなってるのよねぇ」
キョウコは自分の首にぶら下がっている紅玉のネックレスをみる。あまりに突拍子な出来事だったけど、夢のようには思えなかった。
「魔法少女――おっぱい少女は、イヤかい?」
「絶対にイヤとはいいませんけど、一時的とは言え胸も大きくなれたし。でも、実感が湧きません」
「そっかぁ、そりゃそうだわな」
チチボンは懐から昔の王様が使っていそうな銀の杯を取り出し、天高く持ち上げた。するとさっきまでユニコーン男だった営業マンの身体から、光の玉のようなものが出てきて、その杯の中に吸い込まれていった。
「それは?」
「ん? これは邪悪化したマナを貯めるためのものだよ。言うなれば“乙の杯”かな」
「ちゃんと作者に許可取ったんでしょうね……」
すんません、取ってません。ごめんなさい、SOM先生。
「それにしても随分と派手に暴れてしまったねぇ」
チチボンが嘆くようにそう呟く。
たしかに周りを見渡してみれば、住宅街はボロボロだ。壁は崩れ、車は横たわり、電柱は倒れている。
「まぁ、今回回収したマナじゃ足りないから貯蔵してる分を使うけど、スマートな戦いを身につけないとね」
そう言うとチチボンは杯を傾け、雫を二滴ほど地面に落とした。その瞬間、水面のように光が周りに広がり、荒れ果てていた街並みを一瞬にして元に戻した。
「えっ、すごい!」
本当にとんでもない出来事ばかりが起こるな、とキョウコは半ば放心状態になる。精神的には疲れたけど、一日ですごい経験をしてしまった気がする。
「悪いけど、僕もストックがあまりないから人の記憶の消去までは今回できないよ」
「記憶も消されるんだ」
どうりで魔法少女の存在が表沙汰にならないわけである。それなら今回の件は大丈夫なんだろうか。
「まぁ、うまく誤魔化してよ」
そう簡単そうにチチボンは言って、笑った。キョウコも釣られて笑う。これが勝利の美酒というやつだろうか。
「これからも、戦ってくれるかい?」
チチボンのその問いに、キョウコは一瞬戸惑ったが、首を横に振る気にはなれなかった。
「私にしかできないなら、私がやります」
「ありがとう、きっと君には運命の力があるよ」
「運命って、こんな貧乳が“おっぱい少女”なんて、皮肉ね」
「いや、だからこそ君が選ばれたのかもしれない。先代のおっぱい少女に……」
「先代?」
おっぱい少女にも先代があったのかなんて思って聞いてみたが、次の瞬間キョウコは怒りに囚われた。
「会わなかったかい? こう髪が長くて、胸がでかくて、大人っぽい女の人」
「あ・の・占い師ッ!!」
いくら衝撃的なことがあったとは言え、あの占い師のことだけは忘れていなかった。
怒りに駆られたキョウコは再び変身、その脚で風の如く商店街へ向かった。
「あぁ、君……」
チチボンが声をあげるが、すでにキョウコの姿はない。
「まだ名前聞いてないのに」
兎にも角にも、こうしてキョウコのおっぱい少女としての日々は始まったのでした。
◇
――その頃、建設中のビルの上。
「ふっ、あれが新しい“おっぱい少女”か……」
高見から彼女の初陣の一部始終を眺めていた人影があった。
「頼りないな……あの程度ではこの街は守りきれない…………」
何にも遮られることのない風が、その黒いマントを揺らす。
「この街のテリトリーは、これからも私のものだ」
キョウコはまだ知らないのであった。おっぱい少女になったという、現実を。
――To Be Continued!