翠が仲間になってから2日が経ち俺達は作戦会議を開いていたのだが・・・。
翠「お前たちそれでどうやって本拠に乗り込もうと思っていたんだ?」
十紀人「いやぁ~俺はってきり静が知っているかなっと・・・。」
静「私のせいにするなんてひどいです!!お兄ちゃんなんか鬼ぃちゃんです!!」
十紀人「静。ごめんよぉ~~。」
今の状況を話そう。
俺達が敵の本拠地に攻めこむ日が迫っていたのだが実は誰もその本拠地の場所を知らなかったということなのだ。
白雪「まぁ、ご主人様は無計画な男だからなぁ」
十紀人「それ褒めてる?」
百鬼「ふあぁ~どうでもいいでありますから。その本拠地を教えるであります。」
百鬼は畳の上をゴロゴロ転がりながらあくびをしてそういった。
翠「はぁ~私は頼る人をまちがえたのだろうか・・・。」
翠はガックリと肩を落として用意されているホワイトボードに簡単な地図を書き始める。
翠「場所はオフィス街のこのビルだ。」
十紀人「なに!?そんなところに隠れていたのか!!」
翠「・・・それで中の構造について話すぞ。」
翠は俺の絶妙なリアクションを華麗にスルーして話を進める。
悲しいです。
翠「このビルの35階までは一般企業が入っている。それより上は政府で使う会議室や政府関係者の宿泊所になっている。もちろん私や楓お姉様もこのビルで寝泊まりしていた。」
白雪「デバイスの研究もそこでやっているのか?」
翠「あぁ、このビルの地下に研究所がある。そこで研究している。」
百鬼「なるほどであります。研究のカモフラージュに一般企業を入れているでありますね。」
翠「そうだ。エレベーターのボタンの下に鍵穴がある。そこに鍵を挿し込んで右に回せば自動的に地下の研究所に繋がる。その鍵がこれだ。」
そう言って翠はポケットから鍵を取り出してみんなに見せる。
静「だとすると攻め込むなら夜ですね。」
百鬼「なんで朝とか昼ではだめでありますか?」
十紀人「そんなことしたら一般人を巻き込んで大混乱になるだろ。」
コツンと百鬼の頭を軽く叩く。
百鬼「面倒でありますね。」
百鬼は拗ねたように唇を尖らせた。
静「その他に夜のほうが闇にまぎれて行動しやすくなるはずです。」
白雪「無駄な戦闘もはぶけるな。」
十紀人「これの他に研究所はないのか?」
翠「ないとは断言できないが・・。私の知る限りではここ1つだ。他に支部があると聞いたことがない。このデバイスの開発には膨大が資金がかけられているからそう安々と研究施設を増やしたりはできなだろう。」
十紀人「なるほど。じゃぁ今のところその研究所を壊せば兵器開発が止められるってことか。」
翠「あぁ。だからといって敵もそう安々と侵入を許さないだろうな。戦闘はさけられないだろうしセキュリティも万全にしてあるだろう。」
十紀人「俺達にとっては厳しい戦いになるか・・・。」
白雪「そうだな。」
翠「まぁ建物に関してはこれくらいだろう。じゃぁ次に私たちのコアデバイスについて話すがいいか?」
十紀人「頼む。」
翠「私のデバイスとお前たちの旧デバイスとの違いだが、一番の違いは私たちにはリミッター外しが付いていることだ。」
百鬼「リミッターでありますか?」
翠「正式にはPersonal Over System・・略してPOS(ポス)システムと呼ばれている。それがわたしたちデバイスの強みと言ってもいい。出力を安定させれば旧デバイスのはるかに凌ぐ出力を出すことが出来るだろうな。」
百鬼「ぱ、ぱーそなる、オーバー し、しすてみゅでありますか?」
翠「Personal Over Systemだ。人間が普段、使用している筋肉や脳の使用率は約30%。それは脳が勝手にリミッターをかけて制限しているからだ。そのリミッターを外して身体能力を強制的に高めるシステムだ。これには第五ゲートまであってそれぞれのゲートで100%まで引き出せる。つまり最大で第五ゲート100%まで出力を上げることが出来ることになるな。」
百鬼「どれだけ強いでありますか?」
翠「私もそこまで使ったことがないからなんとも言えないが。多分一人でアメリカ軍の大艦隊を軽く相手できるくらいじゃないか?」
白雪「分かりにくいたとえだな。」
翠「他の喩えようがない。」
十紀人「そんな奴らと戦えって言うのか?」
翠「安心しろ。白雪殿や百鬼殿ならまだしも人間で最大出力を出したとしてもすぐに体が崩壊し始めるだろ。それにそこまで習得するのは不可能に近い。楓お姉様でも第四ゲートの50%が限界だ。それも3分が限界だ。」
静「なるほどですね・・・他に違いはあるのですか?」
翠「後は生命力の供給が出来るのが一人からではないということだな。私たちは基本的には自分の生命力を使うが自分だけでは生命力は限られてくる。そこで開発されたのが生命力供給装置だ。それを相手の体内に埋め込むだけでいつでもどこにいても簡単に相手から生命力を吸い取る事ができる。」
十紀人「それって危険じゃないのか!!」
思わず身を乗り出してしまう。
翠「あぁ、かなり危険だ。ただ楓お姉様のことを勘違いしないで欲しいのはこれはつい最近まで知らされていいなかったんだ。」
百鬼「っふん。そんなの言い訳であります。」
翠「わかっている。私たちがしていることが正しいことなんて思っていない。だからこそ楓お姉様は他人の生命力を使わないようにご自分の生命力を上げるため毎日辛い特訓をなさっている。・・・・楓お姉様が止まれないに理由もそこにあるんだ。」
十紀人「そうなのか・・・。」
白雪「しかし、それだとこっちはさらにフリだな。」
百鬼「そうでありますね。」
十紀人「どうしてだ?」
静「何人にその生命力供給装置が埋めこまれているかはわかりませんが、白雪さんや百鬼さんはお兄ちゃん一人にしか生命力を頼ることしか出来ませんが敵は不特定多数・・・無限にも近い生命力を供給出来るんですよ。」
十紀人「・・・なるほど。」
翠「しかも攻めこむのは相手の本拠地だ。なにが待ち構えているか想像もつかない。こちらは圧倒的に不利なんだよ。」
これまでの話を聞いたところこちらが勝てる確率は無いにも等しい。
無謀。一言で言えばそうだろうが何故か不安の顔色をしている奴はいない。
白雪「それでもやるのだろ?ご主人様。」
十紀人「あぁ。」
百鬼「ならその日までにいっぱいご飯を食べて力を付けるでありますよ。」
静「そうですね。みんなでがんばりましょうか。」
翠「お前たちは怖くないのか?」
翠が不思議そうな顔をして俺たちを見る。
翠「今の状況から考えても私たちが勝てる見込みなんて1%も無いんだぞ。下手をしたらこの中の誰かが死ぬかも知れないんだぞ?」
十紀人「怖いに決まってるだろ。」
翠「じゃぁなんでそんな笑顔でいられる!」
十紀人「仲間を助けられるんだ嬉しくないはずないだろ。・・・それに俺達は負けない。」
翠「・・・どこからその自信が出て来る。」
十紀人「だって俺達は強いから。」
俺は胸を張って翠に言い放った。
翠「ふっ。お前たちはただの馬鹿なのか?」
十紀人「馬鹿じゃない、大馬鹿だ。」
翠「ふふふ。なるほどな。」
翠の顔からも不安の色は消えて笑顔になる。
百鬼は背伸びをして静にご飯ご飯とねだっている。
静も嬉しそうにわかりましたよっと言ってご飯の準備とりかかる。
白雪はそんな二人を笑いながら見ていた。
それを俺と翠は並んで眺めている。
これから強大な敵と戦けど不安な顔や逃げ出したいとかやめようと言う奴はいない。
そうだ、ここには確かな強さがある。
・・・
・・
・
???「お頭。」
静「虎ですか」
静は一人で庭に面した廊下を歩いていた。
柱の陰から一人の黒尽くめが現れて静の隣を歩く。
虎「早急にお話ししたいことが。」
静「なんですか?」
虎「現総理である松岡総司殿が暗殺されました。」
静「どういう事ですか!!」
静は足を止めて虎を見る。
虎はその場に跪いて話を再開した。
虎「おそらく強行手段に出たのでしょう。警備に猿を着けていました黒い影の様な物に襲われたと報告がありました。」
静「・・・まずいですね。これでは反対派が大きく傾くではないですか。道明健作様は?」
虎「身をお隠しになりました。」
静「そうですか・・。反対派が飲み込まれるのは時間の問題になりそうですね。」
虎「・・・・お頭。覚悟を決める時かと。」
静「残念ながら視野に入れないといけないですね・・・私たちは所詮は政府の犬にしか過ぎないのですから。」
虎「心中ご察し致します。」
静は寂しそうな顔をして空を見上げた。
静は改めて感じたのだ賛成派の強大な力が自分が思っていたよりはるかに上であるということが・・・。
そして自分の無力差を静は恨んだ。
虎が告げた松岡総司の死が意味すること、それがどれだけ重症なことかを静は知っていた。
何故なら松岡総司は現総理大臣にして反対派のトップでもあったのだ。
おそらく松岡総司を殺したのは敵のデバイスだろう・・。
そうでなければ猿が負けるわけがない。
静「甘かったですね・・・。」
本当にそうだ。
静は思った次にこの御庭番に降される命令は自分にとってすごく嫌な命令になるだろうと・・・。
・・・
・・
・
オフィスビルの最上階のとある部屋。
部屋の中はカーテンがしっかりと閉めきられていたためまだ昼間だというのに薄暗かった。
そんな部屋の椅子に座り閉められているカーテンをボーっと眺める少女が一人。
楓「・・・・」
部屋のドアが開かれ誰かが入ってくる。
赤「ありゃりゃ、これは重症っスね」
赤が部屋の電気をつけようとスイッチに手を伸ばす。
楓「付けないでくれますか・・・。」
楓は口だけ動かして赤にそういった。
赤はため息をついて楓の元に歩み寄る。
赤「楓の姉御。このままでは体を悪くするっスよ。」
楓「今はそっとしといてください。」
赤「今の楓の姉御は見ていて痛々しいっスよ。僕は心配っス」
楓「私は大丈夫ですから・・・。」
赤「翠っスか・・・。」
楓「・・・・・」
赤「すぐに戻ってくるっスよ。」
赤はそう言ったがもうみんな分かっている。
翠が彼女たちを裏切り敵である道明十紀人の所に行ってしまったことを・・。
おそらく赤も分かっているのだろう自分が言っていることが気休めでしかないことを・・・。
楓はテーブルの上に置いてあった手紙をそっと赤に見せる。
赤「ありゃりゃ。気休めにもならなかったっスね。」
手紙は楓に向けてのものだった。
文面は自分がこれからする行動は裏切り行為だということの謝罪文と楓への思いが書かれている。
赤「必ず助けるって書いてあるっスよ。それにもしかしたら陽動作戦かもしれないっス!!」
楓「・・・・」
赤「いやっスよ。翠は今でも僕達の仲間っスよ。」
黒美「あいつは・・・裏切った・・・仲間じゃ・・・ない。」
赤「黒美!!」
黒美が現れて冷たくそう言った。
赤「ちがうっス!!翠は仲間っス!!これはきっと何かの間違えっス!!仲間がそう簡単に味方を裏切るなんてないっス!!」
黒美「手紙・・・それが・・・現実」
赤「ちがうっス!!ちがうっス!!」
赤は全てを否定する様に首を振る。
その瞳にはほんのり涙が溜まっていた。
不意に楓が立ち上がる。
楓「訓練の時間です。」
赤「楓の姉御。無理はやめるっス!!」
楓「赤、ありがとうございす。貴方は優しい子ですね。」
赤に笑いかけたが楓の笑顔はとても痛々しいかった。
楓はそのまま部屋を出て行く。
黒美「・・・・私も・・・・行く」
続いて黒美も部屋を出て行き赤は暗い部屋に一人だけ取り残される。
赤「僕達は仲間っス。やっと見つけた仲間なんスよ・・・。嫌っス。こんなの嫌っスよ!!」
赤の声はただ虚しく部屋の中に響き渡った。
・・
・
同時刻、オフィスビルの地下研究所。
空調機の騒音がする部屋の中で白衣を来た男が微笑んでいた。
斉藤「くくく。これで私も神の仲間入りだ。」
斉藤の目の先には巨大な装置の中に溶液が入っていおりその中には黒川によく似た人のような物が入っている。
一個だけではない。目に見ただけでも何百個くらいそれが並んでいる。
斉藤「これがあれば私はこの日本・・いや、世界をも手にできる!!これは愉快だ。実に愉快だ。はははははは、はーはっはっはっは!!」
黒美「・・・・斉藤。」
斉藤「ん?黒美くんかね。」
黒美が斉藤の背後に現れる。
斉藤「人員の補給は完璧かね?」
黒美は黙って頷いた。
黒美「それより・・・これ・・・なに?」
斉藤「これかい?これは私の兵隊だ。」
黒美「政府・・・これ・・・しらない。」
斉藤「そうさ。知らなくて当然さぁ。言っていないからね。私に後、最後のキーが必要なのさ。それを手に入れるまでの政府には働いてもらう必要があるのだよ。」
黒美「勝手は・・・・よく・・・ない。」
斉藤「黒美くん。」
黒美「・・・なに?」
斉藤「私は神になったのだよ・・。今さら私を止めれる者なんてこの世にいないのだよ。それが例え日本政府にしてもね。」
黒美「・・・・」
斉藤「君たちは私の言うとおりにしていればいい。あぁ実にそれがいい。」
黒美「・・・・わかった。」
斉藤「そうだ。楓くんの様子はどうだい?」
黒美「・・・落ち込ん・・・でる」
斉藤「翠くんが原因かね?」
黒美は黙って頷く。
斉藤は険しい顔をして黒美の耳元で口を開く。
斉藤「奴らはここに来る。おそらく翠も来るだろう。・・・殺せ。」
黒美「了解・・・した。」
・・・
・・
・
庭に面した廊下で俺は坐禅を組み精神統一をしていた。
そんな俺の横は百鬼が寝っ転がってごろごろと暇そうに動いている。
それの反対側には静がお茶を立てて俺の目の前にお茶と和菓子を出してくる。
あとの白雪と翠は庭先で手合せをしてるのだ。
百鬼「静。百鬼も和菓子が食べたいであります。」
静「百鬼さんはさっき食べたじゃないですか。」
百鬼「それでも食べたいであります!!」
静「わかりました。けどこれを食べたら夜ごはんはなしですよ。」
百鬼「っぐ!!マスター。静が最近百鬼に冷たいであります。」
そう言って百鬼が涙ぐむのが声色から分かる。
十紀人「って!!集中できるかぁ!!」
二人の体がビックと反応するのが分かる。
百鬼「急に大声を出すとびっくりするであります!!」
静「そうですよ!お兄ちゃん!!」
十紀人「あっごめん。」
思わず謝ってしまった。
いや、たしかに彼女たちが悪いわけではない。
静はお茶まで入れてくれているんだ。むしろ感謝するべきなのだろう・・・・。
うん、きっとそうなのだろう。
静「お兄ちゃん。お茶が冷めてますよ。」
十紀人「あ、ありがとう。」
俺は静から湯のみを受け取り和菓子をつつきながらお茶を飲む。
隣では百鬼が今にもヨダレが落ちそうな勢いで俺の和菓子を指を咥えて見ている。
十紀人「百鬼。これ食べるか?」
百鬼「いいでありますか!?マスター」
十紀人「あぁ~いいよ。」
百鬼「やったであります!!」
百鬼の顔がパッとなって勢い良く俺の和菓子を食べ始める。
静「はぁ~お兄ちゃんは甘いんですから・・・。」
十紀人「まぁ~いいじゃないか・・・。」
百鬼「マシュターはやしゃしいでありましゅ」
百鬼がもごもごと口を動かしながらそういった。
静「百鬼さん。口に物が入っているのに喋ったらだめですよ。」
静の注意も耳に入っているのかわからないくらい百鬼は和菓子に夢中だ。
日に日に百鬼の食い意地がすごくなってきているような気がする今日この頃です。
ふと庭先にいる二人を眺めるとどうやら決着が付いたようだ。
翠の棒が高く宙を舞い、白雪のデバイスが倒れている翠の喉元に突き立てられている。
20戦20勝0敗で白雪の勝だ。
ここからでも翠の悔しそうな顔が見て取れる。
翠が起き上がり服に付いた誇りを払う。
白雪はデバイスをしまい翠と一緒にこちらの方に歩いてきた。
白雪「精神統一できたか。」
十紀人「いや、全然。」
白雪「だろうな。」
そう言って白雪は俺の隣で未だに和菓子をほおばっている百鬼を見た。
白雪の後に続いて翠が戻ってくる。
翠「また負けた・・・。」
白雪「そう落ち込むな。お前は弱くない。ただ私がお前より強いだけだ。」
フォローになってないぞっと心のなかでツッコミをいれる。
疲れたのだろ翠は縁側に倒れこみうつ伏せのまま動かない。
静「タオルつかいますか?」
白雪「すまない。」
静からタオルをおけとり額の汗を拭う。
その一連の動作が靭やかで美しく俺は思わず見入ってしまった。
白雪「ご主人様。そんなに見られては恥ずかしいぞ・・・。」
百鬼「マスターの鼻の下が伸びてるであります。」
百鬼の一言に俺は直ぐ様顔をいつも通りに戻したが既に遅かった。
みんなのジト目が俺に向いている。
翠「変態。」
翠がうつ伏せのままぼそっと呟いた。
あぁ、俺は変態かもしれないが紳士であると自負しているのだが・・・。
十紀人「くっそ~。俺は今から精神統一をする。今から俺は明鏡止水だ。何を言われても動じないぞ!!」
俺はみんなの声を無視しながら目を閉じて再び無心の境地へと旅に出ることにした。
徐々に周りの騒がしい声が聞こえなくなり俺は瞑想の中に落ちていく。
深い瞑想の中・・・。
俺は漂うよに真っ暗闇の中に浮かんでいる。
ここまでは来れるようになったのだ。
しかし、自分の中のあの爆発的な生命力を引き出すにはそれのもっと奥に行かないといけない気がする。
そこに何があるのかはわからない。けどそこになにか答えを導きだす鍵があるかも知れない。いや、答えそのものかも知れない。
俺はさらに意識を集中させて奥に進む。
それを邪魔するように雑念が俺の体にまとわりついて引き戻そうとしている。
・・・息苦しい。体を圧迫するようにまさに海のそこを目指しているような感覚だ。
どこまで行けばそこが見えるのだろうか・・。
永遠に続くかと思う道のりをそれはただひたすら進んでいく。
『――。』
遠くのほうで誰かが俺を呼ぶ声がする。
『そ――――せろ。』
奥に行くに連れて徐々に声がはっきりと聞こえてくる。
どこか懐かしい声だ。この声の持ち主を俺は知っている。知っているがうまく思い出せない・・・・。
『そのまま、身を任せろ。』
はっきりとした言葉が聞こえ体がフワッと浮き上がる。
全身の力を抜いてその感覚に身をまかせることにした。
刹那。
体がなにかに引っ張れて一気に加速する。
中に進むに連れて圧迫感ひどくなり呼吸器官が圧迫されているのか息が出来ない。
どれくらい進めば辿りつくのだろうか・・・。
頭がクラクラしてきて目の前がだんだんと暗くなっていく。
この瞑想の中に自分が溶けこんでいくような感覚だ。
こんな所まで来て俺は戻れるのだろうか・・・。不安な気持ちが見え隠れし始める。
駄目だ。意識を集中させないと体が瞑想の中に持って行かれそうになる。
急に息苦しさが消えて眩い光が視界に入ってくる。
そして世界は真っ白の世界にかわり俺の前に半径3メートルくらいあるかと思われる球体が佇んでいる。
そっと触れてみると掌から温もりを感じてそれはまるで生きているよだった。
掌からそれと繋がっていくような溶けこんでくるような不思議な感覚。
それから手を離すと徐々に体が引っ張られて意識が戻り始めた。
ゆっくり目を開けると外は既に暗くなっており欠けた月が庭のいけにゆらゆらと浮かんでいた。
瞑想の中ではほんの数分に感じられたがどうやら随分時間が過ぎていたようだ。
俺は首から下げているペンダントを眺める。
月の光に当てられて石の中心に星が現れた。
十紀人「俺をあそこまで連れて行ってくれたのはお前なのか?」
とスターサファイアに訪ねてみるが返答があるはずはなくただキラリと綺麗に光っていった。
ふと左足に重たさを感じて目線を向ける。
髪が月明かりに照らされて綺麗に輝いてその髪の間から白玉のような肌が顔をのぞかせている。
どこかの妖精が迷いこんできたのかと思いきや気持よさそうに寝息を立てている白雪だった
そっと頬をなでると白雪はさらに気持よさそうな顔をする。
俺はその顔を眺めながら体の中に確かな繋がりが出来たことを確認する。
十紀人「いよいよだな。」
白雪「ん?ご主人様。戻ったのか・・・。」
目を開けた白雪がそっと上半身を上げて眠たそうに目をこする。
十紀人「起こしたか?」
白雪「いや、問題ない。」
背伸びを一つしてから俺の隣に座りなす。
十紀人「白雪。近々行こうかと思う。」
白雪「そうか。みんな万全だ。いつでも行けるだろう。」
十紀人「はっきり行ってこの戦いは厳しい。俺たちだけでどこまで行けるかわからない・・。もしかしたらこの中の誰かが死ぬかも知れない・・。」
白雪「それでも行くのだろ?」
十紀人「あぁ。・・・今度こそ守って見せる。」
俺には大きな矛盾がある。
みんなを守りたいのにみんなを危険に晒しているのだ。
たしかにこのまま俺達がどこかに逃げてしまえば少なくともここいるみんなは守れるかも知れない。
だけど、それだとダメなんだ・・・。
粋も黒川もみんなを守らないと・・・。俺達の大切な場所を俺達の大切な仲間を守るにはこの戦いは避けられない。
一歩も引くことが出来ないのだ。
白雪「それでこそ私が惚れた男だ。」
十紀人「え?」
その言葉に反応して白雪の方を見ると唇に柔らかな感触がした。
目の前に白雪の顔がアップで映っている。
唇が触れ合っていることに気が付くのには少し時間がかかった。
白雪の舌がゆっくりと俺の唇を開いていく。
そして俺は開いていた目をゆっくりと閉じるのだ。熱を帯びた白雪の舌が俺の舌と重なりあう。
俺が初めてディープキスと言うのを味わった瞬間だ。
それはどこか甘酸っぱく、どこか甘ったるい、それでいて幸せな気持ちにさせたり胸を絞めつけてきたりとても複雑な感情が芽生えるさせる。
白雪の手に力が入っていくのがわかった。俺はそっと白雪を抱き寄せる。
徐々に舌と舌が絡み合い二人の息がゆっくりと荒くなる。
どれくらい唇を重ねていただろうか・・・。一瞬の出来事だった様な永遠だったような・・・。
唇と唇が離れるっと名残り惜しそうに銀の糸を引く。
そして白雪は恥ずかしそうに頬を紅く染めて俺を見た。
きっと俺も白雪と同じような顔をしているのだろうな・・・。
白雪「ご主人様は負けない。私のご主人様は・・私が惚れたご主人様は誰よりも強いからな。」
十紀人「ありがとう。」
庭にある池の水面には月と寄り添う俺達の姿が映り小さく揺れている。
肌寒くなった風が俺達の火照った頬をゆっくりとすり抜けて冷ましていく。
戦いの準備は整った。後は覚悟を決めるだけだ・・・その覚悟も白雪のおかげで出来てしまったようだ。
怖くないのかと言われれば怖いと即答できるだろう。
なぜ行くと言われれれば友と自分のためと即答できるだろう。
拳を握りしめて俺は月に突き立てる。
そしてこう言うんだ。
十紀人「待ってろよ。俺が全部守ってみせるからな。」
・・・
・・
・
朝、障子が開く音で目が覚める。
開いた障子の隙間から陽射しが差し込んで薄暗かった部屋に明かりが灯る。
どうやら部屋に入ってきたのは静のようだ。
十紀人「おはよう。」
静「おはようございます。ゆっくり寝れましたか?」
十紀人「あぁ。気持よく寝れたよ。」
静はトレーには水が入ったコップが置かれていた。
静「飲みますか?」
十紀人「ありがとう。」
コップを受け取り乾いた喉を潤す。
昨日の事を思い出して俺は自分の唇をなぞる。
静「お兄ちゃん。鼻の下が伸びてますよ・・・。」
十紀人「そ、そんなことはないぞ!!」
静「まったく、破廉恥な夢でもみてたんですか?」
十紀人「いや!見てない!見てないぞ!!」
静「そう否定されるとますます怪しいですね」
そう言って静はいたずらっぽく疑いの目を向ける。
我が妹ながらかわいいではないか・・・。
静「もうすぐ朝ごはんの支度ができるので顔を洗って来てくださいね。」
十紀人「わかったよ。」
静は立ち上がって部屋を出て行こうとした。
俺はそれを呼び止める。
十紀人「静。」
静「なんですか?」
十紀人「今日、行こうと思う。」
静「・・・・予定より早いですね。」
十紀人「覚悟が決まったんだ。」
静「そうですか・・・わかりました。」
俺に笑顔を向けるがその笑顔が何処と無く寂しさを帯びていた。
静はそれだけ言い残して部屋を出て行った。
縁側を静は食堂に向けてゆっくりと歩く。
庭では小鳥たちが楽しそうにじゃれ合いながら飛んでいる。
静は立ち止まり空を見上げる。
空は雲ひとつない快晴だった。
静「虎」
虎「ここに・・。」
静「夜までに招集をかけてください。」
虎「御意。」
虎は音もなくその場から消え去っていった。
静は懐から一枚の紙を出してぼんやりとそれを眺める。
静「私は・・・・・・。ごめんなさい・・・お兄ちゃん。」
・・
・
時刻は昼をまわり俺はみんなに今日、敵の本拠地に攻めこむことを伝える。
静「・・・・」
百鬼「今日でありますか。」
翠「私はこの時を待っていたぞ。待っていてくださいね楓お姉様。」
白雪「いいのだな。ご主人様。」
白雪の質問に俺はゆっくりと頷く。
みんなもすでに覚悟を決めていたのか反対する者は誰もいなかった。
そして各々の調整をする為に俺達は一度解散する。
廊下を歩いていると縁側に腰を掛けて庭をながめている翠がいた。
十紀人「よっ。」
翠「十紀人殿か。」
十紀人「隣いいか?」
翠「大丈夫だ。」
俺は翠の隣に座って一緒に庭を眺める。
しばらく沈黙が続いたが不思議と嫌ではなかった。
むしろここで話しかけるほうが無粋というものではないだろうか・・・。
などと考えていると翠は静かに口を開く。
翠「改めて思うがここはいい場所だな。」
十紀人「どうした急に。」
翠「いや、ここに来てまだ日が浅いが・・そんな私でも十紀人殿たちの絆がどれだけ強いのか痛いほど分かってしまう。十紀人殿、粋殿の件は悪かった。」
そう言って翠は申し訳なさそうに頭をさげる。
十紀人「俺に謝られても困る。俺に謝るんじゃなくて起きた粋に謝ってくれ。そっちの方が粋も喜ぶ。」
翠「そうだな。」
十紀人「それより生命力の方は大丈夫なのか?」
翠「白雪お姉様の特訓のおかげで大丈夫だ。第三ゲートの50%まで出せるようになった。それに無理をしなければ他人の生命力を使うことはない。」
十紀人「そうか大丈夫そうだな。」
翠「足手まといにはならんさ。」
翠と別れて俺は食堂の方に向かった。
食堂では百鬼が未だに食事をとっている。
百鬼「ん?マスターでありますか。マスターもお腹が減ったでありますか?」
百鬼は両頬いっぱいに食べ物を詰めて話しかけてくる。
十紀人「いや、様子を見に来たんだよ。」
百鬼「そうでありますか。」
そっけなく百鬼はそう言うと再び食べるのに夢中になってしまった。
しかし、この体のどこに食べた物が残るのだろうか・・・。不思議だ。
俺はそのまま食堂と出て行こうとすると百鬼が俺を呼び止めてこう言った。
百鬼「次は負けないであります。勝て、粋と黒川をもとに戻すであります。」
その目に一切の曇がなくただまっすぐに俺を見つめていた。
十紀人「当たり前だ。俺達は強いんだぜ。」
百鬼「はいであります!!」
百鬼の元気な返事を聞いてから俺は食堂を後にする。
次に向かったのは庭だった。
庭の中にある池の淵で白雪は静かに池の中を覗き込んでいた。
俺はその隣に立って白雪を見た。
白雪は俺を気にせず池の中を自由に動き回る鯉を見ていた。
白雪「私たちはこの生簀の中で買われている鯉と同じなのかも知れないな。」
十紀人「なんでそう思う?」
白雪「一見自由そうに見えて本当は狭い世界の中で生き、それに抗うように自由に振舞う。この生簀は世界に似ている。いろんな柵があり自由でいるようで自由ではない。なにをするにでも柵がまとわりついて来る。今の私たちのように・・・。この世界が本当に自由なら粋も黒川もあんなことにならずにすんだかも知れない。」
十紀人「たしかにそうかもな。そう思っているうちはなぁ。」
白雪「・・・・」
十紀人「白雪。世界は何も制限しちゃいないしもっと巨大だ。ただそこの中にいる人たちが勝手に柵を作って勝手に自由を奪い合っているただそれたけんなんだと俺は思う。だから俺はその柵をぶち壊したい。そんな柵だから抗いたいんだよ。でもそれをするには強大な力がねじ伏せようとしてくる。だから俺達は戦うんだ。仲間を守るために、自分たちの大切な場所を守るために・・。」
白雪「端から聞いてると悪党だな。」
十紀人「そうかもなぁ。・・・だけど勝てばそれが正義になる。俺達の正義に・・・。」
白雪「では勝たないといけないな。ご主人様。」
十紀人「あぁ。」
立ち上がり髪を掻き上げながらこちらを見る白雪はとても美しかった。
雲中白鶴とはよく言うものだ。
あとは夜を待つばかりだ。
・・
・
オフィスビルのトレーニングルーム。
楓は一心不乱に木刀を振るっていた。
そんな様子を赤は心配そうに眺めてる。
赤から見た楓は見えないなにかと戦っているようだった。そして見ていられないくらい痛々しい。
赤「楓の姉御・・・。見てらんなっスよ。」
赤の言葉が楓に届くはずもなく。楓は木刀を振るい続ける。
そうしているとトレーニングルームの扉が開いてゆっくりと黒美が入ってくる。
黒美「情報・・・今夜・・・対象の・・・十紀人たち・・・来る。」
黒美の報告に楓がピックっと肩を震わして反応する。
黒美「命令・・・十紀人以外・・・排除。」
楓「待ってください!!おそらく翠も来ます!!翠はどうするんですか!!」
黒美「裏切り者・・・殺す。」
赤「どうしてそうなるっスか!!」
今まで黙って聞いていた赤が肩を震わしてそう叫んだ。
黒美「これは・・・命令・・・従わなければ・・・・裏切り・・・行為」
赤「っく!!」
楓「・・・そうですか。わかりました。」
赤「姉御!!」
楓「赤。これは命令です。命令は絶対です。」
赤「そおっスけど・・・・」
黒美「以上・・・夜に・・・備えろ。」
それだけ言い残して黒美はその場を去っていった。
部屋の中には重苦しい沈黙が訪れる。
楓は備え付けのベンチシートに腰を落とし汗を拭く。
赤「こんなの間違ってるっスよ。翠は仲間っス。」
楓「翠は私たちを裏切りました。当然の報いです。」
赤「楓の姉御までそんなこと言わないでっス。翠は楓の姉御の!!」
楓は無造作に立ち上がり早足で赤の前にたって掌を振り下ろす。
部屋の中にバチンっと、音が鳴り響く。
赤の頬が熱を帯びて赤くなる。瞳にはうっすらと涙がたまる。
楓「それ以上は言わないでください。それ以上は・・・・」
楓の顔から血の気が引いていく。
楓「・・ごめんなさい。私は・・・。ごめんなさい!!」
楓はその場から逃げるように出て行った。
赤は一人取り残されてその場に佇む。
赤「なんで、こうなったっスか・・・。前はみんな仲良くやってたじゃないっスか。こんなの間違ってるっスよ!!!!!」
赤の叫び声は部屋に虚しく反響する。
・・
・
オフィスビル地下研究所。
一人の白衣を着た男が耳に携帯電話を押し当てて誰かと話している。
斉藤「言葉のままの意味だが?」
・・・・。
斉藤「裏切る?人聞きが悪い。実に悪い。こう言ってくれ・・見限ると。」
・・・・。
斉藤「君たちの助力には感謝している。あぁ実に感謝している。しかし、私は神になったのだよ。君たちが総力を上げたところで今の私には勝てない。」
・・・・。
斉藤「そんなに声を荒らげなくても聞こえている。わからないようだからはっきり言おう。私は私のやり方で世界を変える。それをお見せしようではないか・・・まずはこの街でな。」
・・・・。
斉藤「もう詭弁は十分だ。あぁ実に十分だ。どうだ?利用していたと思った男に逆に利用される気分は?」
・・・・。
斉藤「嬉しくて言葉の出ないか・・・。さて私は忙しいのでこれで失礼する。あぁ重要な人物をここに招待しないといけないからねぇ。」
・・・・。
斉藤「もう、止められんのだよ。そうそう、君の主人に言っておいてくれ。首を洗って待っていろと。」
・・・・。
斉藤「覚悟?覚悟するのはそっちの方だ。あぁ実に覚悟するといい。ふふふふふふふふふ、はははははははははははーはっはっはっはげぼ!!げほげほげほ!!」
――。
斉藤「切れてしまっているか。まぁいい。黒美くんいるのだろ?」
黒美「・・・・なに?」
斉藤「計画を第三段階にシフトしよう。今日は世界の歴史が変わる日になるだおろうね。」
黒美「・・・いいの?」
斉藤「なにがだい?」
黒美「・・・・政府」
斉藤「どうということはない。実にどうということはない。」
黒美「・・・そう。」
斉藤は黒美の横に歩いて行き耳元でささやく。
斉藤「君には期待しているよ。私の可愛い可愛い黒美くん。」
黒美の体がピックと反応する。
黒美「・・・期待に・・・添える。」
斉藤「あぁ。頑張りたまえ。」
・・・
・・
・
縁側に座り俺は空に浮かぶ月を眺めていた。
時刻は午後7時を回ろうとしていた。
あたりはすっかりと暗くなり大きな月が空に浮かび上がる。
紅月・・・。
この月が上がるときいつも何かが起きる。
桜姉ちゃんの時も白雪の時も黒川も静も粋もいつもこの月が俺達の上空に浮かんでいた。
そして今夜も紅月が空に浮かんでいる。
白雪「今夜は月が紅いな。」
そんな月を眺めているといつの間にか俺の横にきていた白雪が口を開いた。
俺は何も言わずにただその赤く染まる月を眺めている。
白雪「隣いいか?」
十紀人「あぁ」
白雪は俺の横に座りそっと背中を俺に預けてくる。
女の子独特のいい香りが俺の鼻を燻る。
十紀人「みんなは?」
白雪「百鬼は腹が減っては戦争ができないなどとほざいて未だに飯をたべている。」
昼間も驚くほど食べていたのに今も食べているとは・・・。
あの細い体のどこにそんなに入っているのやら・・。
白雪「翠はお前に教わった技の最終調整をしていたよ。それと静はどこかに行ってしまった。」
十紀人「そうか。」
白雪「いよいよだな。」
十紀人「そうだな。これで全て終わらせる。」
白雪「勝てるか?」
十紀人「正直、わからない。けど、勝たなきゃ俺達の居場所や粋が守れない。」
白雪「そうだな。」
十紀人「・・・白雪。」
白雪「なんだ?」
十紀人「いざ戦いを前にすると迷ってしまうもんだな・・・お前たちを危険な目に合わせるのは正直、気が引ける。俺自身も本当は逃げ出したいしすごく怖い。・・・俺はこれ以上誰も失いたくないんだ。本当に俺の選択は間違っていなのかな?」
俺の手は静かに震えていた。
白雪を俺の方に体を向けて震える手の上にそっと自分の手を乗せた。
柔らかいその手はやさしく俺の手を包み込む。
白雪「ご主人様。それでも行くのだろ?」
十紀人「うん。けど、俺一人じゃ無理なんだ。付き合ってくれるか?」
白雪「当たり前だ。」
俺の手から震えが消える。
百鬼「百鬼がいない間に抜け駆けでありますか。」
その声に俺達はバッと離れる。
いつの間にか俺達の前には百鬼と翠が並んで立っていた。
百鬼「マスター置いてきぼりは嫌でありますよ。」
十紀人「わかってる。百鬼も手伝ってくれるな?」
百鬼「まぁ面倒ではありますが。仲間のためであります。」
翠「私も逃げるつもりはない。」
俺の・・俺達の仲間がここに集まる。
出発の時間までも少しだ。
俺は白雪、百鬼、翠の顔を見る。
静はどうやら来なかったようだ。仕方がないあいつにはあいつの仕事がある。
みんなを見ているとさっきまでも不安や迷いが消えていく。
そうか、俺にはこの仲間が必要なんだ。誰一人掛けること無くこの仲間が・・・。
俺は両手で自分の両頬を叩いて立ち上がった。
十紀人「これから始まる戦いはきっと俺達にとって辛い戦いだ。もしかしたら誰か死ぬかも知れない。でも俺はこれ以上誰も失いたくない。だからこれは命令だ。絶対に死ぬな!!なにが何でも生きろ!!」
百鬼「甘いでありますね。」
翠「甘甘だ。」
白雪「だけどご主人様らしい。」
百鬼「でありますね。」
翠「だな」
十紀人「行くぞ!!」
全員「おう!!!」
俺達はこうして最後の戦いとなるであろうオフィスビルに向う為に玄関を出る。
月は高く上がって行くに連れて紅さが増しているような気がする。
今日のこの月は俺たちをどう見ているのだろうか。
自然現象とは思えないほど赤色に染まった月はただ黙って夜空からこの町を・・俺たちを照らしていた。
俺達は最後の戦いを終わらせるためにゆっくりと一歩一歩を踏みしめながら歩いく。
お世辞にも楽な戦いだとはいえないだろ。
仲間を守るため、俺達の優しく温かく甘ったるい俺達の居場所を守るために・・・。
オフィス街にある政府が管理しているというオフィスビル。
そこが最後の決戦の場所。今更後戻りなんて出来ないしそんな事考えている奴はここには一人もいない。
もうあと数十分後には俺達は戦いの中にいるだろ。
俺はそんなことを考えながらみんなの頼もしい後ろ姿を眺めている。
肌寒い風が俺たちをすり抜けた瞬間、俺達の前に黒い服に身を包んだ小柄な女の子が現れる。
日本で言うところの忍者服だ。
女の子はただ黙って道の真中に立っている。
その女の子の登場でみんなは足を止めて俺はそのままみんなの前へと出る。
十紀人「来ると思ったよ。静」
静「私たち御庭番に降された新しい命令は、道明十紀人を裏切り者の武器開発担当者、斉藤の元に行かせるな。やむを得ない場合は殺して構わないです。」
静は肩を震わしながらそういった。
十紀人「静。そこをどいてくれ・・。」
静「命令です。出来ません。お兄ちゃんたちは今私の部下たちに包囲されています。」
姿は見えないがあたりからはたしかに何人もの人の気配を感じとれる。
静「分かって頂けたと思います。お兄ちゃんは本家に戻ってください。」
十紀人「ごめんな。静。」
静「お兄ちゃんが思っているほど斉藤は弱くありません。今の政府の力を使ったとしてもかつ可能性ゼロに近いです。お兄ちゃんたちを犬死させたくはないんです。」
俺は一歩一歩ゆっくりと静に近づいていく。
静「止まってください。このままだと私は命令に従わなくてはいけなくなってしまいます。」
静はゆっくりと鞘から短刀を取り出す。
それでも俺は静に近づき短刀が当たらないか当たるかのところで立ち止まる。
そして、そして俺は震える静の肩をつかみ抱き寄せる。
短刀が俺の胸に押し当てられて服が切れ胸から血が滲み出るのが分かる。
静が少しでも短刀を引けば俺の胸から大量の血が流れ出すだろう。
しかし、静は短刀を引こうとはしなかった。
十紀人「ごめんな。俺は粋や仲間を救いたいんだ。だから静。お前の言うことは聞けない。」
静「・・・」
十紀人「静は真面目だ。偉いな。」
優しく頭を撫でてやると静の目から涙がこぼれ落ちる。
静「ずるです。お兄ちゃんはずるいです。こんなことされたら私は・・・。」
十紀人「ごめん。」
静「ばか・・・。」
静は持っていた短刀を地面に落としてゆっくりと地面に座り込んだ。
そして俺達は再び歩き始める。
静「行くのですか?死ぬかも知れないんですよ!!仲間が・・誰かいなくなるかも知れないんですよ。」
俺たちの歩き去る背中に向かって静はそう叫んだ。
俺は振り返らずに口を開く。
十紀人「俺達はだれも死なない。守りきって見せる仲間と一緒に。・・・行ってきます。静。」
そう言い残して俺達はその場を去った。
静ただそれを地面に座り込んだまま見送るしか出来なかった。
十紀人たちの後ろ姿が視界から消え静はゆっくりと立ち上がる。
虎「追いますか?」
背後に現れた虎が静に話しかける。
静「いえ、いいです。」
虎「ご命令を・・。」
静「私は命令を無視してしまいました。・・政府の御庭番失格です。」
虎「・・・・」
静「ずっと前からいつかこうなることは分かっていました。私がお兄ちゃんと初めて会った時に・・。」
虎「はい。」
静「・・・・私は頭として貴方達に示しを付けなければなりません。虎。」
虎「御意。」
虎は自分の刀を鞘から抜き出す。
それと同時に隠れていた黒尽くめたちが続々と集まりだす。
静はその場に正座して静かに首を前に差し出す。
虎「ご覚悟は。」
静「大丈夫です。虎。これから御庭番を頼みます。」
虎「御意。」
静「やってください。」
静はゆっくりと目を閉じてそう言った。
虎はゆっくりと刀を振り上げて静の首に狙いを定める。
刹那。
刀が振り下ろされる音が虚しくあたりに響く。
・・
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