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Novel 2  せめて、作家らしく

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 文芸ニートノベル連合軍基地内は騒然としていた。
 あの只野空気大佐が機体喪失、その優秀な下士官だったムラムラオ少尉は完全撃墜。文芸戦士たちの顔色は真っ青であることはゆるぎない事実だった。
 誰もが次の戦闘を恐れていた。空気の新機体はまだ調整中。本人も軽症とはいえ負傷している。誰かが陣頭指揮を執らねばならない。
 現在、黒兎は指揮権委譲を棄却された由で謹慎中。
 猫人魚大尉、顎男少佐が前線で戦闘中だが、二人とも、もう三日三晩の強行軍だ。
 誰かが二人を迎えにいき、後方に下げてやらねばならない。
 だが、いったい誰が一級文芸戦士二人がようやく食い止めておける敵戦力を一身に引き受けようとするだろうか。
 沈黙する部隊。痛いほどの静寂。
 そのとき、一人の男が手を挙げた。
 和田駄々中尉である。






 和田中尉は己の機体を見上げた。
 黄色く輝くその機体は薄暗い格納庫の中にあってさえ、目を焼く輝きに包まれている。
『HVDO~変態少女開発機構~』のコメント数は現在25。連載中とはいえ、決して高い数値とは言えない。
 俯き、同情の視線を投げかけてくる整備班たちの背中を和田中尉はバンと叩いた。
「心配するな。俺だって完結童貞ってわけじゃない。立派に二人を撤退させてみせるよ」
「中尉……」
「ん?」
「おれ、中尉の話が好きでした」
「それは……『ルーリング・ワールド』のことかい?」
 整備兵はきまずそうに頷く。なぜなら、いまから和田中尉が乗ろうとしているのはその機体ではないからだ。
「俺の『HVDO』は、嫌いだったかな」
「そういうわけじゃ、ないですけど」
 整備兵は後悔した。これから死地へ赴く人に、余計な口出しをしていることは間違いなかった。
 だが、中尉は優しげな目をして頷いた。
「よし、ひとつお願いがある」
「え?」
「俺の……俺の『ルーリング・ワールド』を出してくれ」
 和田中尉の顔に、後悔などひとかけらもなかった。







 コックピットに座ると、懐かしい機体のにおいが鼻腔を満たした。いや、それは心さえも満たしてくれたのかもしれない。
『中尉、本当にHVDOじゃなくていいのですか』
「ああ、構わん……」
 だが、言葉とは裏腹に中尉の手は震えていた。フライトグローブに包まれたそれを見る眼差しは、冷たい。
(……やはり、俺の身体は、もう)
 軍医には、もう18禁以外の小説は書くなと言われている。後天性耽美小説シンドローム。治療法はまだ見つかっていない。
 息苦しい。汗が滴る。『ルーリング・ワールド』の静謐な空気が、病んだ和田の心身を苛んだ。
(HVDOを書いてきたことに後悔はない……だが)
 それでも、あの頃。
 友人たちとテストゲームして、自分の作ったゲームの可能性をただ信じられていたあの頃のことは、決して忘れられない。
 それは、本当に。
 素敵で知的な物語――
「……和田駄々中尉、『ルーリング・ワールド』……出る」
『いってらっしゃい、中尉。どうかご無事で』
 和田はにこっと笑って、頭の横で手刀を切った。
 ルーリング・ワールドが、真っ白い大空に飛び立っていく……。






 ハァ――――ハァ――――
 顎男少佐は瞼を伝う汗を、必死に瞬きして振り払った。
 辺りには、破損した機体の残骸が浮かんでいる。
 かつて、この世界の終焉といわれた場所……『終刊少年ZIP』に重力はない。よって、機体もパイロットも、その場に無残な屍をさらし続けることになる。中には、小説だけではなく、漫画の欠片も散らばっていた。
 顎男はスカイプに向かって呼びかける。
「猫人魚ォッ! 生きてるかァッ!」
 返事はない。
「まさか、どっかの狭間に飲み込まれたんじゃねえだろうな……そうなったら、さすがに助けられねえぞ、クソッ! ……もう俺の周りで死んでいくやつを見るのはごめんだ」
 ノイズまみれで聞き取れなかった別地区の報告によれば、ムラムラオと只野空気が落とされたという。その生死を顎男はまだ知らない。
「ハァ……ハァ……ぐっ!」
 気絶しそうな頭痛に耐えてバーを引くと、それまで『リボルヴァエフェクト』がいた場所を、第一宇宙速度に匹敵する速度で鉄球が通過していった。
 シファデウスの羽……その『羽毛』だ。ただの羽毛とはいえ、謎の物質で形成されており、なめてかかると撃ち落とされる。侵略者の尖兵といったところだ。変幻自在、縦横無尽の生体兵器。
「へっ……まだ俺の悪運も尽きちゃいないようだな」
 だが、それはすぐに勘違いであったことがわかる。
 シファデウスの羽毛は顎男を狙ったのではない。
 その上空、凍てつく高度に漂っている機体は、




「あれは、魔法少女エグセクショナー……っ!!!」




 フットペダルを踏み抜くほどに蹴りぬき、顎男は猫人魚を救うために飛ぶ。が、間に合わない。漂う機体を、いまにも鉄球が貫こうとしている。
「猫人魚ぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
 真っ白い空に、黒煙と爆炎があがった。顎男は咄嗟にフライトグローブで両目を庇う。
 またか、と顎男は唇を噛んだ。また救えなかった……。
 次は俺かな、と思い、目を開くとそこにあったのは、羽毛の残骸。
 そして、緑色の機体。
「おまえ……和田か? まさか、ルーリングワールドだと? それはもう封印されてる機体のはずじゃ……」
『ぐっ……』
 スカイプから苦しげな呻き。
 そして『ルーリングワールド』は、マニピュレータを駆使して、猫人魚の機体を『リボルヴァエフェクト』の方へと押しやってきた。
 猫人魚は無事だ。だが、エンジンをやられたらしい。9コメントで羽毛とドッグファイトを続けていれば、どの道行動不能になるのは当然だった。
 和田の機体は、苦悶している。
「おい、どうした、返事をしろ、和田ッ!」
『は――――ァ。少、佐』
「どこかやられたのか? 安心しろ、いまのでこのあたりの羽毛は全滅したはずだ。すぐに基地に戻ろう」
『ダメ――――です』
「なに?」
『エロ描写のない小説に乗っていれば、こうなるって、わかってたけど……』
 スカイプからは、和田の声しか入ってこない。
 それでも顎男少佐は、和田中尉の、どこか満足げな顔を幻視した気がした。
『それでも……面白いって……整備兵のあいつが言ってくれたから……最後は、『ルーリングワールド』と一緒にいようって、決めたんだ』
「和、田」
『お、俺はもうダメです。い、いまにも、頭が、おかしくなりそ、うで』
「機体から降りろ! こっちに来い、俺のに乗せてやる」
『る、ルーリングワールドを置いて?』
 ぐっと顎男は歯を食いしばった。
 苦楽を共にした小説を捨てる。そんなことはできない。それは、文芸戦士なら誰でもそうなのだ。
 だからわかる。
 和田中尉が、どうしたいのか、どうされたいのか。
『俺を……俺を殺してください……少佐』
「そんなこと……できるわけねえだろう……」
『お、お、俺は、もういまにも、あ、あんたにトリガーを引きそうなんだぜ、顎男……』
「…………」
『頼む……まだ、俺が、ルーリングワールドを書いていた頃の、俺でいられるうちに……この思い出と共に……がはっ』
 何か、液体をマイクにぶちまけたような音。
 顎男はグローブを突き破るほど拳を握り締めた。
「和田……!」
『お、おれは短い、間だったけ、ど、あ、あんたたち、と、一緒に、小説が、か、か、書けて、新都社で戦え、て――――』









 本当に、嬉しかった。









 『ルーリング・ワールド』の腕がコメントライフルを構えたときにはもう、その胸に、コックピットを収めた胸に、大穴が空いていた。
 顎男のもう一機の機体――『星辰麻雀』が後方から和田を貫いたのだ。
 ルーリング・ワールドはゆっくりとその場で傾いて、まるで大海原を背泳ぎする自由人みたいに、いつまでも漂っていた。
 それは、本当に、夢を見ている子どもみたいで――――
 顎男は、和田中尉に敬礼すると、気絶した猫人魚を『星辰麻雀』で掴み、『終刊少年ZIP』空域を後にした。
 その頬を熱い涙が伝っていたが、それは決してどこの記録にも残らない、顎男と、そしてきっと和田中尉だけが知る、感傷だった。















 文芸暦五年 十二月十六日



 幻想小説部隊 一等教官  兼  耽美小説部 隊副隊長
 和田駄々中尉 散華


 実践派ライトノベル部隊
 猫人魚大尉 負傷


 遊撃連載部隊
 顎男少佐  帰還









 後日、『ルーリング・ワールド』の読者から、和田中尉の部屋いっぱいに花束が贈られたという。


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