Novel 3 老兵ポンチ
「本当に……こんなところに准将の家があるのですか?」
ここは鬱蒼と木々が茂る山奥。機体では進めないため、隊員たちは徒歩での進軍を余技なくされている。
不安げな部下の質問を、山田一人大尉は一喝した。
「作戦行動中だ! 黙って歩け!」
「はっ……すいません……」
部下は俯いて歩く作業に戻った。山田は、ぐっと軍帽のふちをあげて、木々の奥を透かし見た。
一軒のログハウスが、置物のようにぽつんと佇んでいる。
そこにいる准将との会話は、おそらく、機体なしでのこの行軍を遥かに上回る難業になるであろうことは、想像に難くなかった。
そこに住むのは、文芸新都開設の生き証人。
駆る機体は真紅のまたとない双子の宝石。
『twin jewel stories』のポンチ准将は、退役後、決して人前に姿を現したことはなかった……。
「断る」
ポンチ准将はPSPを持つ左手人差し指を鬼のように酷使しながら、山田大尉の想像通りの返事をした。
山田の顔は曇る。だが、ここで退いては任務失敗。文芸戦士に失敗は許されない。
「准将がお忙しいのはわかります。ですが、こちらとしてもムラムラオ少尉、和田駄々中尉を失い、戦力が大幅にダウンしてしまっているのです」
「だから?」
准将はアドホック通信に汚染された青い瞳で山田を見据えた。
「ですから」
山田はふうっと息を吸い込んだ。
「じじくさいのモンハン厨にも、戦地へ赴いてもらわねばならない窮地に追い込まれているのだ、と申し上げたいのです」
ぎろ、とポンチの目に妖しく荘厳な光が宿った。
山田は身体の震えを押し殺すだけで精一杯だ。数多の戦場を潜り抜けた、ポンチの宝石のような目……。
すると、想像していたような叱責はなくポンチは豪快に笑い始めた。
「はっはっは、はっきり言ってくれるな、若いの」
「ええ、こちらも必死、ですから」
わざと『必死』を強調して発音。これでポンチが折れてくれればいいのだが……。
ポンチはモンハンをスリープモードにし、かけていた安楽椅子を山田に向けた。
「シファデウスの羽、のことは聞いておるよ。わしはこんな片田舎におるが、情報だけは昔馴染みから流れてきてね」
「では……」
「山田大尉、きみは、シファデウスの羽を読んだかね?」
「は?」
突拍子もない質問に、大尉は目を丸くした。背後の部下たちもひそひそと話し合う。
「誰でもいい、誰か、シファデウスの羽を最初から更新分まで読んだかね?」
ぱらぱらと、最初だけ、とか、流し読みで、とか、そんな言葉が返ってくる。
ポンチは白髭をしきりになでつけながら、老教師のように頷いた。
「准将は、まさか、お読みになられたので?」
「一通りはね」
どよめきが起こった。ポンチはくつくつと笑う。
「逆に聞くがね、読みもしないで、きみはシファデウスを討とうとしていたのか?」
「それ、は」
「確かに、文章作法などはわかっておらんよ。だが創作に決まった形などはない。われわれは小学校の教科書に寄稿しているわけではないのだからな」
「ですが……! モノには限度というものがあります!」
「そうかな。ふむ、じゃあちょっと聞くが」
ポンチは懐から二代目のモンハン……ではなく、PSP端末を取り出した。そっちは仕事用らしい。
「シファデウスの羽、その『カコノデキゴト』編、これはタイトル通り過去の出来事、話が始まるまでの経緯の話だ。その最後、山田くんは読んだかね」
「いえ……プロローグで読むのを断念しましたので……」
「そうかい。読んで見るといいよ、なかなか熱くてね。ふふ、昔のわしを思い出してしまったわい」
ポンチはいとおしげに、画面に映った文章を見つめている。
「准将……」
「わしも若い頃は無茶をした。そんな無茶を、新都のみなは微笑ましく、時に厳しく、支えてくれたよ。もし、若い頃のわしがいま、新都にやってきたらどうなっていたかな……シファデウスと同じように、迫害されるのかな?」
山田は沈黙した。ポンチ准将の若い頃、その文章の過激さを知らぬものはいない。
「山田くん、人は成長する。見守ることも大切なのだよ」
「……あの羽に……すべてが侵食されても、ですか」
「それが、運命なら、そうあるべきなんだ」
もう耐え切れなかった。山田はキッと目を剥いて怒鳴った。
「准将! それは、それは間違っている。若いからといって、なにもかもが許されるのですか? そこにいる人たちの気持ちを、踏みにじっていいというのですか? あの空age攻撃で、いったい、いったい何人の仲間が」
「強くあればよい。それだけのことだ……」
ダンッ!
山田の部下たちは戦慄した。
テーブルを殴りつけた山田の拳は、サッカーゴールにぶちこまれた翼くんのシュートのようにまだ震えている。
「文芸戦士のage更新は……そのとき、一番上にいる人の作品、その顔に泥のついた靴で踏み乗るようなもの……おれたちは、その覚悟を背負って、いつも更新しているんだ。みんなの作品を押しのけてでも、自分の話を読んで欲しいから、必死に書いて、ageるんだ……だから」
空ageなんて、絶対にしちゃあいけないんだ……。
ポンチはなにも言わなかった。ただ、疲れたように、しわくちゃの指で目頭を押さえていた。ゲーム目なのかもしれない。
山田は踵を返した。
「准将、あなたのお気持ちはわかりました。我々の態度に問題があったことも認めましょう。ですが、おれは、おれの気持ちは変わりません。死んでいったやつらのためにも、これから生まれる文芸戦士の赤ん坊たちのためにも、おれはヤツを討つ」
「それが、終わりのない戦いでも、かね」
「おれは、おれの正しさを証明してみせます」
そのとき、ポンチのログハウスの窓ガラスがすべて割れ、そこから荒々しい突風が吹き込んできた。カーテンがぱたぱたと逃げる場所をもとめてはためく。
そこには、真っ黒い機体。ところどころに、稲妻のようなペイント。
山田大尉は漆黒のシルエットと化して宣言した。
「このおれの『ナイト・ワーカー』で、おれはこの戦いを終わらせる」
軍帽を目深に被りなおし、山田大尉はポンチ准将に敬礼し、その場を後にした。部下たちもそれに従った。
ポンチは、荒れ果てたリビングを見渡し、片付けのことを考えたが、とりあえずモンハンのスリープモードを解除してポチポチやり始めた。
アドホック通信の有毒電波がポンチの身体を蝕んでいる。だが、心まで蝕まれるとはな、とポンチは自嘲気味に笑った。
カタタタ
カタ
文芸暦 五年 十二月十九日
元ファンタジー部隊A級文芸戦士 退役軍人ポンチ准将 機体名『twin jewel stories』
……交渉に応じず
ライトノベル実戦部隊 第4分隊 分隊長 山田一人大尉 機体名『ナイト・ワーカー』
……A級ネゴシエーターとしての資格剥奪。基地内ラジオ半年間の謹慎処分。以後、前線配置。