Novel 4 小説の中の亡霊
新都社で連載する、というのは訓練校でおおまかなやり方は教わったものの、実際やってみるのと想像するだけでは天と地の差だった。更新してからディスプレイ上のコメント欄を確認する作業は甘美という言葉だけでは表しがたく、そして、期待した通りのコメント数なんて決して降っては来ないのだ。
訓練校を緊急時法令の適用によって卒業式を迎えることなく例年(つまり平和)よりも一足早く卒業し、いま、三人の特別少尉たちが『最近更新されていない作品一覧』空域を飛んでいる。
いわば学徒徴兵だな、とモチこんび少尉は思った。
『地獄黙示録』のコックピットは真新しいゴムのにおいがする。ちょっと酔いそうだ。
キーボードにかざした手は、少し震えているものの、丹念につづっていく文章にあまり乱れは見られない。
そう、訓練校時代、この三人のなかで一番成績がよかったのはモチこんび少尉だ。だが、成績が実戦をフォローしてくれるとは限らない。
『……とに』
まだまだスカイプを使い慣れていないTAK☆ITA少尉が不安そうに言った。
『こんなところに生存者がいるのか? 救難信号なんて、実際、なにかの間違いじゃないだろうか』
そうそう、とポラガ少尉も同意する。
『中尉以上の指揮官もつけてもらえないなんて、ぼくたち、見捨てられたんじゃないかなあ』
「口を慎め」
モチこんびはすっかり小隊長気分だ。
「ミッション・プロットは絶対だ。それに疑問を持つことは許されない。ブリーフィング時に設定したプロットにそって、俺たちは小説を書けばいい。生存者がいれば救出。いなければ帰還。それだけの任務だ」
『はいはい……口うるさいんだからモチこんびは。少し肩の力抜いた方がいいよ?』
「おまえが不安そうだから言ってやったんだ!」
『うるさいったら……ちょっとスカイプ切るね。とても小説なんか書けたもんじゃないや。なんかあったら緊急回線で呼んでよ。じゃ、集中するから』
ブチッ、と切断音がして、ポラガは退席中になった。退席中もあるものか、とモチこんびは思う。
すぐそばを、ポラガの『死人延長線』が優雅なフォルムを自慢げにさらして飛んでいるというのに。
気に食わない機体だ、とモチこんびは思う。
スピードこそ大尉クラスを誇っているものの、その機体は改行のしすぎでスカスカだ。二、三発被弾すればそれだけで大破してしまう。もっとも、だからこそ偵察や救援任務に適しているとも言える……。
『モチこんび、あれ』
TAK☆ITAの声に従ってキャノピから眼下を見下ろすと、『最近更新がない作品一覧』空域の雲が晴れて、廃墟と化した街が見えてきた。
そこに本当に要救助者がいるのかどうか。モチこんびはふと、夜空に浮かぶ月に見られている気がして、身震いを起こした。
飛行形態から機動形態へシフト。
文章を横書きから縦書きにしただけだが、それでも日本語は縦読みから生まれた文字だ、この方がしっくりくる。
只野空気大佐が入隊した頃は横書きの機体しかなかったというから、我々は恵まれているのだろう、とモチこんびは思う。
廃墟の町に人気はない。ただ、砕けた小説が散らばっているだけ。なかにはかなりカタチを残したものもあるが、誰かの気配はない。
ひょろっとしたポラガ少尉の『死人延長線』が、『地獄黙示録』より二歩ほど先行した。
「おい! 俺のうしろからついてこいと言ったろう」
『死人延長線』は首だけで振り向く。まるで人間みたいだ。
戦闘訓練の成績は悪いくせに、ポラガはこういう味のある動きをする……そしてそれは、モチこんびにはないものだ。それがモチこんびには気に入らない。
『人の顔が見えたんだよ』
「そんなものどこにある? センサーにはなにも反応はない」
『そんなの知ってるよ。僕だってセンサーを見ていたんだ。でも、顔が見えたんだから、いるんだろう』
「幻覚だ。おい、しっかりしろ、ここは訓練場じゃないんだぞ!」
『うるさいな……わかったよ、見間違いだった。ごめんね』
わかればいい、とモチこんびはフンと鼻息を荒くする。『兄の聖戦』は二人の間を取り持つような動きをしたが、二人とも気づかない。
『二人とも……あんまりケンカするなって。いちおう戦場なんだからさ』
『ここが?』
ポラガが鼻で笑う。
『なにもありゃしないさ。心配いらないよ』
「顔が見えたっていったのは、おまえだろう」
『戦闘能力があるとは思えない顔だった。だから心配いらない。なにか間違ってるかい?』
「軍人としてな」
『手厳しいね……ん?』
「今度はなん……だ……!?」
それまで、まったく反応がなかったのは間違いない。だが、突如として近接区域にage更新の反応があった。
「くそ、潜伏していやがった!」
『まちなよ、要救助者かもしれな』
い、という前に『死人延長線』の機体は何者かにハネ飛ばされていた。
「ポラガッ!!!」
『ザッ……大丈夫、反転機動で受け流した……』
『これでハッキリしたな』
TAK☆ITAが緊張した声音で言う。
『俺たちは戦場にいたわけだ、やっぱり』
地獄黙示録、兄の聖戦、死人延長線の三機体が頭上を仰いだ。
そこは、さびれた教会の十字架の上。
青い月を背負ってたたずむのは――
「まさか……『かーみら!』だと……!?」
ありえない、とモチこんびは首を振る。
インギー大尉はすでに散華したはずだ。だが、現にいま、『かーみら!』はage更新して、俺たちの前にいる……。
『大尉が生きてたってこと? コックピットは、キャノピがヒビ割れてて中が見えないね』
『こんな廃墟で二年も生き残っていられたとは思えないけどな』とTAK☆ITAは否定的。
モチこんびはキーボードのハジを握り締めた。
「どちらにせよ、攻撃行動を見せたんだ。敵ってことだ……」
『おいおいモチこんび、『かーみら!』をやる気かい? 一応、上官だぜ。もっとも、会ったことも話したこともないけれど』
「撃たなきゃ俺たちが死ぬ。おまえら、とっととできてる原稿をage更新して戦術モードに切り替えろ。大尉は長期連載経験者だ。あれが空っぽの人形だとしても、油断はできん」
『ははっ! いいねモチこんび。初めて意見があった気がする』
「あんまりうれしくねえ……いくぞっ!」
エンターキーを叩いて、三機のバーニアがカパッと口を開いた。
それを見る真紅の機体――『かーみら!』の顔は、鋼鉄製の笑顔を浮かべている。
高機動執筆、開始。
「砕け散れぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
レターブレードで切りかかる『地獄黙示録』、それを『かーみら』はひょいっとかわす。
くるくる回りながら、建物の壁を蹴って反対方向へ。
待ち受けていた『兄の聖戦』のコメントライフル射撃を浴び――ずに再び三角とび。
月に重なり、頭部から生えた二本の角が兎のよう。だがその兎は、後背部にモチベーション・バーニアを搭載した動く弾丸。
そのまま赤い炎を噴射して地上へ突撃してきた『かーみら』は、まずポラガの『死人延長線』を蹴り飛ばした。
反射神経に自信があるはずのポラガもこれはかわせない。地面を削って戦闘空域から離れていく。
『ぐあっ!』
「ぼさっとするな、死ぬぞポラガ!」
『だから、うるさいんだったら……いま反撃してやる!』
闇からポラガのコメントライフルのマズルフラッシュ。
しかし『かーみら』は踊るようにそれをすべてさける。
『いや』
TAK☆ITAがわなわなと呟いた。
『さけてるんじゃない。弾丸が、弾かれてるんだ』
「なに? どういうことだ」
『しまった……勝てるわけがない。『かーみら』には絵師がいる! あれは……FAフィールドだ!!!!』
「なん……だと……ファンアートの壁……あれが……」
かーみらの周りには、うっすらと、緑色のフィールドがかかっている。少女のイラスト……。
『やつにライフルは効かない……撤退しよう』
『なに言ってんのさTAK☆ITA! 勝てないって決まったわけじゃない。ライフルがなけりゃあ』
闇の奥からバッと『死人延長線』が狼のように飛び出してきた。
『白兵戦でブッ壊してやる!』
『ま、まて、早まるなポラガ――!』
だが、ポラガの突撃は功を奏した。その巧みなレターブレードさばきは『かーみら』も追いつけなかったらしく、FAを切り裂いたポラガの文章が、その赤い胴体に傷をつけた。それは、つまり、もっと深く切り込めば破壊できるという証でもあった。
「よくやったポラガ! これで士気もあがるってもんだぜ」
『へへへへ』
「だが、あんな無茶はもうするなよ」
『…………。ちぇ、結局そうなるのか』
『死人延長線』がやれやれと器用に首をすくめた。ゾンビのような姿をした機体に、これほど人間味を加えるとは、ポラガ少尉、侮りがたし。
レターブレードを抜いた三機を見て、なにを思ったか。
かーみらが、空に吼えた。
『オオオオオオオオオオォォォォォォォ―――――――』
びりびりと大地が振動する。余波で未完の投げ作品が破裂した。
「これが、かーみ、ら!?」
セリフを言い終えるのを待ってくれるはずもなく、かーみらの赤い拳が、『地獄黙示録』の胴体を打った。コックピットに来る衝撃。
「がっ!」
ここで意識を失っていればモチこんびは二階級特進の誉れに預かっていただろう。
だが『地獄黙示録』は、新人の平均値であるEランクの小説ではない。
D+。
成長途上とはいえDの階級は伊達ではない。
自分の腹を打ったままのこぶしを、両腕で抱え込む。
『ギッ!?』
「いまだ、やれェ、ポラガ――――ッ!」
ダンッ、と『死人延長線』が空に跳ねた。
レターブレードが月に突き刺さる。永劫とも思える時間のあと――まっすぐ一直線に降りてきた『死人延長線』は、『かーみら』を袈裟切りに斜めから切断した。
やった、と思ったのも束の間。
ぼとり、と腕を落としたかーみらは、苦しげに呻くと、夜の闇へと消えていった。ポラガの刃は、コックピットも、メインリアクターも外したのだ。
それでも、
「勝った……のか」
『ああ……』
『やれやれ、一時はどうなることかと思ったけどね。ま、破壊はできなかったけど、撤退させただけでよしとしようぜ』
「そう……だな」
ほっとして思わずモチこんびの口から安堵のセリフが漏れる。ポラガがハハハと笑った。
『らしくないじゃないか、モッチー。普段の威勢はどうしたの?』
「さあな……実戦だからな、こういうこともある」
『ハハ……ハ……』
「ん? どうかしたか、ポラ――」
そのとき、モチこんびとTAK☆ITAは確かに見た。
落ちた『かーみら』の腕から、なにか、紫色の霧のようなものが、ポラガの『死人延長線』に取り付くのを。
それは、キャノピ越しにでさえ悪臭が漂ってきそうな、そんな悪意だった。
霧に包まれたポラガの機体が苦しげに身もだえする。
『ぐああああああああああ!!!!!!』
「ぽ、ポラ、ガ、どうしたポラガ! 応答せよ!」
『うる……さい……』
「ポラガ?」
『俺に……指図するなッ!!!!』
『あぶないっ!』
ダァン、とポラガのコメントライフルが火を噴くのと、TAK☆ITAの『兄の聖戦』が『地獄黙示録』を抱えて横っ飛びに回避するのが同時だった。
モチこんびは熱しかけた頭に冷や水を浴びせてスカイプに怒鳴る。
「なにするんだ! しっかりしろ、ポラガ!!」
『いつもいつも……プロットプロット……文章作法だ……そんなもの……どうでもいい……』
「なに……?」
『死人延長線』は空に向かって吼えた。
『俺のやりたいようにやって何が悪い!? ああ!?』
「ど、どうしたていうんだ」
『いい気分だぜ……頭がすっきりした。インスピレーションっていうのかな……これもシファデウス様のおかげだ』
モチこんびは戦慄した。これは、これは間違いない。どういう理屈かはわからないが、ポラガはシファデウスの羽に洗脳されてしまったのだ。
思えば、あのかーみらも、シファデウスが操っていたのかもしれない……。
倒れた機体に、銃を構えたポラガが肉薄する。その歯茎を見せつける顔は、まさに、悪鬼。
若き少尉二人はもはやこれまで、と覚悟を決めた。
だが、
『う、う……に、げろ……二人と、も……』
「ポラガ!? 正気に戻ったのか!?」
『死人延長線』は頭を抱えてふらふらとよろめく。だが、銃口は二人に向いたままだ。
『も、もうすぐ、僕の心は、シファデウスに乗っ取られる……その、前に、こ、このことを、軍に……伝え、て』
「なに言ってるんだ、おまえも帰るんだ。ミツミサトリ博士に診てもらえればまだ治る見込みはあるかもしれん!」
『な、い』ポラガの苦悶に満ちた声には確信があった。
『わかるんだ……もう戻れない……星が堕ちるように……止めること……は……』
「ポラ、」
ガァン! アスファルトが砕けた。死人延長線の威嚇射撃だ。
だが、それを威嚇にするのに、ポラガがどれほどの苦悩に苛まれたことか……。
『も、モチこん、び。おまえのこと、嫌いじゃなかった』
「ポラガ……」
訓練校時代の思い出が、走馬灯のようにモチこんびの中に蘇ってくる。
初めて会った日。
食堂でケンカした日。
教官に殴られた日。
雨のなか、笑いあった日……。
敵前逃亡と笑われても構わない。
俺は友達を撃てない。
モチこんび少尉とTAK☆ITAは、敵性機体『死人延長線』を前にして撤退した。
基地に戻り事情を説明するなり、軍法会議にかけられ、営倉にぶちこまれた。
だが、檻にバカでかい鍵がかけられるその時まで、モチこんび少尉とTAK☆ITA少尉の顔には、安らかな表情だけがあったという。
カタタタ
カタ
文芸暦五年 十二月二十一日
辺境未完区域における敵性機体の『発生』事件
元A級ファンタジー小説部隊所属 インギー大尉
……生死不明。機体『かーみら!』は損傷しつつも逃走
目下、行方不明
なお救難信号を発信していたのは『かーみら!』だと思われる
第十七ライトノベル部隊
通称『ニュームーン部隊』所属 ポラガ少尉
……謎の霧に精神汚染され同志に牙を剥く
以後、敵性機体として『死人延長線』をエネミーコードに登録
ヒトフタフタフタ、マルマルマルマルをもって
全兵にミッション・プロット『9802』を発令
――発見し次第、『敵』を撃破せよ!
『ニュームーン部隊』所属
モチこんび『地獄黙示録』少尉
ならびに
TAK☆ITA『兄の聖戦』少尉
……敵前逃亡の咎で軍法会議に処せられた結果、営倉入り
機体にわずかながら付着していた霧はDr.ミツミサトリ特別大尉に調査を依頼
調査結果はいまだ出ていない