静かな日。果たしてそれは何の事を指していたのだろうと、今になって私は思う。
ぜいぜいと切らした息を落ちつける。そして、初めてこの部屋に入った時のようにベッドに座った。
見た感じ、汚れては居ない。だが体重をかけると少しバネの軋む音がする。中身は段々と古くなっているらしい。この部屋は基本的にあの時から変わっていない。それでも時間が経つにつれ、こうして変化を徐々に見せている。
主を無くしたものは、今もこうして在り続けている。ただしそれは人の心がどうあろうとも無情に刻まれるもの。どういう想いで死んでいったのかをうかがい知る術にはならない。
それでも憶測で推定するならば、多分お姉ちゃんは平穏を取り戻すことは無かったのだと私は思う。事態は確実に好転していったのだけれどどこで選択を間違ったのだろう。どういうわけかゴールはこうなっていた。
もとより何にしても人生において選択肢なんて無限に近く、広大な大地をコンパスもなく疾走するに等しい。だから過去に遡れた所で今度こそ正解の道を辿れる自信など無い。
正解の定義まで行くと収拾がつかなくなってしまうのでそれは各々の最善か、少なからず満足できるものであるということにしておこう。
だが、お姉ちゃんにとってこの結末は正解ではなかったはずだ。では何が求める結末だったのか。最近、もしかしたら静かな日というのは建前で本当は友達の居た日にまで戻りたかったんじゃないかと考えている。
なぜなら、彼女が自身の過去に触れる時はいつも悲しい表情をしていたから。恐怖ではなく喪失感を思わせるものだった。
お姉ちゃんは最後まで家から出ることはしなかった。けれど、インターネットを通じてそれなりに交流はしていたようだし、人が嫌いになったわけではなかっただろう。話している時もところどころ温かみは伝わってきたのははっきりと覚えている。
グレたような態度は、自身を諦めさせるためのものだったのかもしれない。独りで居続ける、すなわち静かな日を過ごすことは希望を持たずに居たかったからともとれる。でも、願いは意図的に止められるものではない。
私は三度深く息を吸って呼吸の最終調整を行う。そよぐ風に伴って見え隠れする過去の跡でまた乱れそうにはなるものの、どうにかこらえる。
お姉ちゃんとの思い出は嫌なことばかりではない。周りが黒く塗りつぶされている中僅かに目立つ白はある。この部屋を処理せずに残しているのはその僅かを消したくないと言う気持ちもあるだろう。
けれど、大半が良いとは言えないものであることは否めない。
「いいか。俺が殺したと言うこの事実を、忘れるな」
黒の中でも、光を一遍も残さないような暗闇と同じ色をした記憶。あの言葉はどうしても忘れられないのだ。
何故。何度繰り返しても答えの出ない問いをもしあの時聞いていたなら、答えてくれただろうか。