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【四年前 十月】

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「おはようございます」
 朝、月曜日。週の始まりです。
「ああ、おはよう」
 目覚めてすぐ向かうのはリビングではなくお姉ちゃんの部屋。行くと必ず起きています。寝顔を見たことがありません。と言っても顔を合わせられるようになったのはつい最近のことなのですけれど。
 パソコンを見ているのでこちらからは背中しかみえません。
「それじゃあ、ご飯食べてきますね。お姉ちゃんは?」
「食べねぇよ。つーか、だからさぁ」
 指摘されて気付きます。
「あっ」
「やり直し」
「はい。あ、いや、うん。それじゃあご飯食べてくるね」
「おーけー」
 お姉ちゃんは背中を向けたまま親指を立ててこちらに向けました。元気のかけらもない合格のサイン。それを見て私は扉を閉じ、お母さんの元へと足を運びます。
 あれからとりあえず話し方を直すべく指導してもらっています。いや、チェックですかね。別にどう話したらいいか悩むことも無いのですから。でも、ずっと使っていたものなので意識しないとどうにも難しいのです。
 あ、ほらまた。気を抜くとすぐにこうだ。
 これで本当にどうにかなればいいとは思いま……思う。でも、こうしてお姉ちゃんと話して居られるということで実は少し満足している。
 と、こんな感じかな。
「おはようございます」
「あら、おはよう」
 口調の問題と目上の人に対する丁寧語とは別問題なのでいつも通りに挨拶する。しばらくは年上の人と話した方が楽になるかもしれない。年長と言えばお姉ちゃんもそうだけど、姉妹だから。
 朝日が入り始め明るいリビング。キッチンで料理をしているお母さん。いつもの風景ではあるものの、何かが違って見えた。薄暗いフィルターが外れたよう。と言うと大げさかも知れない。でも存外、正解かはさておいてとにかく道が見えるということはそれだけの意味があるのだと思う。
「はい」
「いただきます」
 テーブルの上にはパンとハムエッグ、それとコーンスープ。黄身の上に醤油をたらして、パンにはバターを塗る。本当は乗っけて一緒に食べてしまった方が楽なのだけど、はしたないと言われたくは無いので別にして食べる。お母さんはそう言うことにはうるさいのだ。こんな大人になれたらいいと思える手本の言葉なので私は素直に聞いている。
 合間にコーンスープを飲む。粉をお湯で溶かすタイプなので初めにかき回さないとあとでだまがでてきてしまう。そうならないように素早くスプーンを回し、舌を火傷しないか注意深く温度を確かめつつ飲む。程良く身体が温めてくれた。まだ10月と寒い季節では無いもののときおり肌寒くなるようにはなってきた頃だ。
 時計を見ると7時半を指している。8時に家を出ればゆうに間に合う。お化粧でもすればもう少し時間はかかるのかもしれない。中学生と言ってもやってる子はいる。先生はうるさくないので特にとがめられることは無い。公立校だからじゃないかしら、とお母さんは言っていた。私立だと違うのかな?
 あれ、そういえばお姉ちゃんは高校生の歳なのにお化粧してないよな。って、家からでなかったら買えるはずもないか。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
 少し休んだら、次は歯を磨いて顔を洗う。そうしたら自分の部屋で着替える。鞄の中身は前の日に揃えてあるから後は出るだけだ。
「それじゃあ行ってくるね」
 そう言うと、お母さんは洗い物をしていたのを中断し玄関まで送ってくれた。
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
「うん、行ってきます」
 靴を履いて、挨拶をして、学校へと向かう。私は玄関から道へ出ると右の方へと歩き出す。
 少し進むと、お姉ちゃんの部屋の窓が見えるようになる。初めは気付かなかったけれど、どうやらこちらを覗いているみたい。手を振るとカーテンが急いで閉まるのが分かる。どんな表情をしているかは流石に分からないものの、悪い気はしないものだ。

 ……ふぅ、やっぱり慣れないのです。少しずつ慣らしていけばいいと言われたのですけど、どうやらいきなりずっとはやろうとしても厳しいみたいです。
 小休止、小休止。一人の時くらいは、ね。
 やっぱりいきなり話し方を変えるとみんなびっくりするみたいです。「じきにそれに慣れる時が来る。そこからが勝負だ」と言われましたけど、いつになるんでしょうか。
 友達、またできればいいです。
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