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【四年前 十二月 弐】

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「あれ、お母さん。今日はお父さん早いの?」
「いつも通り遅いわよ。何か用事でもあった?」
「食器三人分出てるけど」
 夕食前。何か準備を手伝おうとしたときだった。
「何言ってるのうちは四人家族なんだから」
 お母さんはとても嬉しそうに言った。鼻歌こそないものの、包丁は踊るようなリズムを奏でている。刃のまな板に当たる音がとても明るい。
 学校に言ってる間に何か良いことがあったみたい。近頃疲れ気味だったお母さんがこんな顔をするのは久しぶり。よほどいいことがあったのだ。つられて私も楽しくなってしまう。
「今日は何作るの?」
「ハンバーグよ」
「私も手伝っていい?」
「もちろん。むしろお願いしたいわ。じゃあまず手を洗って。そうね、じゃあ切り終わったらこねてもらおうかしら」
「はーい」
 洗い終わってから、肉と野菜の混合物をひたすら混ぜる。塊をぐっと握ると指の間からあふれてくる。これがあの美味しいものになるとは到底思えない。
 しかし、この感触は地味にはまるなぁ。何とも言えないこのぐにぐにが……。
「あれ、そういえば豆腐は?」
「今日は無しよ。たまにはね」
 豆腐嫌いと言うわけじゃないが、そう聞いてついいつもよりも気合が入ってしまう。
 そうして出来上がったものを形を整えて焼く。すると、見ただけでもよだれが出そうなハンバーグのできあがりだ。ちなみにソースはお母さんが作ってくれた。
「うん、できた」
「じゃあ皿にのせよっか」
「あ、じゃあ私呼んでくるよ」
「そうね、お願い」
 軽く水で流して、私はリビングを出ようとする。
「必要なかったっぽいよ」
 ノブに手をかける瞬間、既にガラスの向こうに人影が見えていた。邪魔にならないように手をひっこめる。
「……なんだよ」
「え? なんでもないよ? よくご飯だって分かったね」
「臭いで分かるっての。それにお前が二階に居る時は大体この時間に呼ばれるだろ。『ご飯よー!』って」
 ばつが悪そうにリビングに入ってくる様子が少し可愛く見えた。言ったら確実にどやされるから言わないけれど、やっぱり女の子なんだと思う。なんだろう、なんだか綺麗に見える。化粧をしているわけじゃない。本来の端麗さとでもいうのだろうか。肌は見るからにすべすべしているし、髪も欲しいくらいの艶やかさだ。
「さぁ、腹減った。食おうぜ」
「あ、うん」

 向かいにはお母さん、隣にお姉ちゃんがテーブルに対して座っている。いただきます、と言ってからは食器同士の小さくぶつかる音のみがカチャカチャと鳴っていた。なんともぎこちない、けれど温かい雰囲気。
 邪魔しては悪いので、横やりはよしてただ夕飯に下鼓をうつことにした。ああ、おいしい。やっぱ豆腐ないと違うなぁ。
「おいしい?」
 途中、お母さんがお姉ちゃんに言った。
「ん? あ、ああ……うまい、かな」
「そう、よかった!」
 横で見ているだけなのに、なんでこんなに嬉しいんだろう。
 私が変わっていったように、みんな変わっていくんだ。わだかまりだって無くなっていく。きっとこれからだって、そのはずだ。
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