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【三年前 二月】

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「なぁ、いつも二人で食ってたのか?」
 お姉ちゃんは最近部屋に閉じこもることも無く家の中を自由に歩いているみたい。それでもやはり外には出ないらしいけれど。
 とはいえ、私は昼学校だから一緒に食べられない。朝ご飯の時間はまだお姉ちゃんは食べる気がしないらしいので無理。だから、三人が顔を突き合わせて食卓を囲むのは夕食時しかなかった。
 前はお母さんと二人きりだったから、今は前よりも楽しい。
「うん、そうだよ」
「親父は?」
「遅いもん。朝になったら何故か居るけど、何時帰ってきたのかさえ分かんない。土日も結構家に居ないしね。お母さんは何時に帰ってきてるか知ってる?」
「きっと残業なのよ。平日は12時過ぎに帰ってくるわね。土日はまちまち。まぁもともと遊び好きな人だからね」
「私とは遊んでくれないのに」
 ちょっとむくれてみる。
「やっぱり友達、ってのがいいんじゃないかしら。あなただって男の子よりも女の子と遊びたいでしょ?」
「そりゃあ、そうだけど……」
「へっ、遊び相手が“男”友達だったらいいけどな」
 お姉ちゃんが悪態をつく。毎度思うんだけど自分のことを呼ぶ時も俺だし、いっそ性転換した方がらしいんじゃないかな。ああ、ヤンキーって女の子でもみんなそうなのかな。
 なんて失礼なことを考えてみる。でももし男だったら、なんとなく部屋には入りづらい。やっぱり女の子のままでいて欲しい。そんな感じで自己完結。
 お母さんは少し笑っていた。
「でも会社の人は女の方もいらっしゃるだろうから、飲み会とか、男だけってわけにはいかないんじゃない?」
「そういう意味じゃないんだけどな……」
 お姉ちゃんはどこか呆れているみたい。

「「「ごちそうさまでした」」」
 全員が食べ終わると、合唱のように揃えて挨拶をする。そうしてから同じ食器を重ねてながし台へ持っていく。
「はぁー、食った食った!」
 持っていくのは妹だけで、姉は早速ソファーでふんぞり返っているわけだけど。
「ふふっ」
 溜息をつく私をみて、お母さんは笑う。
「どうしたの?」
「いや、やっぱりいいものね。子供と食べるって」
「そうだね。二人は寂しいもん」
 一人増えただけでこんなに明るくなるんだよね。そう思えば、あそこでくつろぎまくっているのも許せるかな。こんなに笑顔を見せてくれるお母さんも久しぶりだし。

 ヴィィィィイイ。
 と、急に何かが振動している音が聞こえた。
「あっ、メールかな」
 テーブルの上に置かれている携帯電話をとり、開ける。新着メールだった。差出人は――坂巻さんだ。
『題名:お暇かな?
 やほー! 最近調子はどうかな? 風邪とか引いてないかな? なんか流行ってるらしいよ、インフルエンザ。妹ちゃんも気を付けてね~。あ、でも注射痛いから私は予防接種は遠慮しておこう 笑。子供は風邪の子っていうしね~。そんないちいちビビってちゃあだめだよね。
 と、いうわけでお外に出ましょう! 
 つまりは一緒に遊ばない? ってことなんだけど、どうかな?』
 私はすぐに返信を出した。
『題名:Re:お暇かな?
 もちろんです!』
「うん、快晴快晴! 良い天気だね~! もしかして妹ちゃんは晴れ女かな?」
 最寄駅から二つ行った所にある大きな駅で下車した私達は、西口へ出て洋服店の多い道へと歩いた。
 流石日曜日。友達グループ、カップル、家族連れといった様々な種類の人々が集まっており、たくさんの頭がバラバラに色々な方へと不規則に蠢いている。今日は私もその一人だ。
「さって、行きますか~。まずどこ行こう?」
「じゃああの店行きましょう」
「ああ。あそこいいよね~!」
 制服姿しか知らないかったのでなんだか緊張してしまう。
 二月末。もう少しすればぽかぽかとした春がやってくるがまだ寒い。坂巻さんもコートを着、マフラーを巻いていた。
 厚手の服というのはボディラインを隠してくれる。そういう意味では私は冬という季節は大好きだ。だが、貧しいのは隠してくれても富めるものは完全にカバーしてくれるわけじゃない。
 例えばコートの上からでも分かる隣に立つ彼女の胸元の膨らみは、自分のそれと比べるとなんだか切なくなってくる。目線の高さが同じだけになおさらだ。人ごみに混じってもすいすいと避けていけるのが物悲しい。あっちも身軽なステップで避けていっているけれど。……運動能力まで負けてるのか。
 うらやましいなぁ。
「ん? どうしたの?」
 坂巻さんはこちらの目線に気付いて首を傾けた。
「いえ、なんでもないですよ?」
「ほらほら、入ろうよ!」
 そうして目的地の店へと手を引っ張られながら中へ入る。なんか地味に力が強い。
 店内は自分たちと同じくらいの子で一杯だった。全体的に可愛らしい服がそろっている。逆に言えば30代の女性が着るようなものは置いてない。
 前は良く来ていたけど、最近はお出かけすることもなかったから久しい。最後に行った日から季節も変わっているためもあるだろう、すっかり様変わりしていた。
「これいいかも! どう?」
 坂巻さんは早速お気に入りを見つけたようだ。
「いいんじゃないですか? 良く似合ってますよ」
 ハンガーにかかった服を身体に合わせているのを見て、私はそう返した。
 これはお世辞じゃない。本当だ。
 春先に向けたワンピースだった。全体的に薄いピンク色ですらっと長い。元気印のイメージとはややずれた色彩だけれど、着たらぴったりだと思う。
 冷静に考えたらモデルをやっててもおかしくないような容姿とスタイルだ。
「かわいいし好きな色だし着てみようかな! ちょっと行ってくるね~! 妹ちゃんもいいの選んどきなよっ」
「あ、はい」
 スキップのような調子で着衣室近くの店員さんの方へ向かっていく様子をみつつ、言われた通り自分の服も探すことにした。
 これから遊ぶ友達できるかも、いや、作るんだから買っておかないと。女の子の世界はこう言う所にお金がかかるのだ。でもまだ化粧品を買っている子よりは出費は少ない。中学生でそこまでは大半が踏み込めていないだろう。やりたいのは山々だけど。
 店をきょろきょろと見回す。
 沢山の色が混じり、遠めだとどれがどれだか分からない――。
「あっ」
 新しいものだろう、綺麗にマネキンに着せられているとある服に私の眼が釘付けになった。ふわふわとした白いスカート。
 前からどこかで知っていて欲しくなったというわけじゃない。これが一目ぼれというのかな。パズルのピースが合うような、すっと腑に落ちる感触というのか。
 つい見とれてしまう。
「へぇ、こういうの好きなんだー」
 と、急に後ろから話しかけられた。
「えっ?! あっ、あああはい!」
 すっかり気を抜いていたため不意打ちになる。反射的にびくりと身体を跳ねて振りかえると居たのは坂巻さん。もう試着終わったのか、私が長く見つめすぎていたのか。
「ふむふむ、こういうのがタイプなのかー」
「いえ……あ、はい」
「私もこう言うの好きだけどね~。自分には合わないんだよ。やっぱ今日はこれかな!」
「さっきのですか」
「えへへ~!」
 にこやかに高く掲げている様子は先輩ながら子供のような微笑ましい光景だ。
「妹ちゃんも買っときなよ~!」
「ああ、はい。でも……これちょっと高い」
「ん? ああ、10000円かぁ。まだバイトもできないしねぇ。お金無いか」
「ですね……」
 残念ながら樋口一葉さんさえ装備すること自体難しい。今日はお年玉分があるのでそれなりあるが、やはり大金だ。そういえばお姉ちゃんはお小遣いを貰っているのだろうか。今度聞いてみよう。
「よーし! ここは私がカンパしてあげよう! ほい、10000円!」
「えっ?! そんな、いいですよ!」
「いいっていいって。この前給料日だったんだー。ここは素直にお姉さんに奢られときなさいっ」
 そう言って私の開いてる手に諭吉1枚を押し当ててぎゅうと握らせた。抵抗しようにも力負けしてしまう。
「大丈夫、大丈夫。私だって欲しいものは逃がしたくないからさ。気持ちは分かるよ。『初遊び記念プレゼント!』ってことでどうかな?」
「でも、それだと私も何か渡さないと……」
「ならまた私と遊んでよ! それでも気が済まないっていうなら……うん、来月のお小遣いでお昼ご飯でも奢ってチャラ! ね?」
「全然額合わないじゃないですか」
 高級レストランでも行けば別だけど、多分そうはならない。
「うーん、小難しい子だなぁ。ま、お金じゃあ貰いにくいか。おっけおっけ」
 ようやっと握らされた手が解放される。ああようやっと諦めてくれたかと安堵する。そうして「んじゃ、またちょっと見てくるね」と言って坂巻さんは消えてしまった。私は取り残される。一緒に見るんじゃなかったのか。
 でも欲しかったなぁこれ。なんで高いの。って中学生にとっては、か。案外高校生にははした金かもしれない、って駄目駄目駄目! 1円でもお金なんだから、簡単に貰っちゃ駄目だよ。今回はそれに零が四つもつくんだもの。
 名残惜しいものの我慢するしかない。幸いここは安くていいものは一杯あるから。
 すぱっと頭を切り替えて他の服を探すことにした。

「いやー、買ったねー!」
「ホントすごいですねそれ……」
 両脇には一杯詰まった大きな手さげ袋がおいてある。かたや私は一枚だけだ。
 流石にお金を使いすぎたようで、私達は喫茶店へと移動した。昔は夕方まで喋りこんでいたものだ。なんて懐かしむとなんだか大人の人みたいだから止めよう。もう手遅れな気もするけれど。
「うんそれじゃー、はいこれ」
「えっ?!」
 おもむろに差し出されたものに衝撃を受ける。
 “これ”というのは他でもない。さっきの白いスカートだった。
「お金なら抵抗あるかもだけど、これならどうかな」
 やられたと思う。私を一人にしたのは、これを買うためだったのか。
「いやいやいや、一緒ですから!」
「んーでもなぁ。私こう言うのはかないんだよね。かといって姉妹も居ないしさ。貰ってくんなきゃお蔵入りだもの。もったいなくない?」
「それは……そうかもですけど」
「よし決まりっ! はいじゃあ入れとこう!」
「あっ!」
 迂闊にも服がねじ込まれる。といっても荒っぽくではなく素早くだ。
 なんだかもう、勝てないな。私は観念する。
「……なんかすいません」
「うーん。『すいません』もいいけどねぇ。なんか他人みたいじゃない、それ。もっと別の言葉の方が嬉しいかも」
「……ありがとう」
「うん、それだ! ありがと!」
 
 その日は暗くなるまで話した。とはいえ日が落ちるのが早い季節、夏ならばまだ夕方の時間だ。
 「またね!」と言って別れる。それがとても嬉しかった。
39, 38

  

 くるくる。
 部屋の鏡の前で一周。柔らかい白い生地が遠心力で広がり円を作る。何となく鏡の前でポーズをつくる。
「へっへへー」
「えらく上機嫌じゃねーか」
「お姉ちゃん!? なんで私の部屋にいるのです?!」
 声のしたほうを振り返ってみると少し開いたドアの隙間から怪しげな長髪の女が立っていた。急に恥ずかしくなって鏡を見ずとも顔が真っ赤になるのがわかる。
「落ち着け、なんか語尾が至極懐かしくなってるぞ。鼻歌交じりのスキップで部屋の前を通られたら誰だって気になるだろ……」
「あれ? 私そんなことしてました?」
「無意識かよ。んで? 今日はお友達と遊んだのか? で、そのスカートを買ったと」
 言われて今日あったことを思い出し、また少しご機嫌になった。
「いいでしょ~!」
 得意げに見せびらかしてみる。まぁおしゃれっ気のない人にはわからないかもしれない。姉に付随している二つの気だるそうなじと目は「こいつ何大丈夫か?」と言っていた。
「お前がいいんならいいけどよ。今更エロかわ路線かよ」
「エロかわ? かわいいのはわかるけど、そんな破廉恥な要素ないじゃない」
「うっすらパンツ見せといて何言ってる」
「え?」
 そろりそろり。私は視線を下に傾ける。白いふわふわの中になんだろう、とても見覚えのある、同じく白い二等辺三角形が。
「きゃああああああああ!」
「気付いてよかったなー。つうか、普通そういうのって下になんか穿くもんだぞ。ペチコートとかよ」
「早く言ってよ!」
「言ったじゃん」
「あああああもう!」
 急いで脱いで元のスカートを穿きなおす。自己最速記録を打ち出したに違いない。とはいえ細心の注意を払って傷つけないようにしたよ。
 手早く、丁寧に。どっかで職人としても生きていけるかもしれないほどの手際を無駄に発揮する。とか他のことを考えてさっきまでの記憶を本格的に消しにかかってみる。
「んなこといったって過去は変わんないぞ」
「見透かしたようなこと言わないで!」
「図星かよ」
 言われた通り過ぎたことは変えようもなく、くろーい歴史を新たにもう一つ抱え込んだ私はうなだれつつも会話する。
「ええ、買ってもらったの。だから何かしてあげたいんだけど」
「相手が好きでやったことだ、別にいいだろ――って言った所でそれでも何かお返ししたいとか言いそうだな」
「ご名答です」
「だから微妙に昔の口調を使うなって。何かしたいっていうなら、本人に聞けばいいんじゃないか? 自分も何かプレゼントしたいって言えば無下にはできないだろ」
「それが一番妥当かな?」
「だろうよ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「いいってことよ」
 得意げににやけられた。でも自分も人のことは言えないかもしれない。
 そういえば私の部屋にお姉ちゃんが来るのは初めてのことだ。本人は全く気にする風でないが、最初の時と比べれば驚きのビフォーアフター。時間というのはかくもすごいものなんだなぁ。
 と、私が柄にもなく感心していると。
「ちょっと待って!! ねぇ!!」
 急に一階のほうから大きな声が聞こえる。叫んでいるようだった。
「なんだなんだ?」
「降りてみよう」
 一緒に階段を下りる。玄関には誰もいない。とすればリビングだ。
「お母さん?」
 私が先導して中に入る。
 電話の子機を持ちながら、うつむきつつソファーに座る姿がそこにはあった。
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