10月。会社近くの駅で最近、猫2匹組による素人漫才が行われているらしい。
仕事が早く終わった日、後輩に誘われて、噂の猫漫才師を見に行った。ついた頃には既に人だかりが出来ていたが、どうにか見れる位置をとれた。
彼らは両方黒猫で、若干太っている方が突っ込みで、すらりと長い方がボケなのだそうだ。
「どうもこんばんは! 黒猫漫才です」
「やあ、どうもどうもー」
「いやー僕らこうしてね、路上で漫才をやらせてもらってるんですけども」
「皆さん面白かったらこの帽子の中にご祝儀の方お願いしますねー」
「はいお願いしますー」
「出来れば札の方でお願いしますね」
「いきなりやらしいよ。まあほんとそうなんですけどね、えへへ」
「やっていきますか」
「そうですね。ところで君、毛が伸びちゃってるね」
「あら、本当ですか」
「最近トリミングやってないでしょ」
「トリミングっていうとあれですか、ムシキングみたいなもんですか」
「全然違うよ! しかも古いよ! トリミングってのは、僕ら猫なんかの毛を刈って整えてもらう事ですよ。トリマーさんにね」
「あーあー、あれですか。アレしたりこれしたりそれしたりするやつね」
「分かってないだろ」
「ああそう」
「まあ要するにね、君は毛が伸びちゃってるから、美容室行って、トリミングしてもらったほうが良いよって事。人前に出る商売なんだから、見た目は大事ですよ」
「えー、だって行ったこと無いから分からないもの」
「行った事ない?」
「うん、無いよ。試しにここでやってみていいですか?」
「おう、いいよいいよ。それじゃ俺がトリマーさんやるから、お前客ね」
「よしきた」
「いらっしゃいませー。今日はどんな風にカットされますか?」
「あ……ちょっと待って……」
「ん? どしたどした? ネタ始まったばっかりだぞ」
「なんか……やばいわ」
「やばい? え?」
「すっげえスベる気がする」
「ちょっとちょっと! ネタ入る前にそんな事言わないでよ」
「やっぱ医者ネタにしない?」
「え!?」
「医者ネタの方なら絶対ウケるって」
「ここまでの流れ全部無視して医者ネタやんの!?」
「いやーだってスベるの絶対に嫌だもの……君は良くても僕は嫌だもの」
「僕も全然良くないですけど」
「とにかく、美容室ネタやめて医者ネタにしよう! な?」
「おお……そんなに押されたら仕方ない」
「恩に着るわ! 絶対お前が俺に!」
「さりげなく主語をすりかえないでね」
「やろやろ。俺が医者で、お前が患者な」
「はいはい。……えー、ごほんごほん」
「今日はどうされましたー?」
「いやーなんか熱っぽくて、風邪ですかね」
「違うんじゃないですかね」
「何すか、それ。ちゃんと見てから言ってくださいよ。とりあえず否定した、みたいな」
「だって風邪なんてね、重い病気にかかっている人は、わざわざ病院なんて来ないですもの」
「いや来るよ! 風邪ひいたからわざわざ病院来てるんだろうがよ!」
「あーはいはい。じゃあ体のほう見せてもらいますから、後ろ向いて、背中見せてくださいね」
「適当だなぁ……まあ、はい。分かりました」
「……」
「……」
「……」
「……あれ? 先生?」
「……」
「先生? ……ってオイ! 何で他人みたいなフリしてるんだよ! ネタの途中だよ!? 相方ほっぽりだしていきなり通行人気取りか!」
「ぶはは」
「笑ってんじゃねーよ!」
「分かった分かった。次はちゃんとやるから。……とんとん、とんとん、あ、こりゃモテない病だね」
「そんな病気あるか! ていうかほぼ見た目で診断してるじゃねえか」
「手術の必要がありますから」
「手術で治んの!? 治んなら是非手術して欲しいわ!」
「はい、じゃあ横になって」
「本当にすんの!?」
「モテないって嫌でしょう? 手術で治りますから」
「本当かなぁ……。まあいいや、ここまできたら、もうね。はい、横になりましたよ」
「……うーん、はいはい。うーん、ほう」
「何が分かったんだろうね」
「あー、はいはい。あーあ、そうきたか。ところで、どこかかゆい所ありませんか?」
「それ美容師ネタね!? 混ざっちゃってるから!」
「今日はどんな感じにしておきましょうか?」
「いや健康に! そのモテない病とやらを治してくれればそれで!」
「お客さんしばらく来ないから伸びちゃってますよ」
「それはお前!」
「じゃあ、ばっさりいっておきますか」
「やっぱりこれ美容師ネタだ! 未練あるんだったら最初から美容師ネタやれば良かったんだろうがよ!」
「いやいや、ばっさりってこっちね」
「?」
「臓器の方ね」
「いかれてたまるか! いい加減にしろ! どうも、ありがとうございましたー」
「したー」
ネタが終わると、帽子の中に人々が小銭を投げ入れた。中には札を入れる者もいる。黒猫達はその1つ1つに深々とお辞儀をして、ありがとうございますを連呼していた。しっかり笑わせてもらった俺も、財布にあった500円玉を投げ入れておいた。
なんでも、彼らはこうして日銭を稼いで、2人だけで家を借りて生活しているらしい。夢はプロデビューだそうで、彼らをテレビで見られる日もそう遠くはないかもしれない。
そんな事を思いながら帰ると、家ではいつも通り、うちのぐーたら猫が、寝転がって雑誌を読みながら笑っていた。俺は一言、声をかける。
「おい、ニート」
「!?」