Neetel Inside ニートノベル
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 ○

 押見たちと別れてからの駅前で、見覚えのある後ろ姿をみつけた。
 妙な雰囲気を醸し出すその人物は、できれば関わりたくない気がしたが、ここで俺が声をかけてやらないと、それはそれでお世話になりたくない人に声をかけられて可哀想な目に遭いそうだったので、仕方なくだが声をかけた。
「おい、ストーカーめ」
 すまん、訂正。注意を呼びかけた。
「わっ、私はストーカーとかそんな怪しいものじゃなくてですね、本当ですよ、だからそのた、逮捕とか職務質問とかそういうのは本当ご勘弁してくださいお願いします」
「よかろう」
「ありがたや~って、なんだい芝野くんか。自転車なんて押してるから本当に警察かと思ったよ」
 前坂が安心したような表情で微笑む。なんでこういつも楽しそうなんだ。振り向いた先が警察じゃなくて俺だったことに少しは感謝してほしいものだ。
「で、なに怪しいことしてるんだ」
「べ、別に怪しくなんかないよ……」
「嘘つけ。ストーカーって言葉でものすごく反応して必死に弁解してたのにか」
「あれはですねぇ、その……」
 てっきりそのまま言い訳を並べるのかと思ったが、予想に反して素直というか、前坂は口を閉じて両肩を落とした。
 ちなみにこいつがどんな怪しい行動をしていたかというと、テンプレの刑事ドラマよろしく、電柱に隠れながらある一定方向を観察していたのだ。あれを見たら百人中百人が怪しいと思うだろうな。
「ついつい、だよ。というか観察してたのはなにも私だけじゃないんだよ?」
 前坂に促されるように周りを見回してみると、確かに駅前を歩く北高生徒のなかにはある一定の方向を時々気にしている人が何人かいる。しかし、観察と言ってもチラ見程度。凝視していたのは前坂くらいだろう。
 人々の視線の先を追ってみると学校でよく耳にする名前の喫茶店があった。一面ガラス張りでオープンテラスまであるオシャレな雰囲気を醸し出すその店は、マクドなどに比べるとお値段も高いが、そのオシャレさゆえに一部の生徒の放課後の溜まり場になったりする店だ。
 そういうことに興味が薄い、というか財布が薄い俺は一度も入ったことがない。
 さすがに試験前のこの時期では、北高の生徒もそう多くは利用しないはずだが、店内の一番目立つ窓際の席に、同じ学校の制服を着た男女二人の姿を確認する。
「芝野くんも隠れてっ」
 その男女の顔を確認しようとしたところで前坂に突然服を引っ張られ、俺までもが電柱の影から観察するかたちになる。顎の下に前坂の栗色の頭がすぐあって、妙に近い距離なのだがどうしてここまでして隠れる必要があるのだろうか。それに左手だけで自転車を支えていて、結構しんどい体勢だ。
 文句の一つでも言ってやろうと思ったが、前坂に人差し指を立てて「静かに」と制される。探偵ごっこだな。
「試験前なのに呑気なもんだな」
「あの二人のこと?」
「おまえもなー」
「私はばっちりだもん。全然大丈夫だもん」
 だいたいの見当はついていたが店内にいたのは鈴村と天原の二人だった。前坂が熱心に見る対象なんてこいつらくらいしかいないだろう。
「前坂、住んでるの苦楽園じゃなかったっけ」
「そうだよ」
 苦楽園は学校からだと駅の方向とは違う。前坂がこんな駅前まで学校帰りに寄るなんてことはそれなりの理由か用事がないとおかしいのだが。
「なんでこんなところいるんだ? まさか学校からあの二人のあとつけてきたわけじゃないだろうな?」
「そ、そんなわけないよ。私は……その、そうだ! お母さんに買い物を頼まれたんですよ」
 言葉のあいだに聞こえたひらめきのような声が気になったが、まさかソーダの買い物でも頼まれたのだろうか。
「ほう、そうか。俺も買い物で今日は駅前まで寄ってきたんだ。一緒に行くか?」
「すいません、嘘です。お金ありません……」
 なんだよそれと、前坂の行動力に呆れるしかない。
 どうやらこの様子だと本当に二人が気になって、学校からわざわざ自分の家とは逆方向の駅前までついてきたようだ。大した観察者様だな。
「でも、あの二人を気にしてるのは私だけじゃないよ」
「それはさっきも聞いたぞ。たしかに気にしてるやつは多いかもしれないが、家とは違う方向の帰り道まで跡をつけてきて電柱の影からこっそり凝視しているやつなんて、前坂くらいだ」
「うう……」
 しかし、傍から見れば俺もそんな前坂と同じ怪しいやつだったことに気づく。
 注意してみると、周りの視線は鈴村たちよりむしろ俺たちに集まってるじゃないか。そりゃ、電柱に隠れてこんなことしてたらおかしいよな。
「がっ、何をするか、芝野くん!」
 そんな自分の置かれた状況を悟ってしまった瞬間、反射的に顔の下にあった前坂の頭を手で押し離してしまった。前坂の顔が電柱からはみ出て、ついでに体勢がスーパー猫背になった。
「もう前坂も帰れ。こんなところまで来て……、ここからじゃ帰るのにも時間かかるだろう」
「乗して行ってくれるの?」
「アホか」
「冷たいなー。でもでも、やっとあの二人の恋人らしい場面に遭遇したんだよ」
「これからそんな場面いくらでも見れるだろう。ほっといてやれよ」
 前坂は俺の自転車のかごをがっちりと掴んだまま、しばらく納得できないような表情をしていたが、伸びた自分の長い影を見てか、ようやく帰ることにしたらしい。
「私も駅組がよかったなー」
「自転車組はいつでも大歓迎だぜ」
「いやだよ、坂が多くて」

       

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