Neetel Inside ニートノベル
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 もう二時間は経っただろうか。よく晴れているので、夕焼けと月が同時に見えた。うーん、今日もいい夕方だなあ。
「うっし、そろそろ終わるか」
「あ、はい」
 会長へのメールを打つ小さいカチカチという音が、うっすらと屋上に広がっていく。そしてそれを時折吹くビル風の音がさらっていった。
『衝撃の衝動:スミエスーパーの近くで自転車泥棒があったらしいよ!』
 偶然見たパソコンの画面に新しい書き込みが表示された。
「あ、新しい書き込みですよ」
「あー、いいよ無視して」
 携帯を閉じて、書き込みを横目でみながらヒロミは言った。
 僕は絶句した。と同時にさっき感じた違和感がまた現れた。
 

 ヒーローとは、弱い人を助け、悪を倒す、正義の味方。少なくとも言い訳したり、助けを求める人を無視とかする人じゃない。僕のヒーローはこんなのじゃない……。


「……なんで、なんでですか? なんで助けないんですか?」
 その言葉に彼女は一瞬静止したように見えた。そしてすぐ、鋭い眼光が僕を襲う。
「うるさいなあ……。前からこういう感じでやってんだよ」
 もう、我慢できない。その思いが浮かんだ時には、もうすでに口は開いていた。
「助けを求めてる人が居るんですよ!? さっきのサイトだってそうです! なんでこんな……、こんなのヒーローじゃ――」
「うるさいって言ってんだろ!!」
 静かな夕方を怒号が一閃する。その迫力は有無を言わさず僕を黙らせた。でもここで引くわけにはいかない。でもその後は何も言えなかった。
 僕を睨む彼女の目には涙が浮かんでいて、それが何もさせなかったからだ。
「う、あ……」
 泣かせた。しかも女の子を……。さっきまでの葛藤はどこかに行って、それだけが頭の中を駆け巡った。
「何も知らないくせに……、お前に何か言われる筋合いは無いん――」
「たっだいまー!」
 なんともタイミングの悪い人だ。会長はその場の空気など露知らず、「あー、暑い! いやあ今日もいい汗かいたよ」と一仕事終わったあとの爽やかな笑顔を見せた。その後彼がこの状況に気づいたのは、僕らの方にすこし歩いた時だった。
「あ、あれ?」
「……気分悪い。帰る」
 ヒロミは会長に顔を見せることなくその場から走り去った。
「何かあったの?」と彼女の背中を見送りながら会長は言った。
 僕はうつむいて黙ったままでいた。

       

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