Neetel Inside ニートノベル
表紙

あの世横丁ぎゃんぶる稀譚
19.弱虫

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「門倉いづるを取り逃がしたそうね」
「ああ。惜しかったんだけどな」
 羅刹門の最上階、閻魔の寝室に志馬と詩織はいた。どこかの皇族の寝室を中華風にアレンジしたような部屋で、志馬はベッドに腰かけ、詩織はそれを冷たく見下ろしていた。
「あたしはあんたが門倉を消してくれるっていうから手を組んでる。そのためにいろんなお膳立てもしてあげたし、あんたの味方もしてあげている。それもすべてはあの害虫まがいのしぶといクズをあんたが始末してくれるっていうからよ」
「ずいぶんな言い草だな」志馬は修学旅行中のようにくつろいでいる。
「仕方ないだろ。向こうには光明もいたし、ヤンは俺以上に横丁の抜け道には詳しい。俺ァもうここに六十年近く居座ってるが、どうも自分の縄張り以外には疎くてね。興味ねえんだ。どことどこが繋がってるかなんて」
「あんたの事情も都合も知ったことじゃない。あんたはあたしの言う通りに動けばいいのよ。あたしの思い通りにするのがあんたの仕事」
「へいへい。まァ聞くだけならタダだしな、いくらでも言えや」
「――あんたみたいな天邪鬼ともう真剣に会話をしようなんて思うほどあたしも馬鹿じゃないから許してあげる。でも夕原、あんたまさかこのまま門倉を逃がしてやるつもりじゃないでしょうね」
「それはない」
 志馬はベッドから立ち上がって、部屋の中央に置かれた雀卓に座った。緑のラシャも新しい雀卓の上に散らばっている象牙牌を手でも洗うようにかき混ぜながら、
「あんたにはどう見えているのか知らないが、安心していい、俺は正真正銘あいつの敵だ。必ずあいつを殺してみせるし、あんたも首藤も守ってみせるさ」
「どうやって?」詩織は疑わしそうにロシア帽をかぶった頭を傾げてみせる。
「門倉のしぶとさはあたしがよく知ってる。そのあいつをどう仕留める気なのか、それだけでも教えて欲しいものね。雷獣から抽出したあたしの陰陽術がバレてる以上は競神にも乗ってこないだろうし――何かアテでもあるの?」
「アテ? あるとも」志馬は卓縁に打ちつけて整えた牌山をガチャンとひとつに重ねて言った。
「入ってきていいぜ、雪女郎」
 窓のない部屋でふうっと風が吹くと、いつからそこにいたのか、死装束をまとった銀髪の少女が壁際にそうっと立っていた。
「雪女郎のミクニ」詩織が口の中で呟いた。
「あなた、夕原の手下になったの?」
 仲間と言って欲しいね、と嘯く志馬を無視して雪女郎が答えた。
「門倉にはわらわも貸しがある。利害が一致しただけのこと」
「ああ。彼女は大事な友達を門倉に消されてね。ほら、地下でやってる守銭ってあるだろ。それよ。その子の連れは門倉とやり合うことになってな、何もわざわざ悲惨な場面を見ることもないだろうから観戦にいくなと言ってやったんだ。それがなれ初めよ」
「だいたい合ってるが、おぬしの情婦(いろ)になったつもりはないぞ、志馬殿」
「わかってるって。それで、だ――ちょいと彼女には変わった特技があってな。ミク、見せてやってくれ」
 雪女郎は白い吐息をふっと吐くと、それを袖で振り払った。するときらきらと宙を舞う結晶の光が、何かを映し始めた。
「わらわは自分が見たものを雪の結晶に乗せてひとに見せることができる」
「へえ――素敵な特技ね」
 天然のスクリーンに映し出される記憶の中の光景に、言葉とは裏腹に詩織は顔をしかめた。
「これは、門倉?」
「ああ。地下にいる時にミクが見た門倉の記憶だ。どう思う?」
「どうって――」
 詩織には、ただ地下道を知り合いらしいキャスケット帽の少女と黒い執事服の男の二人と歩く門倉いづるにどうこう思うところはなかった。
「門倉でしょ」
「楽しげだと思わないか?」
「楽しげ?」詩織は志馬からスクリーンに顔を戻すが、
「わからないわよ。いつも仮面をつけてるんだもの」
「俺にはわかる」と志馬は言った。
「なァ詩織。これだよ。俺はここに勝機があると思う。よく考えてみてくれ、もし俺の言う通り門倉がただ誰かと歩くことに価値を見出すようになってるんだとしたらだぜ、それは立派な隙だと言えると思わないか?」
「それは――」
「やつがおまえの思ってるような人非人ならば俺とあいつの勝負は五分だ。俺が絶対に勝つ、と言いたいけどな」
「イカサマを仕掛ければいいでしょ」
「俺がイカサマを仕掛けたらあいつも同じことを考える。俺たちの勝負で相手より先に仕掛けを打っちゃ駄目なんだよ。仕掛けを返されて先手を打った方が負けちまう。だからどっちもイカサマを打てない」
「なら、運否天賦の勝負をすると?」
「いや、しない。そんなものに意味はねえ」
「――何を言ってるのかわからないんだけど」
「そうとも」志馬は目を細めて記憶の中の門倉いづるを懐かしそうに見つめる。
「運もあるかもしれない、だが選ぶのはどこまでいっても自分。そういう勝負をする。そして数ある選択肢の中で、自分が負ける道をあいつ自身に選ばせる。何度生まれ変わっても俺には勝てないとあいつ自身の魂に刻み込ませる勝ち方はそれしかない。そうしてやって、俺は初めて飛のを解放してやれる。俺の魂の詰まった勝負を間近で見せて、俺のことをわかってもらうんだ」
「勝負は――」志馬は自分で積んだ山を一撫でしてぶち壊し、掌から牌を水のように零しながら言った。
「勝負は、『9』で決めようと思う」

       

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