Neetel Inside ニートノベル
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 三人のミルクが半分ほどになると、ドタバタ騒ぎで避難していた客たちが帰ってきて、どくろ亭は賑わいを取り戻しつつあった。ドクロ店長のつるりとした頭蓋骨もどことなく輝いているようだった。
「でも、あの世でも仕事ってするんだね。もっとノーテンキなイメージしてたよ」
「まあな」と飛縁魔。「大抵はおまえみたいな迷子をこっちに連れてきてやって魂を稼ぐんだけどな。仕事なんか物好きが暇つぶしにやってんだよ」
 アリスがケタケタと笑った。
「こないだアズキ洗いがスッテンテンになって『らとらーたー』で皿洗っててさァー。それギャグ? って聞いたら泣いちゃった」
「負けたやつに追い討ちかけないでおいてやってよ。可哀想じゃないか」
「知らないモン。他人事だし。アリス負けないモン」
「モンモンうっせーよピー助! 猫なで声出すなっての」
「なにを言うのかねこのヒル女は? やんのかァこらァ?」
 追加でモンブランが出てきてその口喧嘩は終息した。いづるはキッチンに首を振る。どくろ亭、もはや軽食屋というのは虚偽表示である。
「そういえばアリスってさ、仕事してないの?」
「ん? なんで? ギャンブラーっぽく見えない?」
 子どもに見える、とはさすがに言えず、
「いや、ばくち好きにしては落ち着いてるからさ。本職あるのかなって。普段はなにしてるの?」
「前は、笛吹いてたよ。でも吹けなくなっちゃった」
「え、どうして?」
 それに答えたのは後ろに座っていた白衣を着たカラス頭だった。
「牛頭天王だよ。あいつが来てからなにもかもおかしくなったんだ」
 そーそーと周りの妖怪たちが示し合わせたように首を振って同意した。どうやらその牛頭天王とやらはあまり評判のよろしくない妖怪らしい。
 いづるは腰をひねって背後を振り返った。
「なんなの、その牛頭天王って」と言ったところでアリスが喋り始め、今度は首だけそっちに向けたので、難解な芸術作品のようなポーズになってしまった。
「人間のいづるんには実感湧かないかもだけど」
 いづるん?
「妖怪だってコミュニケイションを取るわけで、リーダーも自然と発生するわけ。前は閻魔大王ってのがうちらのボスだったんだけどねぇ。いい時代は長く続かないよね」
 カラス頭が身を乗り出してきた。
「閻魔のおやじの前は鞍馬の爺様だったね。あの頃もひどかったけど今も相当キツイな」
「おやじは話わかるヤツだったからね。うちらの小金博打にも愛想よく付き合ってくれたし。おやじの札さばき、懐かしいなァ」
 完全に回想モードに入ってしまった一同の輪から、こっそりいづるは抜け出した。大勢のなかにいると息が詰まって仕方ない。なぜか無口にミルクをなめるように飲んでいる飛縁魔の腕を引っ張って、隅の方まで撤退した。飛縁魔は鬱陶しそうにいづるの手を振り払った。
「なに?」という飛縁魔の機嫌は、さっきからまた悪化し始めている。なにがスイッチかわからなかったので、対処のしようがなかった。
「閻魔だの鞍馬だの牛頭だのいろいろ出てきて混乱しちゃったよ」といづる。「もっとわかりやすく説明してくれ」
「べつにいいだろ。七日後にゃ消えるんだし」
「死ぬときも靴下は履いておきたいだろ?」
 飛縁魔は意味がよくわからなかったらしい。実はいづるにもよくわからないが、仮面の無表情さを借りて押し切った。
「なんとなくこのフラストレーションたまりまくりの雰囲気から察すると、なに、圧政でも敷かれてるの? 嘘だろ? あの世なのに」
「知るかよ。そっちがどうだか知らないけど、こっちじゃ強いヤツが幅ァ利かせるよ。そっちほどまどろっこしくないもん」
「なんか機嫌悪いね」
「気のせいだろ。ミルクが不味いんだよ」
 そういうくせに大事そうにすすっている。美味しくて飲み干すのが惜しいようにしか見えない。
 いづるは待った。妖怪垣の向こう、テーブルの上に立ったアリスが笛を吹く真似をして転がり落ちていた。
 そして、ミルクの入ったコップを置いて、「一ヶ月くらい前かな」と飛縁魔は口火を切った。
「入り口んところに、あいつは、牛頭天王はふらァっと立ってたんだって……」

       

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