Neetel Inside ニートノベル
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 第一戦。
 キャス子はいづるの肩に顎を乗せて、いづるの手札を覗き込んだ。
 この『9』。
 最も求められるべき勝利の形は、「相手のひとつ上の数を出す」だ。八戦、ひとつ上を出し続けられれば、八勝一敗で終われる。当然勝利。避けられない一敗は、相手の九が出た場合。これは必ず負けてしまうので、一番いい形は、最も弱い一をぶつけること。
 だが、いづるには、それを求めて札を切ることはできないだろう。
 負けた時の死亡に、階位の差がどれほど関係してくるかはわからない。だが、九と一がぶつかって、一が無事で済むとは思えない。 
 できれば、最小限の死者で、いやひとりの死者も出さずに勝負を終えたい。
 そう思っているはず。
 ならば、最初に出す手札は、どれにすべきか。
 はっきり言って、この第一戦、まだ状況がゼロである以上、正しい一手などない。
 志馬が出す手札がわかりでもしない限り、答えは出ない。そして手札は同時にテレビの中に落とすのだし、ましてやガン・カード(しるしのついた札)のような小手先芸を夕原志馬が見逃してくれるはずもない。
 誰を今から交通事故に遭わせるか選ぶようなもの。
 決して他人だなどと口が裂けても言えない連中を選んで、出す。
 キャス子には、見ていることしかできない。
 いづるは、選んだ。
 志馬も、決めたようだ。
 二人は鏡合わせのように式札を振りかぶり、同じ速度で画面の中に打ちつけた。飛沫があがって、札が一直線に砂浜に突き刺さり、その表面からよじった七色の糸のようなものがほとばしって、かたちを取った。
 いづるの側は、煙の妖怪、煙々羅。
 階位は六。
 志馬が出したのは、桑の葉を傘にした小人、コロポックル。ただし、いづるの手持ちよりも目つきがいくらか悪い。
 コロポックルはトコトコと葉っぱの傘を振り回しながら煙々羅に襲いかかった。が、煙々羅の雲状の身体からもこもこと一本の腕が盛り上がり、コロポックルを真正面から殴りつけた。
 パチン、と風船が弾けるようにコロポックルがあっけなさすぎるほどあっけなく四散した。
 え、といづるが呟いたのを、キャス子はその時、確かに聞いた。
「あらら」
 志馬は肩をすくめて、冷たい目で画面を見つめた。
「早速死にやがった。ま、いいか。どうせ一だし。十三まではまだまだ余裕がある。六を潰せたのはそこそこの働きでもあるしな」
「――――」
「どうした? 呆けた顔しちゃって。べつに驚くことはないだろ。死ぬってのは、門倉、ふつうのことだよ。おかしなことじゃない」
「おまえ――だけは、絶対、許さない」
「さっきも聞いたぞ、そのセリフ」
 志馬は次の選手を選ぶために、手札を繰りながら言った。
 画面から、煙々羅の式札だけが回転しながら舞い戻ってきて、いづるの手中に納まった。墨絵の中の煙々羅には、鎖が絡みついている。もうこの勝負には使えない札、というしるしだろう。
 いづるの頭上に、ぼぼぼぼぼぼぼと青白い鬼火が七つ、灯った。加算された得点だ。煙々羅で六、コロポックルで一。
 志馬の方は、赤い鬼火が一つ灯った。これは、死亡したコロポックルの得点だけ。これが十三になれば、志馬の負け。
 まだ、どちらが優勢とも、言いきれない。
 だが、もう一人死んだ。




 第二戦。
 キャス子には案がひとつあった。が、それをいづるには伝えなかった。あまりにもむごいやり方だったから。
 いま、志馬の気持ちを考えてみればわかる。志馬から見れば、いづるはいまショックを受けているように見えるはずだ。表情は、いつもより引きつっているだけで大きな動揺は見られないが、それでもいまのコロポックルの死がいづるに与えた影響は無視できない。
 いづるはきっと、しばらく低い階位のあやかしを出せないだろう。少なくとも、さっきの衝撃が抜け切るまでは。
 その志馬から見た視点を、逆手に取る。
 ここで、あえて、低い階位のあやかしを出しておけば、かなり高位のあやかしとぶつけられるかもしれない。コロポックルなら死んでも一、それで牛頭天王クラスをゲームから除外できれば――
 あまりにも、むごい考え方。
 ただの数字だったら、こんなに苦しまなくて済んだのだ。
 理と順が支配する世界のゲームなら。
 でもこれは、このゲームでは、駒に命がある。
 喋りもすれば、笑いもする、駒を犠牲にしなければ勝てないというのなら、そんなことは、そんなことは――人非人のやることだ。
 いづるは、誰よりも、人非人になりたくないと思っていたのに。
 なのに――志馬は、それをわかっていて、このゲームを選んだのだ。
 自分も人非人だから。
 だからこそ、通じ合うものがあったのだろう。
 あまりにも悲しく、さみしい世界。
 それがこの二人の、心の内側。
 ――いづるは、手札の中から、一番選ぶべき札を取った。
 志馬といづるが札を捨て、画面の中がさざ波を立て、あやかしが式札から解き放たれた。
 いづるは、コロポックル。階位は一。
 志馬は、舞首。
 階位は、たった三。
 キャス子は首根っこを掴まれたように志馬の顔を見た。
 見抜かれていた。
 志馬は、こっちがコロポックルの死を見た動揺を餌にして高位のあやかしを引きずり出すことなど見通していたのだ。出して来るなら一か二、ならば三を出す。裏の裏は表。
 簡単なこと。
 いづるはバターナイフを手に取った。
「いづ――」
 キャス子の声も聞こえていないのか、一気に手首を引き裂いた。じゃらららららと栓を抜いたように魂貨がテレビの中へと吸い込まれていった。
 赤い魂の欠片が、コロポックルの身体に吸い込まれた。そして、桑の葉の傘が少しだけ大きく、みずみずしさを増した。コロポックルは迫りくる舞首たちへ向けて、満身の力を込めて傘を振り回した。
 舞首のうちの一つが、桑の葉の茎を噛んで、それをねじ切った。
 それで、おしまいだった。
 三つの落ち武者の首からなる舞首は執拗にコロポックルを追い詰めた後、大口を開けて小さな妖精に噛み付き、その身体をバラバラにした。
 その間、いづるはぴくりとも動かなかった。ただ、テレビの上に置かれた拳が、砕けんばかりに震えていた。
 悪辣な見世物が終わると、志馬の手元に舞首の札が戻ってきた。
 ぼぼぼぼぼ。
 志馬の頭上に四つ、青い鬼火が灯る。いづるの頭上には、赤い鬼火が一つ。
「もったいないな、百万炎はスッたんじゃないか? 残念だったな、読みが外れて。ま、長く勝負してりゃあそういうこともある。気にするな」
 キャス子は叫び出したくなるのを必死の思いで噛み耐えた。
 わざと、言っているのだ。
 どれもこれも、いづるの心を傷つけるために。
 いづるのもっとも弱い部分を、一番効く言葉で切りつけて、引きずり出そうとしているのだ。
 ギブアップを。
 キャス子はいづるの腕を掴んだ。
「いづる」
 いづるは答えない。
 手札を繰る指が、細かく震えている。


       

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