Neetel Inside 文芸新都
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「ねえ。亜矢子はさ、どうして絵を描くの?」
 どうしてだろう。あまり考えたことがなかった。
 趣味だから? たのしいから?
 最初はそうだった。たしか、子供のころは。いまは違う。
「上手になるため、かな……」
「ふうん。……でも、それってキリがなくない? 絵はテストじゃないからさ。どんなに上手くなったって百点をとれることはないわけで。それに、いくら上達したところで上には上がいるでしょ」
「わかってるよ。でも、いまのわたしは下手すぎるの」
「ううん。十分上手いよ。あたしは好きだもん。亜矢子の絵」
 そんな言葉と同時に、ルカの手が胸元に入りこんできた。
 顔が熱くなる。ほめられたせいなのか、それともほかのせいなのか、区別がつかない。きっと、両方だろう。
「亜矢子の心臓、すごく早くなってる」
 心地良く響く、アルトの声。耳に触れるだけで濡れてくるような声。つめたかった手は、もうわたしの体温と変わらない。いつも見とれている、時計職人みたいに細密な動きをする手──。
 その器用な指先が、するりと弱点をさぐりあててくる。
 ピリッと、胸の一点から電流みたいなものが走った。
「あ……」
 思わず声が漏れて、わたしは自分の胸に目をやった。
 ルカの手が、ななめに入りこんでいる。はだけたブラウスの下。ブラジャーの中にまで。なんだか、すごくいやらしい光景。
「大きくていいなあ」
 ルカの手が、ゆっくり動きだした。お餅でもこねるような動き。なにやら、すごく手慣れている。
「Eぐらいあったっけ」
「……だいたい、それぐらい」
 だいたいもなにも、正解そのものだった。
 ルカはBかCぐらい。
 そういえば、これが唯一わたしの勝てるものだ。そんなものに勝ち負けがあればの話だけれど。
 ルカはもういちど「いいなあ」と繰りかえした。
「こんなの、重いだけだよ」
「いちどでいいから言ってみたいよ、そんなセリフ」
 ルカの手が深く入ってきて、ブラジャーを押し下げた。中身がこぼれだして、私の目に映る光景はますますいやらしいものになる。沈みかけた太陽の作りだす深い陰影が、ひときわ扇情的だった。
「……だいじょうぶかな」
「なにが?」
「だれか来たりしない?」
「こんなところ、だれも来ないよ。……わかってるくせに」
 こぼれだした胸の先端を、ルカの指が撫でた。指の腹側でなく、爪のほうで。
 背中に鳥肌が立ち、全身がヒクッと震えた。
 見ると、撫でられたところは一瞬で固くなっている。──いや、最初からそうなっていたかもしれない。首を撫でられたときぐらいから。
「ねえ、亜矢子。知ってる?」
 固くなった先端の輪郭を指先でなぞりながら、ルカは言った。
 さざなみのようにやってくる快感に耐えながら、わたしは問い返す。
「知ってるって、なにを……?」
「あたし、あなたのことが好きなの」
 こういうときにそういう言葉が言える心理とは、どういうものだろう。いつだって、ルカはわたしの予想しない言葉を投げかけてくる。
「好きだから、こういうことするの?」
「自然でしょ?」
「そう、かな……」
 あまり自然ではないように思えた。だって、わたしたちは同性なのだし。そもそも、あたりまえのようにキスする関係からして普通ではなかったわけで──。
「こういうのはイヤ?」
「ううん」
 イヤなはずはなかった。わたしだってルカのことは好きなのだから。
「ならよかった」
 ルカは手を止めて、正面から体をあずけてきた。
 すごく温かい。長い髪が顔にかかって、くすぐったかった。
「この香水、なに?」
 耳元でささやかれるルカの声は、いつもより大人びて聞こえた。わたしの声もまた、自分のものではないみたいだ。
「……キャロンの新しいやつ」
「レモンティーみたい」
「好きじゃない?」
「ううん。いい匂い」
 ルカの手が背中にまわってきた。絵を描くときと同じ、まったく迷いのない手つき。かんたんにホックが外されてしまう。
 締めつけられていた胸が解放されて、わたしは吐息をついた。
 解放されたのは、わたしの心かもしれない。もしかすると。

       

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