「あ。いいこと思いついちゃった。あたし、小説家になろうかな」
なにを言いだすんだろう、この人は。ほんとうに予想がつかない。
「小説家って……。プロの絵描きになる約束したよね?」
「絵描きが小説を書いちゃいけないって決まりはないよ」
ルカが顔を寄せてきて、わたしの肩を舐めた。
いつのまにか、ブラウスはほとんど脱げそうになっている。なんだか、ぜんぶ脱ぐよりずっと恥ずかしい。
「決まりはないけど、どうして小説なんか……」
「だって、絵だと亜矢子がライバルになっちゃうからさ。その点、小説なら一方的に亜矢子をたのしませてあげられるでしょ? 泣ける小説たくさん書いてあげるよ」
サディストなのかどうなのか、よくわからなくなってきた。わたしを泣かせるために作家になろうだなんて──。もしかすると、わたしは愛されているのかもしれない。すごく。
「いいよ。書いてみなよ、小説。読んであげる」
「じゃあ、記念すべき処女作は、プロの絵描きをめざす女子高生ふたりの話だね」
ルカはわたしの手を取って、口元に持っていった。そうして、見せつけるように人差し指を口の中に入れる。その動作は、ひどくエロティックで──まるで映画のワンシーンを見ているよう。
「その小説って、わたしたちのこと?」
「ん」
わたしの指をくわえたまま、ルカはこっくりうなずいた。
「ハッピーエンドにしてね」
「もちろん。すごいハッピーエンドになるよ、きっと」
解放されたわたしの指は、唾液に濡れて光っている。
なにも考えず、そうするのが自然なように思えて、わたしはその指を舐めた。すこし甘いような、すっぱいような──。ルカとキスしたときの味だ。
「ねえ、亜矢子。いま、しあわせ?」
唐突な質問。迷う余地もなく、わたしはうなずいた。
「あたしも」
するっと、太腿の間にルカの手が滑り込んできた。
反射的に、体が固くなる。
正直に言えば、やっといじってもらえるという気分だった。溜まりに溜まった欲求は、はちきれそうなほどになっている。
けれど、ルカの手は膝から太腿の間を往復するばかりで、なかなか奥のほうへ来てくれなかった。ひとつ撫でられるごとに、わたしの頭はますます狂ってゆく。ひとつさわられるごとに、熱い水滴が落とされる気分。それを受ける器は、もうとっくにあふれている。
「あ、小説家じゃなく映画監督でもいいかも」
またしても、ルカはそんなことを言いはじめた。
「映画監督……?」
「だって、映画も好きでしょ? 亜矢子は」
「女性の監督って、すくないんじゃない?」
「だから、話題性があるんだよ」
「ルカだったら、画家でも作家でも話題性あるでしょ」
当然だ。彼女は高名な女優の娘なのだから。なにをやったってニュースになる。
ところが、ルカはこんなことを言いだした。
「本当はさぁ。あたし、話題になんかなりたくないんだ」
「自分で言ったくせに。話題性だとかなんだとか」
「冗談だよ、そんなの。……ぜんぶ、冗談」
そう言って、ルカはいきなり指を入れてきた。
太腿に垂れるぐらい濡れていたので、痛みはまったくなかった。ただ、あまりに突然だったので、わたしはのけぞりそうになった。熱い液体のあふれていた器を、力まかせにひっくりかえされた気分。
「なんで。そんな。冗談とか。意味、わからないよ」
ルカの指が出たり入ったりするせいで、わたしの声はそのたびに途切れた。
ぐちゅぐちゅと、ひどい音がする。自分の体が発しているとは思えない音。
「あたし、嘘つきなんだ」
指を動かしながら、ルカは絞り出すような声で言った。
嘘つき? なにが? 言いたいことがわからない。
ふと顔を見ると、信じがたいことにルカは泣いていた。
なぜ? どうして? ルカの泣き顔なんて、初めてだ。心の弱いわたしと違って、彼女は決して泣かない。どんなに泣ける映画や小説を見たって、ぜったい涙をこぼさない。そういう人だ。なのに、どうして泣いているのか──。理由がわからない。
けれど、考えようにも無理だった。わたしの中に入りこんだルカの指が、おおきな芋虫みたいに動いて──次の瞬間、乳首を噛まれた。心地良い痛みが跳ねて、背中のほうへ突き刺さる。
もう、どうすればいいのかわからなかった。このままでいいのだろうか。泣いているルカを無視して? このまま──?
「ねえ。中学生のときのこと、おぼえてる?」
問いかけてくるルカの声は、ひどく震えていた。
おぼえてない。こんなときにそんなことを言われても。なにも思い出せない。いまにも溺れそうだった。突き上げてくる愉楽に。
「絵画コンクールでさ。あたしが金賞、亜矢子が銀賞だったでしょ」
「……あったね」
そんなことか、と思った。たしかにそれはトゲのように刺さっていたけれど、もうどうでもいいことだ。だって、わたしはルカに愛されているのだから。ルカに、こんなことをされているのだから。
「ごめんね。あれ、親のコネで入賞したんだ、あたし」
「いいよ、そんなこと。どうでも」
ほんとうに、どうでもいいことだった。
でも、ルカは泣いている。
「ゆるしてくれる?」
「うん」
ルカが泣いているせいで、わたしもまた泣いてしまった。
よくわからない。金とか銀とか、心底どうでもいいことだ。むしろ、あのときの経緯があったから、わたしとルカはこういう関係になれた。そう思えば、なにもかもが些細なことに過ぎなかった。
「よかった。ずっと気になってたんだ」
言いながらも、ルカの指は止まらなかった。
内側から、ぐちゃぐちゃに引っかきまわされる感触。もう、すぐにでも逝きそうだった。
「亜矢子は気になってなかった? だって、あのコンクールの絵、どう見ても亜矢子のほうが上だった」
「そう、かな……」
「そうだよ」
言葉は静かだったけれど、スカートの中に入りこんだ手は彼女の葛藤をぶつけてくるように激しかった。きっと、傷ついていたのだ。ルカも、わたしも。だから、こうして──。
考えがまとまらない。
「いいよ、そんなこと。どうでも」
わたしはもういちど言った。それ以外、なにも言うことがなかった。なにを言ったとしても、意味があるように思えなくて。いまのわたしにできるのは、手で口をふさぎ、体をよじらせることだけだった。
「やさしいね、亜矢子は。……残酷なのは、あたしのほうかも」
「は、あ……っ!」
ひときわ深く指が入ってきて、わたしは声を上げた。
熱い電流が、背骨を駆け上がって脳天に突き抜ける。
そうして、ルカの体にしがみつきながら、わたしは果てた。
言葉に尽くしがたい解放感と幸福感。その裏側で、わずかな罪悪感めいたものがよぎった。
原因は何だろう。ルカを泣かせてしまったこと? それとも、同性とこういう関係になってしまったこと? それとも、学校でこんなことをしたこと?
「……ねえ、亜矢子」
ルカは指を抜かなかった。
おかげで、自分の中が痙攣しているのがよくわかる。
「明日、肖像画描かせて」
「いいよ」
答えた声まで痙攣している。
でも、ルカの言動はやっぱり予想がつかない。どうして、こんなときに肖像画とか言いだすのだろう。
「じゃあ、明日は早めに美術室来てね」
「わかった。……ねえ、指。抜いて」
「いいの? 抜いても」
「え……」
「夜まで、まだ時間あるよ?」
笑っている。──ああ、やっぱり悪魔だった。この人は。
ほんとうに。
ほんとうに。
その三日後、ルカの両親は離婚してニュースになり、彼女は北海道へ帰ってしまった。
なにも言わずに。