Neetel Inside 文芸新都
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 私たちはその後もしばらくその場でじゃれ合うことになった。なにせお互い相手のことをよく知りすぎているので罵り合う言葉がいかんせん的確すぎる。
 その詳細については割愛させてもらおう。言うなれば自分の脳内会議の内容を暴露するようなものなのであまり人様に聞かれたい話でもない。
 どこからどう見ても垢抜けない二人のキャッキャウフフという世にもおぞましい光景に自分たちでもやばいように思えてきて、私たちはようやく平静にかえった。お互いに肩で息をしながら見つめ合う二人の地味女だったが、先に話を進めたのは向こうの私だった。
「……さて、そろそろ本題に入ろうか……。はぁ。とりあえず、私に聞きたいこといっぱいあるはずだよね? 一つ一つ答えるから言ってみなさい」
 目の前の私はそう言った後で、なにかを思い出したような様子を見せて言葉を続けた。
「ただし! できるだけ手短に! 時間の止まっているここで過ごせば過ごすほど私たちは刻一刻と結婚適齢期を逃していくのだから……」
 そんなふうに改めて私の方を睨んで付け加える。
 研究が今のところ一番楽しいくせに、結婚願望だけは妙に強い。
 ここまでで散々感じたことだったが、目の前のこの女は確かに私なのだ。
 さて、それはさておき私は何を尋ねるべきだろうか。私は熟考すべく右手を自分の頬にあてて首を傾げる。私の考え込むときのクセの一つだ。
「……とりあえず、あなたが未来の私なのは認めるとして、どのくらい未来の私なの?」
 私はまず一番気になっていた質問をぶつけてみる。目の前の私は私が何を尋ねるのか分かっているはずなので、特になんのリアクションもせずに口を動かし始めた。
「大体二時間半くらいは私の方が年食っていることになるね。格好を見ればそんなに先の未来から来たわけじゃないのはわかるでしょ」
 言われてみれば彼女が着ている服は今私が着ているしょうもないパンツスーツと全く同じものだった。私がこのスーツをいつまで捨てずに取っておくかはわからないが、どんなに多く見積もっても目の前の私と現在の私にはこのスーツの寿命程度の年齢差しか無いことになる。
 それにしても二時間半って、さすがに近すぎないか。ロマンのないヤツだ。
 私はせいぜい昼寝しておきた程度の未来から来た未来人に対してさらに質問を続ける。
「あの派手な色のコートを着たオッサンはなんなの?」
「たった二時間半で素性がわかるようなオッサンに見える? 私もわかってるのはあいつが時間をある程度操る能力を持っているってことだけだよ。……真顔でこんなことを言うのは恥ずかしくてしょうがないけども」
 そう言って目の前の私は肩をすくめた。
 そうなのだ。あのオッサンは……言うのも非常に馬鹿馬鹿しいことではあるが、時間を止められるらしいのだ。
 そんな技術は少なくとも私が今日一日出席した最新の情報が行き交う時間遡行学会においても誰も口にしていなかった。
 普通に考えればあのオッサンも未来人ということになるのだろうか。
 考えても埒があかないので、私は次の質問に移ることにする。
「……さっきの大気分子の話とかはともかく、電灯が消えていないのには違和感があるんだけど? 散々あんたと話した後でなんだけど、時間が止まってるとかホントなのコレ」
 他にも色々と聞くべきことがあるだろうに、理系的な興味が上回った私の口から次に出た質問はそんなモノだった。さっき目の前の私が言った光の説明がどうも府に落ちなかったのだ。
「さっきも言ったけど、電灯が消えていないのは時間が止まった瞬間にその電灯が光を放っていたから、なんだって。私たちは光が波や光子という名前の粒だと思っていて、それが届くことで光が届くと思ってる。だけど本当は光はただそこにある。そういう話らしいよ」
 その説明を受けてもなおしっくりこない私が黙りこくって首をひねっていると、見かねて彼女はさらに追い打ちをかけてきた。
「行ってみれば時間が止まっているときの光は、合わせ鏡の間に封じ込められているようなもの。時間と共に動くとかじゃない。ただそこにあって、私たちの目はそこに光があるって認識してる。……支離滅裂だと思うし、あんたは納得しないよね。だって私もさっき納得できなかったし」
 諦めるように小さなため息を付いた未来の私は、一度言葉を切って腕を組んだ。
「そうか……わたしにしてはずいぶんスラスラ説明するなぁと思ってたけど、あんたもさらに未来の自分から聞いてたんだね」
「そうなるね。言ってみればこの止まった時間は、未来永劫私が私にするチュートリアル会場になるってわけだよ」
 そのチュートリアル会場という言葉に、私はふと思い立って自分の左手に巻かれた腕時計に目を落とす。アナログのその文字盤はキラリと輝いていたが、その長針も短針も、そして秒針も追いかけっこをすることはなかった。
 私は左手を下ろして口を開く。
「時計は動いていないけど、あんたと出会って大体30分くらいたったかな? つまり、私はあと2時間で過去に戻ることになる」
 私の思っていることが正しいのならば、おそらくこういうことだ。
「それまでの2時間、このチュートリアル会場であんたは私に何を教えてくれるの?」
 質問はしているものの、私はもう確信していた。私が二時間後までに学ばなければならないもの。というよりも、学んでいないとおかしいもの。
 目の前の私はニンマリした笑顔を作って、一言つぶやいた。
「時間遡行術・初級」
 語尾に音符でも付いているかのように、その言葉は音のしない空間にポワンと浮かんだ。

       

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