Neetel Inside 文芸新都
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 私は痛む腰を持ち上げて、どうにか立ち上がった。声をかけてきた少女は口元に手を添えて、痛ましい私の様子を見守っている。
「うん、どうにか大丈夫そうです。心配かけてごめんね。ただ転んだだけだから……」
 私は右手を頭の後ろにやりながら、少女を安心させるために笑顔でそう言った。彼女は少しの間心配そうな面持ちで私を見つめていたが、一体何を思ったのか、急に右手を伸ばして私の胸部に触れてきた。
「うひゃっ、な、何を……」
「じっとしててください。ホントに怪我がないのかちょっと見ますから!」
 そう言った彼女の顔は真剣そのものだった。おかしな声を出してしまった自分を若干恥じながら、私は彼女の言葉に従って動きを止める。
 胸元に始まって、腕、脚と丁寧に観察をされていく。医学の心得は無いが、彼女が精一杯丁寧に診察しようとしているのはわかった。このくらいの年頃の女の子は看護師さんとかに憧れるものなのかも知れない。私がそんな風に微笑ましく思っていると、どうやら診察を終えたらしい彼女が私を上目遣いで見て口を開いた。
「大きな怪我はなさそうですね。肘だけちょっとすりむいてますから、洗って消毒でもしておきましょう。私、絆創膏持ってますから!」
 その口調は本物の看護師のようだった。先ほどまでの心配そうな表情はなりを潜め少しだけ笑顔になった少女は、私の手を握ってベンチに引っ張っていこうとする。
「あ、うん……ありがとう」
 私は素直にお礼を言って、好意に甘えてしまうことにする。よく考えてみれば、これはこの時代の人との初接近遭遇だ。時間もあるし、折角なので少しお話でもしてみよう。そんな風に考えた。

「はい! これで大丈夫だと思います!」
 夏の日差しの下で、少女の笑顔が輝く。私の肘は彼女が濡らしてきてくれたハンカチで拭われて、可愛らしい花柄の絆創膏が貼られていた。
「ありがとう。おかげで痛くなくなったよ。こういうの、結構慣れてるんだね」
 私の傷の処置をする少女の手つきは、診察の時と同様手馴れたものだった。本当に医者か看護師死亡なのかもしれない。
「そうですね。お父さんがしょっちゅう怪我をしますから、このくらいは慣れたものですよ」
 少女は子どもらしく少し照れたような、それでいて少し誇らしげなような表情で胸を張った。口調だけが妙に大人びていたが、中学生くらいにもなればこんな喋り方をする子もいるだろう。
「そっかぁ……もしかして、今日はお父さんは一緒じゃないの?」
 私は疑問に思っていたことを口にする。大学構内は、中学生くらいの女の子が一人で闊歩していて自然な場所ではない。
「そのお父さんに、お弁当を届けに来たんです。今朝、忘れて行っちゃって……」
 そう言って少女は持っていたカバンの中の包みを指さした。布で包まれているそれがお弁当なのだろう。絆創膏と同じで、その布も花柄だった。
「一人で来たんだね。えらいなぁ」
 私がそう言うと、少女は少しきょとんとした顔をした後で、とびきりの笑顔をみせてくれた。
「二人で暮らしてますから、私以外には届けられないですからね」
 そう言った彼女の表情は、純度100%の笑顔そのものだった。

       

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