Neetel Inside ニートノベル
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 リュックの右脇には、やはりナイフと同じようにいくつかの日用道具が収納されていた。レビトが手を付けたのは、そのうちのひとつ、コンパスであった。
 少し前に目を通した地図上では、レビトが立つこの岩山地帯から北西の方向に集落があった。とはいえ、あの抽象的な地図では今彼が岩山地帯のどこにいて、そこからどの方向に向かえば集落へ辿りつけるかは分からないのだが。
 レビトはコンパスを開いて北西を確かめると、なんとなく見当をつけた方向へと歩き始めた。
「集落の方向は分かるのですか?」
「いいや? だが、大体の方向さえ合っていれば目ぼしい目印でもあるのではないかと思ってな」
 ちらちらと揺れ動くコンパスの針を気にしながら、レビトは特に足元を気にすることも無く砂利だらけの坂を下っていく。それもそのはずだ。彼の靴は山登りに使われるような大きい溝が入っているし、何より砂利によって足元が確かでない状況に慣れているかのようで、上手に体重移動をこなして平衡を保っていた。
「よろしければそのお考えをお聞かせ願えませんか?」
「ここいらに化け物が出るかどうか聞いた時に君はこう言ったな。大規模な討伐作戦が行われた、と。あの地図の集落に使われているシンボルを見る限り、大規模と言うにはちと小さすぎる」
 地図上にある集落のシンボルは積み木のような、四角と三角を組み合わせたものだ。他に散見される集落の中には塀らしきものがあったり、城が書き込まれていたりするものもあった。それらに比べると、小さな家のシンボルが三つしか書き込まれていないこの集落は比較的小さなものだと言えるだろう。
 無論、地図の情報が古い可能性は考えられるがね、と付け足してレビトは話を続けた。
「ともあれだ。この岩山地帯に一番近い補給地点はその集落なのは間違いないところだろう。とすれば、その討伐部隊の足跡やら轍やらが残っている可能性は大きい。そもそも討伐部隊が向かうということは、それなりに両者間の距離が近いということだからな」
 グラマは感嘆したように吐息をもらした。
「概ねおっしゃる通りです。このまま歩かれても標識かちゃんとした道に出会えることでしょう。ただ、私の本来の職務としては、あとひとつあなたにしていただきたいことがあります……どうされました?」
 軽快に足を進めていたレビトが突然立ち止り、踏み出していた右足を後ろへ戻したのだ。
「何か踏んだな。高弾力性の何かだ」
 そういう間にもゆっくりと後ずさり、足元にあった何かから距離を取る。
「ああ、それは……丁度よかったですね。探す手間が省けました」
「何か知っているのか?」
「はい、恐らくこれはこの地に生息する粘液状生物でしょう。雑食性ではありますが、おもに腐肉や汚物を食べる無害な生物です。食べる物のイメージに反して清潔な生物でもあり、近くにいても悪臭に悩まされるということはありません」
「なるほど、だから討伐の対象になっていないわけだな?」
「その通りです」
 レビトが見つめる地面には、さっき彼が付けた足跡がある。それは一見して砂地についた変哲もない足跡に見えるが、考えてみればこれまで歩いていた下り坂にはまとまった砂地などなかった。砂利だらけの下り坂にひとまとまりだけ砂地が存在する光景はかなり異様だ。
「特に身動きする様子も無いな」
「もともと天敵がいない生物ですから岩が転がってきた程度に感じているのでしょう」
「なるほど。では、用件を聞こうか」
「は……ああ、先ほどの件ですね。実は私の本来の職務は集落を案内し一晩越すところまでとなっているのですが、その集落に着くまでにやっておかないといけないことがあるのです」
 グラマは手元に光の板を取り出した。ただそれに表示されている文を読んで軽くうなずいた様子をみると、別段何かの操作をしているというわけではなく情報の確認をしたというだけのようだ。
「能力の説明だな?」
 レビトはくっきりと足跡がついた粘液状生物を見ながら言った。
「はい、集落に着く前に一度実際に使ってみないと勝手が分からないと思いますので。影響する範囲が狭いものならあの場で試してもよかったのですが、同化術となりますと相手が必要になりますから……」
「それなら君と同化したいな」

       

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