「お、『名前のない声』じゃん」
 受付のお姉さんは「これ結構おもしろいんだよねー」といいながら本の個別番号のバーゴードを読み取った。
「読んだことあるんですか?」
「まーな。この作者が自殺したことで結構有名でさ、そんで読んでみたんだよね」
 自殺……したのかこの人。
「うつ病かなんかだったんですか?」
「そうそう。最後の方はなんか一人で誰かと会話してたらしいぜ」
(それってお前とじゃねえの?)
『俺は俺と喋るときは声に出すなって言ってたんだけどな』
 懐かしそうに声の主は言った。
「ほれ、高校生。ぼーっとしてんじゃねえよ」
 そう言ってお姉さんは英正の頭を本で軽くたたいた。「どうもっす」といって英正はそれを受け取った。その本をバックにしまうとお姉さんに「じゃ、また」といって図書館を後にした。


 自転車を漕いでいる途中、ふと思ったことがあった。
(この本ってお前が元ネタなんだよな)
『おう。しつこいな』
(ならお前に名前ってあるのか?) 
『名前ねえ……いっぱいあるけど、オサムにはアオって呼ばれてたな。蒼い虚空から聞こえてくる声のイメージかららしいけど、良くわかんねえ。ちなみに朋也にはパラ太郎って呼ばれてた』
(パ、パラ太郎……)
 どうせパラサイトから取ってきたんだろうけど……。小学生みたいなネーミングセンスだと思った。
『俺はどっちも気にいってたけどな。名前をつけられるのは結構嬉しいもんだぜ?』
(そうか……)
 こいつはきっといろいろな人に取り付いて、そのたびに名前を貰ってきた。そして貰うたびにいろいろな思い出を作ってきたはずだ。名前はこいつの記憶の付箋なんだと思う。なら、俺も何か名前をつけてやるべきだろうか。きっとそうだろう。
(よし。じゃあ俺も名前をつけてやるよ)
『マジか! かっこいいのにしてくれよ?』
 声の主は本当に嬉しそうに言った。
 さて、いざ名前をつけるとなると以外と悩む。子供に名前をつける親の気持ちがよくわかる。それにしても頭の中にパラ太郎の名前がちらついてしょうがない。ああ、もう寄生虫ってことしか思い浮かばない……。こいつは寄生虫……寄生虫……。
(そうだ! 寄生虫だからチュウ太ってのはどうだ?)
『お前も大概だな』
(ぐっ……)
 それでも自分的には上手く出来たつもりだったのだが……。
『まあ、うん。チュウ太。いいんじゃね? 俺チュウ太! よろしく! うん。結構しっくりくる』
(そ、そうか?)
 なにはともあれ、喜んで貰えてうれしいかった。これで俺もこいつに付箋をつけてやれただろうか。
(じゃあ……これからよろしくなチュウ太)
『おう!』
 こうして、親友を失った英正には、新しく寄生虫(?)の友達ができた。それが友人と呼べるか否かはいささか疑問ではあるが、英正がそう思ったのならそうなのだろう。