Neetel Inside 文芸新都
表紙

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 鮮やかな映像が目の前を流れて、耳に立花君の吐息とミニコンポからの音楽が入り込んでくる。特に何をするわけでもなく、二人で映像を見ていた。ふと立花君がリモコンを操作して映像を一時停止にした。鮮やかな色町の風景で画像が止まる。
「どうしたの?」
 返事は無く立花君の手があたしの髪の毛に触れた。首付近の髪を全て前の方に流されると、隙間の肌に舌を這わされた。ひ、と短い悲鳴を上げて身体が硬直した。
 首筋を舐められて、短い喘ぎを出した後に顔を膝に埋めた。執拗に舌が追ってきて、首を舐めてくる。ちょっとだけぞくぞくする。だけどずっと同じ刺激で前戯としての意味はあまり為していない気がする。あたし自身この人とセックスする気が起きないのでなされるがままにしている。ぼんやりと声を押し殺しているフリをしながらミニコンポから流れる音楽を聞いていた。この曲は好きかもしれない、と歌詞検索出来るように歌詞を少し暗記する。
 気が済んだのか、立花君の舌はあたしの首元から退いて、鼻を鳴らすような音と共に後頭部に口付けられた。
「せい、じ君……」
「舞ちゃん、ふふ、ちょっと煙草臭い。意外と不良だよね」
 笑う立花君にやっぱり髪に付いた匂いは消せないものかといやに冷静な自分がいた。顔を伏せてから立花君の身体がこっちに触れて腰元に硬い物が当たっていて気持ち悪いのだ。少しだけ顔を起こして後ろを振り向くと、ないしょにしてねと首を傾げた。
 肩を掴まれて振り向かされるとキスをされた。何度も唇を食まれて、大人しくしていると、唇が離された。
「僕も少し吸うから、ないしょにしてね」
「……うん」
 その後笑い合ってキスをすると立花君はあたしの身体から離れていった。送っていくよ、という声と共に映像が消える。怪訝な顔で見ているあたしの前で立花君はミニコンポも停止させて、映写機を片付け出した。そのまま部屋を出て行かれて、一人取り残される。
 何だ、これは、と舐められた部分を手で擦る。もう唾液は乾いてしまっているが、手で拭くように擦って、ベッドのシーツに手を擦りつけた。戻ってきた立花君は駅まで送るよと言ってあたしは立花君の家を後にした。同じ様に自転車に二人乗りをして駅に送ってもらって、何事も無かったように別れた。
 最後まで行かなかったどころか、胸も何も触られなかった事に疑問を感じながらも帰りの電車に乗る。どっと疲れが来て、指をささくれを掻き毟った。


 それから二日に一回くらいの頻繁さで立花君の家に行って、あの鮮やかな映像と椎名林檎のBGMの元に身体を触られた。何故か最後まではいつも辿り着かなくて、あたしはなされるがままにベッドの上に転がっていた。
 行く度に覚える曲が増えていく。東京事変でなく椎名林檎個人名義の歌もわかるようになってきた。
 一度だけ弟さんとすれ違って挨拶をしたのだが、立花君にすぐ促されてその場を立ち去る形となった。何度も家に来ているのに家族に会ったのはそれが初めてだった。あたしも出来れば立花君の家族になんか会いたくないので丁度良いのだが。
 その日もきっと同じ様になるのだろうと思いながら立花君の部屋に上がった。ローテーブルの上に見慣れないプリントの束が置いてあって、A4の白い紙に「リトルグレイセルズの死滅(仮)」と一文だけ書いてあった。普段はどこかに片付けてあるのか、ローテーブルがこの部屋にある事自体初めてで単純に目に付いた。
「あ、やばい片付けてなかった」
「凄い量だね、自由研究のレポートか何か?」
「いや、えっと小説だよ、僕の書いた」
「マジで!凄ーーーい、見たいーーー!!」
 わかりやすく興味を示すと、立花君は恥ずかしそうに、けれどどこか誇らしげにその紙束を渡してきた。綴じられていない本当にまっさらな紙束なので、捲る事が侭ならず表紙をもう一度凝視した。リトルグレイセルズ、単純に直訳すると小さな灰細胞、ああ、と気付いた。
「アポロ、じゃなくてポアロでしょ」
「あははは、アポロかー。うん、正解、灰色の脳細胞の英訳」
 あたしが間違えた事に立花君は笑いながら、デスクの引き出しから大きめの文具を取り出して来た。
「何それ?」
「ホッチキスの大きい版みたいのだよ、これならその量でも留めれるから」
 ガッチャンと大きな音がして紙束が留められて、ぱらぱらと紙を捲る。縦書きは良いのだが、如何せんパフォーマンスとして興味を示しただけで事実興味のない文章を読む気にはあまりなれない。ざっと最後まで見ると視線を立花君に送る。
「すぐは読めない量だねー」
「そうだね、じゃあ貸すよ。良かったら感想教えて?」
 その時顔を歪ませなかった自分を自分で褒めてあげたい。立花君は読みやすいようにあらすじみたいの書いておくねとポストイットを取り出して何行か文字を書くと表紙に貼り付けた。笑顔で受け取ったが、頭の中で必死に面白い小説でありますようにと願った。最悪感想を言わずに逃げればいいのだけど。
 それからは同じ様に身体を触られて、たどたどしくブラのホックを外され、直に胸を舐められて声を上げた。あたしも手を伸ばして立花君の肩や腕、背中を撫でた。身長差のせいで下半身の方には手が届かなかった。
 そして、特に進展は無くまた駅まで送られた。溜息をついていつもと同じ様に電車に乗り込む。電車がホームに入ってくる大きな音の中で舌打ちを隠して指の逆剥けに触れた。
 
 
 家に帰って家事を終えて、適当にご飯を食べた後、自室のベッドに寝転ぶと立花君から借りた小説の紙を取り出した。立花君が貼った大きめのポストイットには手書きであらすじが書いてある。ケイというギターボーカルの男が色々な女性と関係を持つけれど、ナユタという処女の女子中学生と出会ってデフロランティズム(処女性愛)に目覚める。それから今までの女性との関係を絶ってナユタに傾倒する。けれどナユタはオーバードラッグで死んでしまう。
 何これ、ちょっとあらすじにネタバレが入っているんですけれど、と思いながらポストイットを取って表紙を捲り、並んだ文字列に目を通した。


 リノリウムの床に落とされた吐瀉物が綺麗だ。
 口にするとセツナは頷いた。強烈な酢酸の匂いを放つが、色は綺麗な乳白色だ。吐いた唇を洗いもせず、セツナは僕に口付けた。僕も吐き気をもよおした。
 カーテンから差し込む晩夏光に埃が反射する。これこそダイヤモンドダストだと瞬きをする。
「ケイ、もう一回しよう」
 セツナが僕の上に乗りかかってきて、キャミソールの紐を下ろした。下着を着けていない乳房が汗でヌルヌルと光りながら現れた。サンタナのブラックマジックウーマンを聞きながら、壁に上半身を預ける僕の顔をセツナは胸に押し付けた。そのメロディーを揺籃歌のように所々口ずさみながら、セツナは自分の性器に僕の指を入れた。ケイの指、好きよ。ずっとケイのレスポールが羨ましかったわ、ケイに弄られて、鳴かされて、それに反響して。ねぇ、私の中も同じ様に……。そこでセツナの声は喘ぎで途絶えた。右手を入れられたので、僕は愛器に触れているのは左手だよ、と笑った。セツナの赤いアイシャドウがのせられた奥二重が震えて、右手が性器からグチャと音を鳴らしながら出された。先ほどのセックスで濡れた性器は僕の指を汚した。
 左手の指を入れると、高い喘ぎを吐き出しながら、セツナは達した。目の前で細い喉が動く。身体が地上に打ち上げられた海洋生物のように痙攣する。潮も吹いたのか、太ももに愛液がポタポタと垂れ落ちてくる。
「君は本当に……」
「ケイ、私もうダメかもしれないわ……ケイが酸素なの……」
 セツナはそのまま言葉を紡ぐ。ここが現だと認識していないように、クチャと唾液交じりの声が響く。ケイ、知っている? ケイとするのを夢見ていたのよ、どんな風に抱かれるんだろうって。海みたいに包容されるのかしら、それともトマト畑みたいに赤く情熱的なのかしら。ふふっ、トマトって変よね、情熱の国のイメージからだったのかな。
 

 開始早々こちらが吐いてしまいそうな苦手な文章だった。リノリウム、吐瀉と言ったどこか中二病めいた表現。吐いたままのキス。よくわからない表現、気持ち悪い睦言、すぐイく女。意味不明な例え。
 この人吐いた事あるのか、あの匂いは吐き気をもよおすだけで留まる物ではないはずだ。色だって色んな物が交じり合って決して綺麗なんかじゃない。それにあたし以外の女と付き合った事があるのか、というか童貞じゃないのか。どこか夢物語のくせにやけに現実性を持たせようとする汚さがあって、顔を顰めた。
 これを読んで感想を言う事が、立花君と意味不明な背景で身体を触り合うよりも苦痛であることが明らかで自分の安請け合い具合に溜息をついた。 

       

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Neetsha