Neetel Inside 文芸新都
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 その夜の打ち上げに、僕は参加しなかった。ライヴハウスを出た時には23:00を過ぎていたから、市民公園に着く頃には日付が変わっていたと思う。
 どうして、彼女は来なかったのだろう。責めるつもりはなかったし、名前も知らない男のライヴに来る道理もない。わかっている。僕にしても、彼女に固執する理由は見当たらなかった。だが、それでも、どうしても、そんな理屈などより、虚しさが勝った。

 いつも僕がギターを弾くベンチには、先客がいた。ベンチに座ったその人は、僕を見付けると薄く、薄く、微笑んだ。
「ライヴ、いらして下さらなかったんですね」
「ごめんなさいね」
 ベンチに座ったままの、彼女の微笑は崩れない。今日は珍しく、BLACK PEACE NOWのカットソーに、同じメゾンのボックススカートを合わせている。足にはレザー素材のバンデージ・ブーツが膝下辺りまで高く編み上げられていた。
「人、集まったの」
 隣に座った僕に、色の見えない声で彼女は聞いた。
「ええ、それなりに」
 ぶっきらぼうに、僕は答える。そうじゃないのに。こんな風に突き放したい訳じゃない。そうじゃない。
「今夜は、弾かないの」
 なんだか、月の明かりが五月蝿かった。僕は精一杯の忌ま忌ましさを込めて数秒月を睨むと、無言でギターをケースから出して弾きはじめた。
 弦を弾いていると、昼間のヴォーカルの声を思い出した。そういえばあの歌詞は、半分を僕が書き、もう半分を彼女が書いたのだった。目を上げると、うっすらとした笑みと目があった。指が、動かなくなった。
「どうしたの」
 突然千切れた音に、彼女は怪訝そうに眉を潜める。
「何故、いらっしゃらなかったのですか」
 突き刺すように、僕は言った。
「ごめんなさい」
 彼女が俯く。真っすぐに切り揃えられた前髪に阻まれ、表情はわからない。月明かりを受けて、青白い横顔は幻想的な美しさを孕む。僕は、唇を噛みながらギターを片付け、その場を後にした。自分でも子供のようだと思いながらも、僕は、振り返ることもなく、家へと、帰った。

       

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