Neetel Inside 文芸新都
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 ぱたぱたと、雨粒が傘の上を跳ねる。何処へ行く当てもないくせに、僕の両足は明瞭りとした目的地を持って進んでいるようだ。頭の中では、只管知らない曲がリフレインを奏でていた。
 随分遠回りをしたように思う。それに、ゆっくり歩き過ぎた。携帯電話のチープなディジタル表示が、日付が変わったことを告げている。僕は、市民公園の前にいた。ああ、ギターを忘れて仕舞った。そんなことを考えながら、市民公園の中へと進んだ。雨は、変わらず降り続いている。
 市民公園は、それなりの広さがある。グラウンドや遊具、遊歩道があり、その片隅には小さな薔薇園があった。その入口の辺りに、いつものベンチはあった。自然と、僕の足はそこへ向いた。
 薔薇園の前に、人影があった。口の中が、一気に渇いていく。淡い期待を抱きつつ、僕は歩みを進めた。人影が大きくなるにつれ、僕の心臓は早鐘を打つように、その鼓動を劇しくする。
 ああ、矢張り、彼女だ。この雨の中を、傘も差さずに立っている。その立ち姿は、いっそ幽玄とも言える雰囲気を醸していた。僕に気付いた彼女が、顔を上げて微笑む。薄く儚い笑みが、さらに薄れて見えた。慌てて駆け寄って、彼女に傘がかかるようにする。
「風邪、引きますよ」
 ぽたり、ぽたりと、彼女の髪から水が滴っている。
「何、してるんですか。傘も差さずに」
「君を、待っていたの」
 澱みなく、彼女は答える。いつだってそう。彼女の声は凛と澄んで、耳に心地好い。
「君に、言わなくちゃ不可ない事があるの」
 そう言うと、彼女は何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべた。怪訝な顔をする僕に、彼女は続ける。
「私の前でギターを弾くのなら、聴衆は私だけで佳い」
 僕が何か言う暇を与えずに、彼女は僕に唇を押し当てた。
 ゆっくりと唇を離すと、彼女はほうと一つ息を吐いた。
「私の前で弾く時だけで佳いの。


 私の為だけに、ギターを弾いてよ」

       

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