Neetel Inside ニートノベル
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 スポーツバッグは、すぐに見つかった。
 今ではすっかり行く事のなくなった、陸上部時代に愛用していたものだ。
 白いシンプルなデザインが気に入って、お父さんに買ってもらったんだっけ……。
 本来なら、修学旅行もこのバッグで行くつもりだったけど。まさか、こんなタイミングで引っ張りだす事になるなんて、思いも寄らなかった。
 まずは、着替えだ。
 ハンガーにかけてある服を、上下の組み合わせなんて無視して適当にバッグに詰め込む。
 下着は、できるだけ多く持っていきたいけど。どれだけ必要なのかわからないので、とりあえず三日分だけ用意した。
 あと、タオルと愛用の音楽プレイヤー。電気が使えるかわからないけど、携帯の充電器も忘れずに入れる。
「とりあえず、これでよし。かな?」
 バッグの中身をもう一度確認し、勢いよくチャックを閉める。
 本当は、食べ物とかも入れていきたいけど。そのためには、キッチンのあるリビングまで行かないと駄目なので、諦めるしかない。    
 バッグを肩にかけると、結構な重さになっていた。 
 できるだけ物音を立てないように、足音を忍ばせながら一階まで降りる。リビングからは明りが漏れていて、テレビの音とお母さんの笑い声が聞こえた。
 お父さんの声は聞こえない。もしかしたら、いつもみたいにテレビを見ながら、ソファで眠ってしまったのかも。
 いってきます。
 心の中で呟いて。自分用の傘を一本手にしてから、こっそり玄関のドアを開けた。
「あれ、七海。お前何してるんだ?」
 ようやく家を出たところで、いきなりお兄ちゃんに声をかけられた。
 思わず体中の筋肉が硬直する。 
 見れば、お兄ちゃんはガレージから自分の自転車を出しているところのようだ。
 早く家を離れたいのに。なんともタイミングが悪い。
「ん……と。ちょっと友達と遊びに行こうかなって」
 お母さんに会話を聞かれないかと、自然と声が小さくなる。スポーツバッグも、できるだけ後ろに隠す。
 あまり、意味はないかもしれないけど。なんていうか、気持の問題だ。
「お前、夜遊びなんてあんまりしないのに、珍しいな。」
 私がバッグを隠したのを、お兄ちゃんも気づいたみたいだけど。一瞬、視線を送っただけで。バッグの事には触れなかった。
「そりゃあ、これでも女子高生だしさ。たまには、息抜きで遊びたい時もあるわけだよ……こんな、ご時世なわけだ…し?」
「まぁなぁ。その気持もわからんでもないけど。俺も一応は警察官だから、夜遊びを推奨はできないなぁ。それに、あんまり遅くなると母さんとか心配するしな」
「心配、ね。どうだろ? しないんじゃない」
「そんな棘のある言い方すんなよ」 
「上辺で心配するふりしてても、本音なんてわかんないよ。もしかしたら、どうでも良いって思ってるかもしんないしさ」
「馬鹿だなぁ。家族はそんなに、薄情な繋がりじゃないって」
 じゃあ、なんでお父さんは浮気なんてしてるんだろうね。
「だったらいいんだけどね」
 正直、私がこのまま家を出て、いなくなっちゃって。それでお父さんやお母さんが何も思わなくたって、私はどちらでもかまわない。
「俺だってさ、あんまりうるさく言いたかないわけ。遊ぶのもいいけど、ほどほどにって事だ」
「うん、わかってるって。お兄ちゃんはこれから仕事?」 
「そそ、非番って言っても。警察はこれがあるからきついよな」
「なんか事件?」
「詳しくはまだわからんけど。とりあえず応援の連絡で呼ばれただけだから。新谷町だっけかな」
「そっか、結構近い場所じゃん。最近はそんなに大きな事件もなかったのにね」
「多少、落ち着いても。みんな不安なのは変わらないからなぁ。世界が終わるっていうゴールなんかがあると、余計に自暴自棄になっちゃうのかもな。どうせなら好きなようにやってやる。みたいな」
「まだ、どうなるかなんてわかんないのに?」
「自分の都合の良いほうを選びたがるのが人間って奴なんじゃないか?俺だって、世界が本当に終わるって確定してるなら、仕事なんか行きたくないよ。でも、どうなるかわからんし、かといって家で腐ってるわけにもいかんし……難しいところだよな」
 どこの評論家だよ。って思うぐらい、お兄ちゃんは腕を組んで、一人でうんうん頷いている。
「っと。いかん、いかん早く行かないと怒られちまうよ」
 いきなり、スイッチの入ったロボットみたいに。お兄ちゃんは忙しない動作で自転車にまたがった。
「気をつけてね」
「お前もな」
 そう言って、お兄ちゃんは合羽を羽織ると、自転車を立ち漕ぎしながら仕事場に行ってしまった。
 玄関先には、私だけが残される。
 田舎町の夜。車や人通りなんて殆んどなく。雨の音しかしない。
「さて……と。それじゃあ、私もいきますか」
 ひとつ深呼吸して。私は夜道の暗闇へと向った。

       

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