Neetel Inside ニートノベル
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 今度こそ、逃すわけにはいかない。乗せてくれないとしても、せめて話ぐらいは聞いてくれたっていいはずだ。
 体全体を道路側へ大きく乗り出すようにして、私は目一杯、両手を大きく振った。
「おーい。止まってよぉー」
 待ちぼうけに飽きていた繭歌も、私に続く形でトラックに手を振っている。
 トラックの運転手は、私達を見つけたのか。耳を塞ぎたくなるような大きな音で、何度かクラクションが鳴らされた。
 怪獣の鳴き声みたいな音に驚いて、私達は歩道側に飛び退く。
 急に大きな音を聞いて、どきどきする胸を押さえながら。私はトラックの後ろ姿を目で追った。
 また、駄目だったかぁ。
 肩を落としていると、20メートルほど離れた場所に。今、私達の目の前を通り過ぎたばかりのトラックが、ゆっくりと速度を落として停車した。
「七海ちゃん。トラック止まってくれたよ」
「う、うん」
 乗せて……もらえるのかな?
 でも、止まってくれたという事は、少なくとも私達に興味を持ってくれたって事だろうし……。
「繭歌、行くよ。事情だけでも話してみよ」
「そだよね。ちょっとの距離でも乗せてもらえるかもしれないもんね」
 互いに荷物を持って。慌ててトラックに駆け寄る。
 大きな荷台を持ったトラックを見上げると、開いた窓から運転手が待ち構えていた。
「なんや、お嬢ちゃんら。いくら広い道路でも、あない道に出てきよったら危ないやないか」 テレビでしか聞いた事の無い関西弁で話しかけられる。
 坊主頭に、首には太い金色のネックレス。顔は……お世辞にも優しそうには見えない。 正直に言えば……怖い。
 年齢は、私のお父さんと同じぐらいかな?私達から見るとおじさんと呼ぶのがしっくりくる感じだ。
「あの、私達。二人で旅行してるんですけど。良かったら乗せてもらえませんか? その……行けるところまでで良いので」
「良いのでー」
 さすがに、世界の果てというなんだか良くわからない場所を目指して、家を抜け出してきた家出少女二人組みです。なんて、馬鹿正直に話すわけにもいかない。なので、多少の嘘を交えつつ私はおじさんに説明する。
 繭歌は交渉を私に任せるつもりなのか、隣で愛想笑いだかなんだかよくわからない曖昧な笑顔をおじさんにへらへらと向けている。
「へぇ、こんなご時世に旅行とは。なんや物好きやなぁ……それで、ヒッチハイクっちゅうわけか」 
「そうなんです。こんな時だからこそ、せっかくだから見た事の無い場所を見に行こうと思って。見聞を広げたいというか、悔いのないように生きたいというか……」
 やばい。自分でも何を言っているのか、わけがわからなくなってきた。さすがに、適当過ぎたかな。
「そうか、そうかぁ。なんや、青春やなぁ。やっぱり若いうちはそれぐらい行動力ないとなぁ」
 適当な私の説明を、おじさんはえらく真剣な顔で聞きながら、深く何度も頷く。 
 そんなに真面目に聞かれると、嘘をついてるだけに、なんとも心苦しい。
「おじさん。乗せてってよぉー。おねがーい」
 やたら鼻にかかったような甘い声で、繭歌も会話に参加してくる。
 確かに、繭歌の声はもともと高いけれど。それを更に高くしたような、本当にアニメに出てきそうな声だ。わざと作っているのがわかる。 
 何かのキャラクターの真似……なのだろうか?
「そうやなぁ……」
 自分の頭をぱしぱしと叩いて、おじさんは深く目を瞑った。 
「駄目……ですか?」
 これ以上引き止めるのは、なんだか悪い。
 私達の用件は伝えたし、それでも駄目だと言うなら。それは、潔く諦めるしかない。
 また、次の車が通るのを待つか。それとも、重い荷物を背負う繭歌を連れて、とにかく県境を徒歩で目指すか。
 どちらにせよ。考えるだけで、とても疲れてくる。 
「わかった」
 癖なのか。自分の頭をまた叩いて、おじさんは目を開けた。 
「俺も仕事があるさかい。ほんまに、乗せられるとこまでになるけども。それでええんやったら」
「ほんとですか」
 おじさんの返答に、自然と声が弾んでいるのが、自分でもわかる。
「顔は怖いけど、良い人でよかったねー」
「こ、こら」
 慌てて、私は繭歌の口を塞いだ。余計な一言でおじさんの機嫌を損ねては、たまったものじゃない。
「ははは。まぁ、顔は怖いてよう言われるわ」
 う……おじさんに聞かれてるし。
 でも、おじさんは気にしてないのか。大きく口を開けて。豪快に笑っている。
「さ、話は決まったんやし。さっさと出発するで」
 トラックのドアをおじさんは開けて、手招きで私達に乗り込むように促す。 
 ドアの下に付いている足掛けに体重を乗せる。家の車と全然違って、凄く乗りにくい。乗るというより、どちらかというと、登るような感じだ。
「お、お邪魔します」
 座席はコンビニの袋だとか、飲み終わったビールの缶だとかが散乱していた。それに、染み付いた煙草の匂いが鼻を突いた。
「ああ、ごめんな。普段は俺だけしかおらんから、散らかってんねん。足元のスペースは適当に自分で作ってな」
「はい……」
 そうは言っても。いくらゴミとはいえ、足で蹴るわけにもいかず。私は足元のゴミ袋を少しだけ爪先でずらして、小さなスペースをなんとか確保した。
私も、部屋の掃除とか苦手なほうだけど。さすがに、これは汚すぎると思う。

       

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