Neetel Inside ニートノベル
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「じゃあさ。じゃあさ。私が友達になってあげるよー。今なら七海ちゃんもついてるよー」
 私の腕を掴んで、なんだかよくわからないアピールを熊田さんにする繭歌。
「繭歌」
 短く言って、私は繭歌のおでこに軽くチョップした。
「わぷ。もーなにさー七海ちゃん。つねったり、チョップしたりひどいよー」
 騒ぐ繭歌に無言で首を振る。
 これ以上は、私達が何かを言うべきじゃない。そう思った。
 熊田さんが元ヤクザだとか。娘さんが今でもその事で引き篭もりになっているだとか。
 すっごく難しい問題があったとしても。どこまで行っても熊田さんの人生の問題で。
 私にも繭歌にも、結局は問題を解決する方法なんてなくて。
 話しを聞く事しかできない。何も……できないから。
 だから、これ以上は首を突っ込むべきじゃないんだ。
「七海ちゃん、聞いてるー?チョップ凄く痛かったんだよー?」
 まだ言ってるし。
「まーゆーか」
 今度はチョップではなく。きつく睨んで繭歌を黙らせる。 
「いいもん、いいもん。いじわるな七海ちゃんには、お菓子もうわけてあげないもん」
 怒られた事で、すっかり繭歌は拗ねてしまった。
 熊田さんのトラックに乗せてもらってから。すでに三袋目のおかしを繭歌はあける。細い体のどこにそれだけ収まるのかと感心してしまう。
 まぁ、今は良くても。後から響いてくるのだけれども。
 男の子にはイマイチ伝わりにくく。女の子にとっては非常にデリケートな問題だ。
「いいよ別に、後でお腹出ても知らないからね」
「うぁ……だ、だいじょうぶだもん」 
 一瞬ためらったものの。繭歌は結局はおかしを頬張った。しかも、鷲掴みで。
 良く見れば。繭歌の持ってるおかしは私が家でも良く食べているやつだ。
 自分のお腹の肉を服の上から少しつまんでみる。
 陸上部で鍛えていた貯金があるのか。私のお腹はまだお肉をつまめるほどではない。
 ん、大丈夫。
 チェックも済んだところで。繭歌のお菓子の袋に、遠慮なく手を突っ込んだ。
「あー、七海ちゃんも結局食べるんじゃんかー。さっきも食べたしー」
「さ、さっきは少しだけじゃん。それに、私は陸上部だから大丈夫だし?」
「元でしょー今やってないでしょー」
 まぁ、そうなんだけどさ。
 気にしない。気にしない。
 貯金があるし。
「うーあー七海ちゃんもお腹たぷたぷになってしまえー」
 き、気にしない。気にしない……。
「たぷたぷになってしまえー」
「二回も言う必要ないじゃん」
 我慢できずに、思わず声が出た。先に二袋も平らげてる繭歌にだけは言われたくない。
 たぷたぷなんかになるもんか……多分。
 い、いざとなれば、また走ればいいだけだし。
「ははは。なんか楽しいなぁ。いつも一人で走っとるから嬉しいわ」
 私達の喧騒を、熊田さんは何本目かの煙草をふかしながら、楽しそうに眺めていた。
 正面に、僅かな灯りが見えてきた。トラックは隣町に入ったみたいで、景色に建造物が混じりはじめる。
 私達の町とは違い、隣町は観光地として結構有名だった。
 もっとも、今では観光しようなんて人は殆んどいないので、どこもまばらな灯りが見えるだけで、寂しい雰囲気が漂っている。
 最盛期には、レジャー施設や小さな遊園地もあって。私も小学生の頃に何度か両親に連れてきてもらった記憶がある。でも、私が中学にあがる頃には、その遊園地は経営不振で潰れてしまったのだと、夕飯の支度をしながらお母さんから言っていた。
「この先に、小さいサービスステーションがあるんや。そこでちょっと休憩しよか。トイレとかも済ませとかんとな。次の休憩所まで三時間ぐらい走らなあかんさかい」
 熊田さんがそう言うと、車は少し速度を弱めて。車線を変更した。 
 10分ほど走り続けると、熊田さんの言った通り。夜道の中にサービスエリアの看板がぽつんと、浮び上がってくる。
 サービスエリアのガレージに入り、トラックは適当な場所に停車した。
「ほな、しばらく休憩するさかい。適当に休んどってええで。建物の中は自動販売機とかもあるし、うどんとかも食えるしな。ここのうどんめちゃくちゃうまいねん」
 ほな。と言って。熊田さんはトイレのある方向へと消えて行った。
「静かだねぇ。七海ちゃん、どうする?」
 トラックから降り。大きく後ろに体を伸ばした後、欠伸混じりに繭歌が聞いてきた。
 繭歌の言うとおり。サービスエリアは営業中だと思えないほど、水を打ったような静かさだった。
 熊田さんのトラック以外にも、数台のトラックや乗用車が停まっていたけど。みんな車内にいるみたいで、人影は私達だけだ。
「とりあえず、私は中で飲み物でも買って休憩する」
 ずっと車に乗っていたので、何か飲みながらゆっくり足を伸ばして落ち着きたい。
「トイレいかなくていいの?」
「私は別に後でもいいし」
「七海ちゃんも一緒に行こうよー」
「え?なんで?」
 小さな子供じゃないのだから、お手洗いぐらい一人で行けばいいのに。
「だってー。なんか恐いじゃん。それに、トイレ暗そうだし」
 熊田さんが向った辺りに視線を移すと、いかにもな雰囲気の薄暗い電灯が点滅している女子トイレが見える。 
 確かに、ここから見ているだけでもなんだか不気味だ。
 古いサービスエリアだから、仕方ないのだろうけど。それにしても、電灯ぐらいはちゃんと交換して欲しいと思う。
「ね、お願い。七海ちゃんついてきてよー」
「しょうがないなぁ……」  

       

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