Neetel Inside ニートノベル
表紙

用心棒は機械少女
二章

見開き   最大化      

「おい、びびってるのか」
 自分の腕を握っている力が増したため、ゴードンはからかうように言った。
「ち、違う……」
 ベルはきょろきょろと節操なくあたりを見回している。このような光景を目にするのは初めてなのだろう。
 どこを見ても人、人、人。それは兵士だったり、旅人だったり、はたまた乞食であったり、様々である。
 二人の目の前にあるのは建物の数々とそれらを多い囲む汚れた外壁。色々なものを継ぎ接ぎさせて作られたのか、簡単に壊れてしまいそうにも見える。
 それが、今の世界における街だった。十五号と呼ばれる、新世界政府が公認する街。派遣された兵士たちが取り仕切り、文化的生活を求めた人間が集まる場所。
 しかし、誰でも街に入れるわけではない。金がある者、物資がある者、技術がある者、そういった何かを持った人間が、兵士のチェックをパスして初めて街の中に入り、生活することができる。一時期の滞在であっても同じだ。基準が緩くなるだけで、チェックが必ず入る。
 だから、外壁の外では街に入れなかった者やそう言った人間を相手にした商人などが溢れていた。
「ねえ、今更こんなことも聞くのはおかしいかもしれないけど……」
 ベルは不安げに訪ねた
「私と一緒にいて街に入れるの?」
「大丈夫だからここまで一緒にいるんだろうが」
 本当に今更だとゴードンは声を上げて笑う。
「俺から離れず、余計なことを口にしなければ問題ない。巡回車のときと同じく堂々としていればいいんだ」
 そう言ってゴードンは街の入り口へと進んでいく。ベルは彼の腕をしっかりと掴みながらついていく。
 二人の若い兵士が左右から近づいてくる。
「まずは荷物のチェックを――」
 兵士が言い終わるまでにゴードンは懐から一枚のカードを取り出す。それを見た兵士はすぐに口を閉じた。
「一度お預かりさせていただきます」
 兵士はカードを手に取ると、離れた場所にいる自分の上司にそれを見せに行く。そして数回言葉を交わした後、小走りでゴードンの前に戻ってきた。
「お返しいたします。どうぞこちらへ」
 何もチェックを受けないまま、二人は兵士に導かれて暗い道を歩いていく。
「それでは、十五号でのご滞在をお楽しみください」
 そう言って兵士は道の先の大きな扉を開けた。眩い光が差し込む。人々の喧騒が、光に続いて飛び込んでくる。
「ご苦労様」
 ゴードンは一言そう言うと、光の中へと進んでいく。後ろでは扉が閉じる音。
「さあ、着いたぞ。ここが十五号だ」
 ゴードンは子供のように笑いながら、ベルに言った。
「ここが……」
 自分が今まで歩いてきた荒野とはまったく違う光景にベルは圧倒される。
「壁の外だけでも凄かったのに、ここはそれ以上だよ……」
 戦前から現存していた建物と、戦後に立てられた建物が見渡すかぎりに広がっている。どこを見ても人がいて、彼らの声が溢れ返っていてとても賑やかだ。
「立ち止まってないで、宿に行くぞ」
 ゴードンは自分の腕を引っ張る。それに組みついていたベルは「おっとっと」と慌ててバランスをとった。
「ねえ、さっき見せたカードはなんだったの? 兵士のチェックなしで入れちゃったけど」
 宿までの道をならんで歩きながら、ベルは訪ねる。
「あれか? まあ簡単に言えば政府の要人であることを示す物だよ」
「え!? ゴードンって偉い人だったの!?」
「しーっ! 声がでかい。とりあえず話の続きはあそこでな」
 そう言ってゴードンは自分の口元に持っていった人差し指を前方の建物へと向けた。古びた木の看板が少し斜めになりながらも入り口の上に貼りつけられている。肝心の文字が風化して読めなくなっていた。


「思ったより良い部屋じゃないか」
 ゴードンは入り口から部屋を見回して言った。ベッドが二つ。汚れの一切ない綺麗なシーツが敷かれている。あとは時計が乗った棚と小さなテーブル、そして椅子が二つ。
 ベルはゴードンの脇を抜けてベッドに駆け寄ると、思い切りそのうえに寝転がった。
「柔らかい! ベッドってこんなに柔らかいんだ。気持ちいい……」
 上で何度も転がりながら初めてのベッドの感触を楽しんでいる。
「壊すなよ。お前は結構重いんだから」
「女の子にそういうこと言う?」
「だって機械だろ」
「そういう問題じゃないでしょ!」
 口をとがらせながらベルは身体を起こした。
「それで、さっきの話の続きなんだけど。本当にゴードンって政府の偉い人なの……?」
「ああ、そのことだが」
 ゴードンも自分の荷物を床に置くと、ベッドに腰をおろした。
「まずこのカードだが、さっきも言った通り政府の要人であることを示す物だ」
 カード取りだしてベルに投げる。受け取ったそれを彼女はしげしげと見つめた。
「偽物なんだけどな」
「え?」
「声を小さくしろよ。もっと分かりやすい言い方をすると、それは偽造パスみたいなもんだ。そこに書いてある情報は全部嘘。架空の要人を示すカードなんだ」
「な、なにそれ……」
 あっけにとられたようにベルは話の続きを促した。
「まあ借り物なんだがな。俺に拳銃を提供してくれた知人の物だ。彼の仕事の手伝いをするわけだから、こういった援助をしてもらえる」
「何者なの、その人は?」
「一般人だよ。見た感じは気のよさそうなじいさんだ。中身はおっかねえけどな」
「そんな人がなんで拳銃や偽造パスなんてものを持ってるの?」
「俺もそこまでは知らないよ。むしろ知りたくない。考えただけで恐くなる」
 震えるような動作をすると、ゴードンは再び立ち上がった。
「そのカードはお前が持ってろ。俺はここでやらなきゃいけないことがある。さっき言ったじいさんの手伝いだ。その間、お前は街を自由に散策してていいぞ。そのカードを持っていれば一人でも問題ない。街の中は軍のおかげで治安がいいからな」
「私もゴードンについていくのは駄目なの?」
「残念だがそれは駄目だ。お前がなんと言おうと、こればっかりは絶対だ。……そうだ、金がないと散策してもつまらないだろう」
 ゴードンはポケットから紙幣をいくつか取りだすと、ベルに渡した。
「小遣い……いや、賃金って言った方がお前は納得するかな。ほら、受け取れ」
「ありがとう」
 ベルの中の知識に今の世界の通貨に関するものはない。それでも紙幣の量からそうとうな金額を渡されたことが理解できた。
「それじゃあ、俺は行ってくる。出歩く場合はここの場所をしっかり覚えろよ。まあ、迷子になったら人に聞けばいいが。それじゃ、また夜に」
 そう言ってゴードンは一人先に宿を出て言った。
「一人で散策って言われてもなあ……」
 初めての街でいきなり一人きりにされてもどうすればいいか、ベルには分からなかった。
「どうしよっかな」
 受け取った紙幣を全てポケットの中に突っ込んで、ベルは考え始める。

       

表紙
Tweet

Neetsha