Neetel Inside ニートノベル
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「他人の夢に入り込む方法をお前は知っているか?」
強い風が屋上に吹く。風になびく小町あの子のミニスカートは、その下の三角地帯が見える見えないのギリギリのラインを行き来していた。小町あの子の表情は真剣そのものだったが、彼女の問いかけはふざけていた。―――んなもん、知るわけがない。
「知りません。」
「まずチャイムを押すのさ。ピンポーンって。玄関空けてくれれば、そのまま入るだけで、返事がないんなら無理矢理ドアをぶち破る。」
「えっ、ちょっと」訳が分からない。
「一緒なんだ。場所を教えてもらって、あとはお部屋を尋ねるだけ。まぁ、普通は部屋の場所まで移動するだけで面倒なんだけど……」
「あのさあ……」手綱をほどいて勝手に先に進んでしまった飼い犬を追いかけるような顔で僕は口を挟んだ。「もっと、分かりやすい説明をしてくれないか?」
「ん?分かりやすく説明してるつもりなんだが。」あの子はきょとんとこちらを見る。
「まず、前提として確認したいんだけど、お前は人の夢の中を行き来できるの?」
「そうだ。私は夢の中を自由に行き来できる。『自由』ってのは違うか。」
俄かには信じられない話だ。つい最近知り合った不良少女が、私夢の中を自由に行き来していると言う。不良のくせに電波じみたことを言っている。易々とついて行けない展開だ。しかし―――
「『信じられない』という顔だな。」
「そりゃ、そんなメルヘンな話をされても。」
「でも、事実として私はお前を夢で救った。お前の夢に入りこもうとしてきた野郎の侵入を防いだ。その証拠にお前は夢精しなかった。違うか?」
確かに、昨夜見た夢の中で、誰かが『部屋』の中に入ってくることはなかった。誰ひとり。澤井は勿論のこと、小町あの子の存在もなかったのだ。
「確かにそうだ。でも、俺の夢の中にお前は出てこなかったぞ。」
「そうなのか……!!それは……」小町あの子は驚きの表情を見せ、空を見上げて何か考え始めた。雲がいつもより速いスピードで流れていた。
「なあ、お前は夢の中で『部屋』の中にいた。違うか?」
「……そうだけど。」
「私は、その『部屋』の入り口までは来たんだ。『部屋』っていうのは……人の頭の中で無意識を司っている場所だ。人によって、お花畑だったり、劇場だったりするけどな。お前の場合は『部屋』だった。その『部屋』の中で起きていることが、夢になるんだ。」
「じゃあ他人の『部屋』に入れば、他人の夢を見れるってこと?」
「ああ、それどころか他人の夢に介入できる。私たち『夢追い』はそういうことができる特殊な人間なんだ。」
『夢追い』……ますます話が電波じみてきた。他人の夢に入り込み、介入する。文字通りの夢物語に苦笑したくなる気持ちを抑えながら、僕はあの子の話を聞いていた。
「私は小さいころから他人の『部屋』に入り込んで、夢を見ることができたんだ。幽体離脱のイメージで考えてくれると分かりやすいんじゃないかな。あんな感じで、意識だけ身体から分離させて、夢の世界を自由に動くことができる。」
「夢の世界?」
「ああ、『夢の世界』だ。私はそう呼んでる。ディズ○ーランドじゃないぞ。」
小町あの子が不機嫌そうな顔で、1時間待ちのスプラッシュマウンテンに並んでいる姿が柄頭に浮かび、僕は吹き出しそうになった。しかし、あくまでもあの子の顔は真剣で、笑ったらまた拳が飛んできそうだ。くしゃみをごまかすような必死さで僕は必死に笑いをこらえた。
「『夢の世界』って言っても、見かけは今いる世界と大きく変わらない。だいたい同じ位置に私たちの学校があるし、駅だってある。お前に昨日聞いた住所に、お前の家もあった。『夢の世界』でも、現実と同じように建物が立ってるんだ。でも、夢と現実には大きな違いがある。夢の世界には眠っている人しか存在しない。」
「それは、どういうこと?」
「私たちは今、『夢の世界』にはいない。なぜなら私たちは起きているからだ。しかし、急にこの場で眠りに落ちるとする。すると、『夢の世界』の学校の屋上には、眠っている私たち二人が急に現れるんだ。」
「つまりは『夢の世界』は現実に眠っている人たちだけが存在する世界で、その世界でも眠っているから人は『夢の世界』にいることに気づかない。でも小町はその世界で自由に活動できるということ?」
「そういうことだ。『夢の世界』に行く条件はただ一つ。寝ることだ。ここまではほかの人間と変わらない。だけど、なぜか『夢の世界』でも眠らずに、起きたまま自由に行動できる。それが『夢追い人』だ。」
「でも、それって『夢の世界』で動けるだけであって、他人の夢をのぞき見するのとは違わないか?」
「『のぞき見』とは人聞きが悪いな。まあ、実質そうなんだけど……でもさっきから風で捲れそうなわたしのスカートの下を見ようとしているお前には言われたくないな。」
そういうと、彼女は吹きすさぶ風で今にも捲れそうなミニスカートを両の手で押さえながら僕を睨み付ける。
「不可抗力だ。」
弁明をしても、鬼の形相は静まらない。しかし実力行使のための両拳は、乙女の純情を守るために忙しく、僕は危うく肉体的制裁を免れた。
「ほんと、不可抗力なんだ。見たいと思ってるわけじゃない。ただ、反射的に……」
「まあいい。その程度は許してやる。でもぶっかけは一生許さないからな。……と話を戻すか。確かに、『夢の世界』を移動するだけじゃ、他人の夢を見ることはできない。まずは、眠っている人のそばに行く必要がある。そうして、その人の中に入り込むんだ。お前のところにも、お前に教えてもらった住所を頼りに行ったんだ。」
あの子がそう言ったところで、昼休みの終わりを告げるチャイムがなった。
「ああ……まだ半分しか話してないんだけどな。お前、授業には出るか?」
それが学生の義務だ―――僕は黙って頷いた。しかし不良の彼女にとってはそれは義務ではないらしい。
「続きはまた今度だ。授業なんてめんどいから私はもう帰ることにするよ。一服した後でな。」
そういうとあの子は胸ポケットからラークを取り出し、加えるとライターで火をつけた。『夢の世界』を自由に行き来する不良少女。嘘なのか、それとも真性なのか。しかし、昨夜、僕は悪夢を見ないで済んだのは事実で、それは彼女の言うとおり彼女のおかげなのかもしれない。
「じゃあな。」
そう言って僕はクラスへと戻っていった。去り際に煙草を吹かせた不良少女の方を振り向くと、一陣の風が吹き通り、気を緩めたあの子のスカートを捲り上げた。顔に似合わない純白の下着が、久しぶりに健全な勃起を僕にもたらした。

       

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