Neetel Inside ニートノベル
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Angels
三話「Angel Dream」

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「おい夢精、面かせよ。」
小町あの子が昼休みに僕のクラスにやってきた。不良少女の登場にクラスは騒然とする。今日も澤井君は学校を休んでいた。死亡説がクラスでは流れている。

「小町あの子!!襲撃か!!」
澤井という片割れがいない間、いつも席に座ってニタニタしている岡本が、小町あの子に突っかかった。どうやら二人は小学校以来の旧知の仲らしい。
岡本は空気の読めない男である。いや、こう言った方が正しいだろう。岡本は自分がどういう目に遭うか予測して行動できない男である。
ひょろひょろとした身体で小町あの子に突進して行ったが、あの子の長い脚から繰り出されるハイキックを顔面に受け床へと崩れ去った。開放する者は誰もいない。

「メガネは割ってねえからな」
ぼそっと小町あの子は呟いた。
「それより、夢精!ちょっと来いや!」
夢精……僕のことである。酷いあだ名で呼ぶものだ。変な名前を両親に付けられた小町あの子と言えども、そんな下品なあだ名を人に付ける権利はないはずだ。
隣で美幸が、おっかな怯えながら僕の方を見る。「竜ちゃん、知り合いなの?」表情は無言でそう物語ってる。僕は頷いた。
小町あの子は僕のカッターシャツの襟を掴み引っ張ると、「ついて来い」とやや小声ながら低く迫力のある声で僕を恫喝した。

「分かったから、掴むなって!」
馬鹿力で襟を引っ張られ、僕は窒息しそうになっていた。引っ張られた襟に引き寄せられる形で、カッターシャツの第二ボタンが喉仏を圧迫する。苦しむ僕の表情を見ると、あの子は僕を開放し、再び「ついて来い」というと教室を去っていった。そう仰られたからにはついていかざるを得ない。
教室内はまだ騒然としている。美幸は涙目で僕の方を見ている。「大丈夫だから」と言い残し、僕はあの子を追いかけた。しかし、「夢精」はないだろう。あだ名として定着する前に、クラスの連中への上手い弁解を考えなくてはならない。

小町あの子は僕を屋上へと連れ出した。空と雲と太陽と僕と彼女以外には誰もいない。一瞬シメられるのではないかと不安になったが、幸いにも彼女にその気はなかった。

「夢、どうなった?」
あの子は僕に尋ねた。

「大丈夫だった。……夢精もしなかった。」
「夢精とかレディの前ではしたない言葉を言うんじゃねえ!」
乙女の恥じらいの叫びとともに、テンプルに拳がめり込む。今度は寸止めすることなく、ジャブをお見舞いさせてくれたようだ。

「……いてて……とにかく、変なことされなかったし、そもそも夢の内容がちょっと違ったんだ」
「ほう」
「部屋の中で俺は寝ていなかった。他の誰かが寝ていた。」
「誰なんだよ。」
「俺じゃなかった。」
「誰かって聞いてるんだよ!」
またジャブが飛び込んできたが、今度はちゃんと腕でガードをした。しかし、ガードした腕が痛い。

「分からない……でも俺じゃない誰かだ。」
本当は美咲たんが寝ていたのだが、アニメキャラが寝ていただなんて言えば小町あの子は馬鹿にするだろう。ここは口を濁すしかなかった。

「そうか……夢ではそういうことはよくあるからな。誰かがいるのは分かるんだが、それが誰なのかは認識できない。別にそれでも夢ってやつは成立するからな。」
「その様子を俺はずっと見せられているだけだった。ナレーション付きで。」
「ナレーション付きで、ねえ。」
「人形劇のように、ナレーションが夢の中で何が起きているかを俺に説明するんだ。」
「当事者ではなかったわけだな。そんで、誰も来なかったのか?」
「ああ。澤井は来なかった。」
「澤井!?」
あ、やばい。時すでに遅し。美咲たんは暈したが、澤井の名前をうっかり口にしてしまった。

「お前、澤井に犯られる夢見てたっていうのか!?」
もはやイエス、としか答えようがない。

「……この変態夢精ホモ野郎が!!」
言葉のジャブが心を打った。

「でもさ、だからと言って俺がホモだとは限らないだろ!?」
「ホモだ」
小町あの子は即答した。

「そうか、俺は同性愛者だったのか……」
「まぁ気にするな。それに私は男同志の恋愛もアリだと思うぞ。気持ちは分からんが。……って冗談だ。」
小町あの子の顔つきが、真剣になった。

「お前がホモじゃないとは言い切れないが……お前の夢は少し他の人の夢と事情が違った。誰かがお前の夢の中に入り込んで、お前の無意識下に働きかけている。」

風が、急に吹き始めた。

       

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