Neetel Inside ニートノベル
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僕の家が面する市道は、決して大きな道路ではない。上下二車線ではあるものの、目を凝らせば、その端と端が見えるくらい区間が短い道で、一日を通じての交通量も多くはない。時間帯によっては、「人ひとりいない」状況があってもおかしくはないはずだ。
しかしながら、僕がその道の歩道部分に足を踏み入れた時、時計は夕方5時を迎えようとしていた。仕事終わりの会社員たちはまだ車のエンジンをならしていないかもしれないが、部活帰りの学生なら広い住宅街に位置取るこの道を歩いていてもおかしくはない時間だ。いや、分からない。そもそも帰宅部の僕には部活というものが正確に何時に終わるものなのか知らない。ひょっとしたらもっと遅いかもしれないし、すでにどこも終わっていて生徒全員がもう家に帰っているのかもしれない。そういうことだってありえる。と、僕の推察は往生際の悪さをまだ見せている。
しかし、あそこなら―――そう思って僕は西に進路を取る。眩しい逆光を背に、家から100メートルほど先にあるコンビニエンスストアへと向かう。店のドアが開く前に、ガラス越しから僕は思い知らされることとなる。誰もいない店内。商品だけが陳列され、それらを買う客も売る店員もいない店内。24時間営業の看板が、ただの張りぼてと化して僕を見下ろしていた。とりあえず中に入る。いらっしゃいませの声はなく、無人の店内には客の訪れを告げる電子音だけが虚しく響いた。

『夢の世界』―――その存在を認めることだけが、僕に唯一できることだった。もはや悪あがきをやめ、素直に受け入れるしかないのだ。
さあ、どうすればいいのだろう。受け入れたことで僕は次の問題に直面してしまった。それは、「『夢の世界』から帰る手段が分からない」という、漂流者的な問題だった。そう、僕は異世界に取り残されてしまったのだ。
しかし、よく考えたらこれはそこまで焦るような話ではなかった。『夢の世界』が寝ている人間の世界なら、現実で眠っている僕が起きれば、きっと帰れるに違いない。現に小町あの子という二つの世界を行き来している存在がいるのだ。入り口だけの閉ざされた世界ではないというのは明白だ。

僕は待つことにした。目覚めることを待つ、というのは不思議なものだった。寝ている間は脳も寝ているわけであり、「待つ」ことはおろかそれに必要な時間感覚さえもないのだ。しかし、僕は寝ると待つという並列不可能な二つの行為を同時に行っている。いや、でも「果報は寝て待つ」という言葉もある。良く分からなくなってきた。
とにもかくにも何もせずに過ごすのは、夢の中であろうがなかろうが退屈なことだった。幸運にも僕が今いるのはコンビニだった。そのコンビニが立ち読み防止のために、雑誌にカバーがされていないコンビニであったのも幸運だった。また、僕がまだ今週発売のジャンプを読んでなかったのも幸運だった。ジャンプだけでなく、ほかの主要な少年誌、青年誌も揃っていた。しかし僕はあえて、成人向けの漫画誌に手を伸ばす。むしろその行為は必然だった。僕は未成年者であり、法の下に成人向け雑誌を読むことが禁じられた存在だった。かりに法で禁じられていなくても、他の客、店員がいる前で成人雑誌を読むというのは尋常ならざるメンタリティーが必要であり、実質的には禁じられた行為同然だった。しかし、今僕を咎めるものはいない。誰もいない。
念のために言っておきたい。僕は性欲を満たすために成人雑誌を読むわけじゃない。テクノロジーが発達した今日、紙媒体をあえて頼る必要はないのだ。自室のPCからインターネットを通じてオカズを探す方が選択肢も多く、またいろいろと効率もいい。しかしながら、今僕は今まで自分でも気づかたかったアブノーマルな欲求に突き動かされている。ここに陳列されている成人雑誌をオカズにマスターベーションをしてみたい。「18歳未満の閲覧、購入は禁止されています」と制すPOPの目の前で、オナニーをしてみたい。僕は「見るなと言われたら見たくなる」という気質を持っていた。しかし、それは現実社会で人間関係を築く際にマイナスな性質で、僕はこの天邪鬼な性質を隠しながら生きていた。しかし、もう何も怖くない。ここで成人雑誌を読んでも、それをオカズにオナニーしても、誰も僕を咎めない。絶対的な安心感が、僕を大胆な変態へと変えてしまった。

きっと僕は透明人間になったら迷わず痴漢をするタイプなのだろう。最低だ。最悪だ。しかしそんな自分に嫌悪をする暇もないくらい、僕は興奮していた。
しかし残念ですが、そんな僕のコンビニオナニーシーンはここでは割愛させてもらいます。決して「これは需要ないだろうな」とか、「不快なだけだからやめておこう」といった配慮をしたわけではありません。毛まで透けて見えるほど薄い下着を身につけながら、股を開く女性が描かれた表紙に手を伸ばそうとしたその瞬間に、僕は目覚めてしまったのです。

「龍、いつまで寝てるの。晩御飯できたから、さっさと来なさい。」
寝ぼけ眼をこすると、そこにはいつの間にか帰ってきた母の姿があった。いつの時代も、母親は青少年のオナニーを妨げる天敵だということを、僕は改めて実感した。

       

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