Neetel Inside ニートノベル
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「不幸中の幸い」という言葉がある。

今日はその「不幸中の幸い」が、二つ僕のもとに訪れた。

一つ目は、今朝は替えのパンツがあったこと。
夢精をした朝に替えのパンツがないと悲惨だというのは言うまでもない。そうなったときの選択肢は三つ。
1.ガビガビのパンツのまま登校する。
2.ノーパンで登校する。
3.お父さんのパンツを穿いて登校する。
以上である。この中で、三番が一番マシな選択肢であり、父親のパンツを穿かされるのが最良というあたりが、避けられた事態の悲惨さを強調させていると思う。
イカパン、ノーパンよりはマシとはいえ、潔癖な自分には実の父親のパンツであっても他人のパンツを穿かされるというのは苦痛である。
また、ひどい夢から醒めた朝だからこそ、自分には清潔なパンツに穿き替えて気持ちを少しでも切り替える必要もあった。

替えのパンツがあったものの、夢精で濡れたパンツを洗い場に置いてくるのは心苦しいことであった。ついでに濡れたジャージも洗い場に置いてきた。
忍者のように、こっそりと置いてきたものの、選択されれば結局は母親に夢精したことに気づかれてしまう。
夢精は生理現象であり、仕方ないことである。オナニーがばれるよりはずっと気が楽ではあるが、別種の羞恥心がそこには付きまとう。それはおねしょをしてしまったときのものに近かった。

学校に行くまでに気づかれなければ御の字であったが、毎朝手際よく家事をしている母親は僕が朝食をとっている間に気が付いたらしく、息子である僕は見送る母親の視線から読み取った。
「毎朝パンツを替えたがるのは、夢精を気にしてたのね。わが子ながら可愛らしいけれど、ちょっと気にしすぎよ」と言いたげな表情である。それを言語化するデリカシーのない母親でなくてよかった、と僕は思う。

二つ目は、澤井君が学校に来なかったこと。
澤井君とSEXする夢を見てしまった僕にとって、彼に会ってしまうことは拷問に近い。パンツを穿き替えながら、一瞬学校をサボることを考えたほどだ。
しかし、夢精したパンツがいつか母親に見つかるように、義務教育の下で生きる以上学校をサボり続けるわけにはいかず、結局は澤井君に僕は会わなくてはならないのだ。
とは言え、この程度で登校拒否をするのもバカバカしいが、かといって学校に行くのも心苦しい状況だった。数秒、悩んだがポジティブだが苦しい道を自分は選んだ。
決断を下した以上は、この精神的苦痛に一刻も早く慣れるべく覚悟を決めて学校生活を送る必要がある。こんな風に力を入れて登校したものだから、担任から澤井君の欠席連絡を聞いたときは肩透かしを食らった気分だったが、内心ホッとした。

考えてみれば昨夜見た夢は、慣れたり忘れたりでそう易々と自己解決できそうなものではなかった。
夢は当人の潜在的な意識が影響するものらしい。とすれば、昨夜見た夢は僕の潜在的な意識が見せたものである。
これが意味することは、僕が潜在的な意識下で澤井君とSEXすることを望んでいるというだ。我ながらおぞましい。

しかしながら、ダイレクトに夢が僕の澤井君への性欲を表しているとは限らない。なぜなら、僕は夢の中で「ゆるゆるエンジェル」の美咲たんになって、美咲たんとして澤井君と交わったからだ。
澤井君と性交渉したのは僕であり、美咲たんである。僕は美咲たんと意識下で一つになり、澤井君は肉体的に美咲たんと一つになった。そして、美咲たん萌えな自分にとって、澤井君と美咲たんがSEXすることはある種の寝取りである。
訳がわからない。考えれば考えるほど、昨夜見た夢は複雑な構造を孕んでいたことが分かっていく。まるでラビリンスだ。
僕は考えるのをやめたが、それは同時に小骨が喉に引っかかったような不快感と僕がこの先付き合うことを意味していた。こんな状況で澤井君の顔は見たくない。
そういった意味で今澤井君がいないのはまさに「不幸中の幸い」であるが、この「不幸中の幸い」という言葉を数式で表すとx+y=z(y>0>x,xの絶対値>yの絶対値)であり、つまるところいくら不幸中の幸いが訪れてもマイナスはプラスに転じないのだ。
世の理とはなんと残酷にできていることか。

家に帰り、気疲れした僕は夕飯を食べ風呂に入るとすぐにベッドに入り眠りについた。これが迂闊だった。
ふと気づけば、僕はまた見知らぬ部屋にいた。

       

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